餃子作り
手を丁寧に洗いながら、久しぶりに作る餃子の手順を思い出す。オスカーはまだ仕事が残っているということで事務室に戻っていった。というわけで4人で作ることになった。
「まずは野菜を洗うのよね、どのくらい使うの?」
「うーんとね・・・・とりあえず半分全部みじん切りにするんだよね」
「半分全部?」
エルマは少し驚いたようだ、鶏ガラを水洗いしているアビゲイルに聞き返してきた。
「うん、洗ってからちょっと待っててね」
アビゲイルは大きめの鍋に水を入れ、そこに鶏ガラとスプリングオニオンの青い葉の部分を10本ほど、そして生姜の皮を荒くむき、その皮を鍋に入れてかまどに置いた。
「カミラ、鍋が沸騰しそうになったら教えて」
「はーい」
「アビーこれなんだ?」
「鶏ガラスープ」
「ブイヨン? にしては入れる野菜やハーブが違うわよね?」
「うん、これは・・・・なんていうの? ブイヨンとはまた違う出汁なんだ」
エルマは鶏ガラスープの材料をメモしている。
「こっちのほうが簡単そうね」
「濁らないようにずっと弱火でね」
「沸騰しそうになったら火を弱めたらいいんだな?」
かまどの火を覗き込みながらディクソンがたずねる。
「そうそう。お願いします。 じゃあキャベツをみじん切りにしますか・・・・・」
アビゲイルとエルマ二人でキャベツを刻んでいく、教会の台所は広く、大人数で料理することがあるのか道具も豊富で大人数で作業するにもまったく問題ない。かまどにかかっている鍋とアビゲイルたちの作業を交互に眺めている。
「エルマはずいぶん包丁さばきがうまくなってるな」
ふいに褒められてエルマは照れた。
「ありがとう、アビゲイルさんに教わってるのよ」
「なるほどな、良かったじゃないか」
「今度裁縫も教わるの」
「思った以上にお前は家庭的な冒険者だな、魔法で熱湯をだせるようになったのも料理や風呂で使ってるんだろう? 今まで聞いたことないぜ。そんな冒険者」
呆れてられているのか感心されているのかよくわからない。
「いろんな冒険者がいたほうがいいじゃない、旅に出たとき熱湯使える冒険者は重宝されますぞ」
「まあ、確かにな」
「まだまだ旅なんて先だけどね~。よし、みじん切り出来たぞ」
ボウルにキャベツのみじん切りを移す、続いてエルマの刻んだキャベツも入れて塩をふっておく。
「沸騰してきた!」
カミラが鍋の様子を教えてくれた。ディクソンがかまどの火をすぐに弱める。手際がいい。
「はいではカミラに新しい仕事を・・・・どうぞ」
うやうやしく、おたまをカミラにわたす。カミラはそれを両手で受け取り剣を持つように構えた。やる気まんまんである。
「スープのアクをすくってね、アクが残ってるとスープが濁ってしまうから、これは大事な仕事です」
「わかった」
アクをすくう仕事は何度かカミラに頼んでいるので、安心だ。カミラはアクをすくう仕事も好きらしい。いつも真剣にすくってくれる。にんにくと生姜の皮をむき、おろし金でおろしておく。そしてスプリングオニオンをみじん切りにしてにんにくと生姜と合わせておく。
「スープはどのくらい煮込むんだ?」
「1時間くらい煮込めばいいから、あと30分くらいかな?」
「結構かかるな」
「まだ短いほうだよ」
アビゲイルは塩を振っておいたキャベツを軽く絞って水気を出した。あまり強く絞るとキャベツの旨味も逃げてしまうのでほどほどにしておく。そこに先程分けておいたにんにくやネギのみじん切りを加えて軽く混ぜて、豚ひき肉を加えて両手で練る。量が多いのでなかなか大変だ。
「手伝う?」
「あ、それじゃあここに塩とコショウ入れてくれる?」
塩コショウを加えてさらに練っていくと粘りが出てきた。具の完成である。
「これを肉団子にしてスープで煮込むの?」
