餃子パーティ
酒場に着くとナナとロイドが待ってくれていた。ナナが手を振って呼んでくれる。
「マスター、アビーさーん、こっちです~」
「おう、ちょっと待っててくれアルに頼みたいことがあるんだ」
「アル、ちょっと邪魔するぜ」
ディクソンと一緒に厨房に入るとアルとウルバ、パトリックの3人がお茶を飲んでいた。これから忙しい時間になるので休憩していたのだろう。
「いらっしゃい、どうしたんだい二人して」
「アビゲイルがまた新しい料理を作ったんだ、焼きたてのほうがうまいからちょっとかまどのすみっこを貸してほしいんだ」
「ほう、いいぜ」
あっさりアルは許可してくれた。
「で、新しい料理ってのは?」
「餃子っていうんですけど」
鍋と皿をテーブルの上におくとアルはまじまじと餃子を見つめて、作り方を聞いてきたのでアビゲイルは丁寧に教えた。
「なるほどな、昔本で読んだモモという食べ物に似てるな、それは蒸し料理だったが手に入らないスパイスがあって作れなかったんだ」
「なんていうスパイスなんですか?」
「なんだったかな・・・・ガラム、ガラムなんとか」
「ガラムマサラ」
すぐ答えるとアルたちは驚いた顔でアビゲイルを見た。
「そうだ、よく知ってるな」
「言われて思い出したって感じですけど」
「どんな味のスパイスなんだ?」
アルがじりじりと近寄りながら聞いてきた、ずっと気になる謎だったのだろうか。
「えっと、確かいろんなスパイスを混ぜたものの名前なんです」
「何を混ぜるかわかるか?」
「作る人によって違うそうなんですけど、黒コショウ、シナモン、クミン、ローリエとか? 香りメインのスパイスですよ、確か」
「ふむ・・・なかなか複雑な香りだな、そうか自分でブレンドしてもいいのか。なるほど」
ぶつぶつとつぶやきながらアルはスパイス棚を睨んでいる。慌ててウルバとパトリックが止めた。
「あんた、明日にしなよ! 今から忙しくなるんだから!」
「そうだよ! 徹夜になっちゃうぜ!」
「むむ」
「アビー、とりあえず許可もらったから焼こうぜ」
「はーい」
かまどを貸してくれたお礼にアル達にまず焼いてあげることに決めた。スープを温めつつ焼き始める。アルはアビゲイルの焼いている様子をすぐ横で見ている。
「スープで蒸し焼きにするのか」
「そうですそうです。この餃子も焼いたり蒸したり茹でたりと色々出来て面白いですよ」
「肉も色々選べていいな、モモは羊肉だったが豚肉でも鶏肉でもいいわけか、スパイスも自由・・・・・コイツは面白いな」
顔なじみになったからなのか、料理の話だからなのか最近のアルは普通に喋ってくれる。ウルバ達はそれを見てもいつもどおりなのでこれが普通なのかもしれない。馴染んでくれたのならありがたい話である。
「よし焼けた、これはアルさん達でたべてください。かまど貸してくれたお礼です。そのままでもいいし、お酢とコショウで食べるとおいしいですよ」
「やった! ありがとうアビーさん!」
皿に移した餃子をパトリックがすぐに口に放り込んだ。熱いのに驚いて慌てて口をハフハフしている。
「あっはっはパトリック慌て過ぎだよ」
「ニンニクが聞いていてエール向きだな、うまい」
「良かった」
そのまま食べ続けながら今度は自分で焼いてみたいとアルが言い出した。ありがたいのでそのままお願いすることにした。
「アビーさん達の分も焼いてやるよ、店に戻ってみんなと飯を食っててくれ」
「あ、それじゃあ。100個以上まだ残ってるんで、余るようなら他のお客さんに配ったりしてください」
「あら、いいのかい。ありがとうみんな喜ぶよ」
「またこれも新メニューになるかなあ、親父」
「手間を考えると毎日は無理だな」
アルとパトリックのやりとりを聞きながら店に戻り、アビゲイルはディクソン達と合流した。
「餃子は?」
「アルさんが全部焼いてくれるって」
「良かったな、じゃ他のメニューも頼もうぜ」
エールに春野菜のサラダ、チーズと生ハムなどを頼んでおく、エールが4人分届くと同時にジョッキを高く掲げて乾杯した。
「狼討伐無事終了ということで、乾杯!」
「「「かんぱーいっ!」」」
一口エールを飲むと空きっ腹に染みてくる。アビゲイルはこのあとはいつもどおりにワインのぶどうジュース割にしようと思った。
「あ~うまい、久しぶりにやりがいのあるクエストだったな」
「こっちは死ぬかと思ったよ~」
「私はなかなか楽な日々でした~。またいつもの忙しさに戻って溜まった仕事が押し寄せてくると思うと憂鬱です~」
「俺はもうちょっと狼と戦いたかった・・・・・」
警報なってから討伐が終わるまでの約1週間は緊張感といつ戦うのか戦えるのかという恐怖が続いていたし、朝から夕方までひたすら巡回という、かなり精神的にも体力的にもきついものだった。
「まあいいじゃないか、ロイドはさぼったぶんの体力が戻っただろ? それでも十分だ」
「スキルがほとんど上がらなかったぜ、そういえばアビーのスキルは上がったのか?」
「ん? そういえば全然見てないな・・・・・」
「まじかよ」
ロイドが驚いているところにアルの焼いた餃子と頼んだメニューが届いた。アビゲイルが焼いたものよりもきれいな焼き目と羽がついていて、プロが作るとこんなに違うのかと驚いた。
「はいよ、餃子おまたせ。また30個追加で焼いてるからね」
「ありがとうウルバさん、ささ、ロイド、ナナ食べてみて」
「いただきます~」
二人も焼きたての熱さと戦いながらもりもりと食べてくれる。アビゲイルも二人に負けずに食べた、久しぶりの餃子はやはりおいしい、肉汁がじゅっと溢れてもちもちした皮の食感とあいまって最高だ。本当は酢醤油で食べたかったがこれでも十分満足だった。
「おいしいです~、何個でも食べられそうです」
「うん、うまい。」
「この中のどれかはエルマが包んだやつだぞ、パトリック、エール追加で! 3つ!」
からかい半分にディクソンが4人で作ったことを説明するとロイドはどれがエルマの作ったものか聞いたり、選ぼうとして餃子を突きだしたりしてディクソンに怒られた。
「そういうとこだぞ」
「何言ってるの自分でからかいだしたくせに」
「バレたか」
新たにウルバが餃子を持ってきてくれた。
「まだあるのかよ、すげえな。」
そう言いながらアビゲイル以外は全員エールを追加注文した。
「200個作ったから・・・・あと70個くらい残ってるのかな?」
「すごい量です~。でももう餃子でおなかいっぱいになりそうです」
「じゃあ残りは他のお客さんに配っちまうよ、さっきからみんなにすごい聞かれてて困ってたんだ」
言われて周りを見ると他のテーブルのお客がみんなアビゲイル達のテーブルに置かれた焼き立ての餃子を見ているのに気づいた。ニンニクの匂いのせいだろうか?
