剣の訓練
「今日の巡回は東側を重点的にまわるぞ、川を越えて森に入る」
「大丈夫なの?」
ディクソンは少し間をおいて答えた。
「だいじょうぶじゃない、東の森の奥にはゴブリンの巣がある」
「え」
「北の大森林から川が流れてるだろ? それがこの先二つに別れて南側に流れる。その2つの川を越えた向こうに巣があるんだ。なのでそっちに行くほどゴブリンとの遭遇率が高い」
「そこまで行かないと魔素集め出来ないの?」
「安心しろ、巣までは行かないぞ。川をひとつ超えるだけだ。川に挟まれた中洲の林ならスライムがたっぷりいるからな。今日はそこへ行く」
ゴブリンじゃなくてよかったとアビゲイルも安心したが、スライムも剣ではほとんど戦っていない。油断は禁物だ。
「どのくらいいるの?」
「狼討伐の間行ってないからな、たぶん20くらいはいるんじゃないか?」
「多くない?」
「大森林から栄養たっぷりの水と濃い魔素が流れてきてるからな、スライムが育ちやすいんだ」
ディクソンが簡単に説明してくれた。魔素はこの世界に自然にあふれているものだが、人の多い都には少なく自然界に多い。ただ命が多ければ多くなるというものではないらしい。特にトココ村の北側には人間がほとんど足を踏み入れたことのない大森林があるが、こういうところは魔素が多く、慣れない者が入ると悪酔いしたり道に迷ったりしてしまう。そして魔物や動物も魔素の影響を受けて大きかったり、魔力が高かったりする。大森林に人が入らない理由のひとつなのだそうだ。
「大森林の魔素は濃くて質がいい。貴族が飲む高級ワインみたいなもんだ。スライムもすぐに大きくなる」
「じゃあ定期的に退治にいかないとだね」
「ほぼ毎週俺がやってるから問題ない、たまに巣のそばまで行ってゴブリンも減らしてるしな」
「そうなの?」
全く知らなかった、だがそれが出来るのは村ではディクソンくらいしかいないのだと思うとなかなか申し訳ない気持ちになってくる。
「暇でしょうがないんだよな」
暇つぶしに倒されているゴブリンもなんとなくかわいそうだが、それをサボるとトココ村に被害が出そうだ。なんだかんだでうまくいっているのだろう。
「ロイドもそういうことしてるの?」
「あいつ一人じゃ無理だな、この間エルマにふられた後ぐれたときにそこに連れて行って一人でやらせたりしたけど、まだアイツひとりじゃ危険だ」
「あのときヘロヘロだったからじゃないの?」
「そうかな? まあ元気でも一人で巣には行かせられないな」
しばらくすると川が見えてきた、先日の狼退治で川の向こうにブラックウルフを見つけたのはもう少し下流だった。大きな岩がゴロゴロとある河原に近づいたので探索魔法を使うと川向うに小さい反応がいくつも感じられた。たぶんスライムだろう。
「もう少し下流に丸太橋があるからそこを渡ろう」
「はーい」
川沿いに歩くと小魚が泳いでいるのが見える、ときどき鱗が光を受けてきらっと光る。水草も豊富に生えていて、大森林からの栄養と魔素が流れてきて春の喜びと共に川の生き物がみなぎっているのがよくわかる。見ているだけで気持ちがいい。
丸太橋が見えてきた、橋といっても丸太を数本針金や縄でつないであるだけの簡素なものだった。歩くとぎしぎしと揺れてなかなかに怖い。
「足元気をつけろよ」
「うん、スライム結構いるねえ。ぱっと見10以上いるよ。木の上にもいる」
「上にいるのはジェルスライムだな、そいつからお前の魔法で焼いていこう」
橋を渡り反対側に着くとすぐにディクソンが剣を抜いて構えた。アビゲイルも真似して剣を抜く。すぐに横からスライムがぼよんと飛んできたがディクソンは簡単にやっつけた。スライムの核をひろってポケットに突っ込む。
「自分で倒したぶんがお前の今日の報酬だからな、がんばれよ」
「おう」
「木の上にはどのくらいいる?」
「うーんと・・・・2~3匹?かな?」
「それから倒していこう」
ジェルスライムは木の上からズルリと落ちて標的に乗っかりそこから溶かして食べていく。アビゲイルも山菜クエストのときに一度頭にかかってきて軽いやけどを負った。ぼよんと跳ねるグミスライムよりも強力な酸の持ち主だ。なのでディクソンが囮になり、ジェルスライムのいる木の下にいって落ちてきたところを避けて、地面に落ちたのをアビゲイルの火魔法で焼いていった。
少し大きめの火の球をぶつければビクッと震えてすぐに溶けてしまった。
「結構もろいね」
「グミよりもろいが危ないから油断するなよ」
「うんうん」
ジェルスライムはすぐに片付いたので今度はグミスライムを倒していく。飛ばしてくる酸を避けて叩くの繰り返しだ。ディクソンが剣を振るとスライムはきれいに切れるが、アビゲイルが真似してみるとうまく切れずに半分だけ切れたり、切れずに叩いてしまう。うまくいかない。
「しっかり握って刃の向きを意識しろ、包丁と一緒だ」
そんなことを言われてもよくわからない、まな板の上のかぼちゃは切れても宙に浮くかぼちゃは無理な話だ。
「叩くより切るほうが難しいね」
「まあな、これはもういろいろ切っていくしか上達しないから、まずはスライムをちゃんと切れるようになれ」