「それでもおいしいよ、でもちょっとちがうんだ~。ディクソン、カミラ。スープの様子はどう?」
「アクもきれいに取れていい感じだぞ」
鍋をのぞくと鶏ガラの旨味のでた金色のスープがことことと煮込まれていた。アクもきれいにとられて透き通っている。
「よしよし、いい感じ」
カップに少しずつすくい、塩で味をつけてみんなに飲んでもらう。
「おいしい! ブイヨンとはまた違うわね」
「うん、こっちもうまいな。こっちのほうが俺は好きかも」
「おかわり!」
思っていたよりみんなの評価も高いようだ。
「では皮を作りますか・・・・」
「皮?」
薄力粉と強力粉を同量混ぜて、そこに熱い鶏ガラスープを注ぎ木製のフォークで混ぜる。スープは数回に分けて注ぐ。皮は本来熱湯でこねていくのだが、今日は鶏ガラスープでこねていく。どうしてこうしたかというと本当は具に鶏ガラスープの素を入れたかったのだが、素がこの世界には存在しないので入れることが出来ない。スープを具に入れることも出来ないのでこうして皮に旨味をつけてみようと考えたのである。アビゲイルの苦肉の策だった。
(これでうまくいくかなあ・・・・)
初めて試すことなので少し不安だが、不味くなるものは入れていないのでどうにかなるだろう。
「はいディクソン、こねてこねて」
生地がまとまってきたのでそのまままとめるようにこねてもらう。こねる回数が少ないとグルテンがあまり出ずおいしくないので、念入りにこねてもらう。ディクソンの左腕は昨日とほとんど変わらず痣だらけだったが、自分からやると言ってくれたのでこのくらいでは痛みはあまりないのかもしれない。
「力任せにこねないでね、やさーしくやさーしく」
「難しいな、生地なんて初めてだから」
そうは言いながらもなかなか手つきは上手い、ディクソンはなんでもある程度器用にこなせるのかもしれない。
「こねこね~、こねこね~」
カミラはディクソンのこねる様子を見て歌っている。
「なんだよその歌」
文句を言いつつ歌のリズムに合わせてこねている、思わず笑ってしまった。
「よしまとまったぞ」
アビゲイルは生地を受け取ってボウルにいれて、上から濡れ布巾をかぶせた。
「これを1時間くらい寝かせます。その間ちょっと休んでお茶でも飲もう。カミラ、神父様呼んできて」
「私クッキーを焼いたから、一緒に食べましょう」
オスカーがすぐにやってきた。
「いい匂いがするけど、もう出来たのかい?」
「いえいえ、まだ前半戦が終わっただけです。これからが餃子の本番です」
「ほう?」
先程みんなに味見してもらったスープをオスカーにも飲んでもらいつつ、アビゲイルはこれからどんな作業をするかみんなに説明した。
「これからこの具を、包んでもらうんだけど・・・・」
両手で皮の大きさを示す、だいたい直径10センチくらいの円を作った。
「このくらいの大きさの皮に具を包んでいって、最後に焼くの」
「え、この量の具を? このぐらいの生地に? まじかよ・・・・何個作る気だよ」
「たぶんこの量で・・・・・200個くらい?」
「ええ・・・・」
全員驚いている。無理もない。アビゲイルは今まで一人で家族5人分の餃子を作り続けてきたので楽勝だが、初めて作るときはなかなか苦労したのを思い出す。
「だーいじょうぶ、慣れればすぐだから。包み方教えるし。すーぐ出来るから」
アビゲイルはお茶をぐいっと飲んで、エルマのクッキーをぽりぽりと食べ始めた。ここにきたばかりのときに食べたものよりずっと美味しかった。
「4人で包むんだから、一人50個でいいんだよ? 楽勝だって。私も頑張るからさ」
「ま、手伝うと言ったんだからやるしかねえか」
「がんばるわ」
「よし頑張ろー、えいえいおー」
「おおー」
元気よくアビゲイルが拳をあげるとみんなもあげてくれた。それを見てアビゲイルは微笑んだ。