「すいません迷惑かけてしまって、残りは皆さんに配ってあげてください」
「あいよ」
厨房でアルが休みなく焼いていたようで、他のテーブル全てに餃子が配られた。ウルバが説明してくれたのか、何人かがアビゲイルに向かってジョッキやカップを掲げてお礼を言ってきてくれた。食べる様子を見ているとなかなか好評のようだ、おかわりを頼む人もいた。
「餃子も結構評判が良さそうだな」
「でも手間がかかるから毎日は無理だってさ」
「そうか、最近繁盛してるし忙しいだろうからな、これ以上は人を雇わないといけないかもな」
「また皿洗いのクエストあるかな~」
「ああいうのは他の予備冒険者にまかせてお前はもっと他の仕事してくれよ、このままじゃ冒険者やめて酒場でずっと働きそうで困るぜ」
確かに酒場の手伝いや、新メニューの提供と酒場に関わることは今まで多かった。その分冒険者としての経験や訓練は減っているので問題ではある。ディクソンが言うにはもう少し巡回や採集、雑用の仕事をしてほしいのだった。
「もうちょっと魔法や剣のスキルをあげるように頑張ってくれ、神魔法とか特にな」
「そういえば全然練習してないや」
それを聞いてディクソンは頭を抱えている。
「お前の一番の売りになる魔法だぞ、すぐそばにオスカーもいるんだから練習しろ!」
「じゃあ、ちょうどディクソンの腕が痣だらけだからそれで練習させて」
「もっとうまくなってからな」
やはり新米には信用がないので嫌がられる。傷の治療ではないところから練習しないといけない。本格的に始めなくては。
「ロイドはもう少し足腰と剣を鍛え上げていこうぜ、ようやくスタートに立った感じだからな」
ディクソンの言葉を聞いて餃子を吹き出しながらロイドは抗議した。
「ちょっと待ってくれよ! 俺はもう2年も冒険者やってるんだぜ、スタートってなんだよ」
ドン! と力強くテーブルにジョッキを置いてディクソンは答える。
「馬鹿野郎、2年やってもDランクでぐずぐずだらだらやってて進級もしてないやつが! さぼってばかりで何も鍛えてないだろが! この間はアビゲイルに負けやがって、俺は情けなかったぞ! 狼も終わったし今度からビシバシやるからな、覚悟しておけ!」
エールが効いているのか、ディクソンはロイドにお説教を始めた。いつもより大声で下手したら酒場じゅうに聞こえていそうだ。ロイドは恥ずかしいのか頭を抱えてテーブルに突っ伏している。
「こうなるとマスターは止まらないです~。あ、ウルバさーん、牛の内臓煮込みひとつお願いします~」
「ナナまだ食べるの・・・・」
「もう、マスターここでその話するのやめてくれよ~。つらいよ~」
「いいから聞け! だいたいお前はな・・・・」
餃子が影響したのか、久しぶりの4人の飲み会で盛り上がったのか、エールを飲みすぎたようでみんなが酔っ払ってきたようだ、ディクソンは説教くさくなり、ロイドはネガティブに、そしてナナはさらに食欲が増したようだ。ここで自分も酔うと危ないと思い、アビゲイルはぶどうジュースと水をピッチャーで注文した。
周囲の客たちも、いつもよりなんだかテンションが高い、警報が解除されて久しぶりに飲んでいる人たちもいるのだろう。
「はいよ! 内蔵煮込みお待ち。いやあ今日はエールが出るよ。こんなに賑やかな店も久しぶりで嬉しい限りだね。みんな討伐お疲れ様」
「親父からおまけでエールと串焼きだよ!」
「やったぜ、よしみんなまた乾杯しよう! かんぱーい!」
「「「カンパーイ!」」」
アビゲイルは酒場の賑わいをみてようやくいつものトココ村に戻ったと安心し、今日は真っ直ぐ教会に帰れるだろうかと不安になった。