「うん」
中洲のスライムは思ったよりも多く、1時間くらいでアビゲイルは20匹ほど倒した。ディクソンはアビゲイルの剣の指導をしつつ近寄ってきたスライムを切るだけだったので5~6匹。結構な数のスライムを退治したが、アビゲイルはまだスライムをきれいに切れなかった。アビゲイルの力加減がいまいちのようでスライムの弾力に負けてしまい、剣が跳ね返る。そのせいで剣の勢いが半減してしまうのだった。
「もうちょっと素振りの練習したほうがいいかもな、ぶれて安定しない」
「そうします。来週も練習にここに来ようかな。一人だとあぶない?」
それを聞いてディクソンがニヤリと笑う。
「来週はもっと安全なところでスライムが退治できる。そこで練習しろ。ここはまた今度俺と来よう。ロイドと3人でもう少し奥にいってもいいしな」
「来週どこにいくの?」
「まあお楽しみだ」
そう言うとディクソンはそれ以上教えてくれなかった。あの笑顔を見るとたぶんあまりいいところではないらしい。しかもまた参加が決まっているようだ。
「クエストというか仕事がだいたいディクソンに決められてるようなんだけど・・・・・」
「冒険者ギルドは人不足なんだ、基本全員参加だ」
「そうだよね・・・・。ブラックウルフみたいにCランクの仕事とかやだよ。無理だもん」
「安心しろ、今回はスライムしかいない」
ディクソンの顔を見るとにやついたりはしてないので、信じて良さそうだ。たまに仕事に興奮して小学生みたいになり、うっかり忘れたりすることがあるのがディクソンの良くないところである。
探索魔法の反応が無くなってしまった。周囲のスライムはすべて倒してしまったようだ。
「もう近くにいないよ」
「2~30は倒したからな、向こうに戻って昼飯食おうぜ。んで帰って訓練しよう」
川沿いで食事をするのは狼討伐で囮になっているとき以来だが、やはり気持ちがいい。狼に襲われる心配もないので前より楽しい気分だ。
「ゆで卵が2個入ってたから1個やるよ」
「わ、ありがとう」
アルは小さくたたんだ紙に塩を包んでくれていた。いたれりつくせりだ。
「このあいだよりのどかでいいな、今度釣りに来ようぜ」
「いいねえ、ここは何が釣れるの?」
「鱒だな、あとはナマズみたいなやつが釣れる」
「いいねえいいねえ」
冒険者になるとこうして外で食べることが多いのだが、毎日遠足気分になって食べるのが楽しみになる。トココ村は自然溢れた美しい場所が多いのでその風景を眺めながらのんびり食事をするのが巡回の楽しみになってきた。自分でそういうお弁当スポットのような場所を探すのもいいかもしれない。
食べ終えてから少し休み、そしてギルドに戻ってそのまま訓練した。
「今日は素振りだな、教えたやつやってみろよ」
言われたとおりに教わった剣の振り方をやってみる。ディクソンはアビゲイルの剣の振りを眺めて悪いところを言ってくれた。
「スピードがないな、腰が浮いてて安定感がない。足腰も腕も筋力不足だな。基礎をもっとしっかりやらにゃ。打ち合いするぞ、今と同じように剣を振れ、合わせていくから剣で避けろ」
言われた通りに剣を振るとそれに合わせてディクソンがそこに剣をぶつけてきた。ディクソンは片手で気軽に打ち下ろしてくるが、アビゲイルはそれを両手でしっかり握らないと受けきれない。
「つよ!」
「このくらいじゃないと鍛えてることにならんだろが、ホレホレ」
左右上下8方向から剣を順番に打ってくる。今日は木の剣ではなく。本物の剣なので、打ちあうたびに金属のぶつかり合う高く重たい音が訓練場に響く。
「もっと柔らかく力を受け流せ、手首を痛めるぞ。ホレ」
「うわっ! いきなり違う方向から打ってこないでよ」
「ここからは順番じゃないからな」
そう言うと今度はランダムにあらゆる方向から打ち込んできた。
「ひええ」
「怖がるな! よく見ろ! スピードあげるぞ!」
「うわわ!」
ディクソンは打ってきたり、突いたり振り下ろしたりと全方向で攻めてくる。よくもまあこんなに手技があるものだなと感心してしまう。そのまま30分くらい続けたところで終わった。もうアビゲイルが音をあげたからだ。
「もうダメ、もうきつい」
汗だくでぜえぜえと息切れしながらディクソンに言ってようやく止まってくれた。
「よし、じゃあ今日はここまで。お疲れさん」
「ふう~。お疲れ様でした」
アビゲイルはすぐに水筒から水を飲んで一息つくとそのまま訓練場の井戸から水を汲んで顔を洗った。そうしてようやく落ち着いた。ディクソンを見ると大した汗もかかずいつもどおりの涼しい顔をしている。
「やっぱりすごいねディクソンは」
「みんなやればこうなるのさ。がんばれよ」
「うん、じゃ今日はもう帰るね」
「あ、オスカーに神魔法教わっとけよ!」
今日は買い物はせずに真っ直ぐ教会に帰ることにした、神魔法について知りたかったし、なにより汗をかきすぎてそのまま買い物にいくのは少し恥ずかしかったからだ。
「かえってすぐおフロはいろ」
こうしてまた火魔法と水魔法が強くなっていく、神魔法もこんなふうに生活や料理であげていくことは出来ないだろうかとアビゲイルは思った。




