役場とギルド
朝。
アビゲイルは夜明けとともに目ざめた。主婦の業というか早起き癖は生まれ変わっても抜けていなかった。家族の誰よりも早く起きて朝食の用意。それが主婦の日課だ。
(早起きは三文の得)
カーテンを開けると、太陽は見えなかったが東の空が濃いオレンジ色に染まって、昇ったばかりの太陽の強い光が木々と町並みを照らしていた。朝露で濡れた木々は美しく輝いている。澄んだ空気の中、鳥達が賑やかに騒ぎ出した。
(街の中なのにこんなに空気が澄んでいるんだ・・・・・)
窓を開けて深呼吸する、朝露に湿った草木の匂いが気持ちいい、何度か深呼吸するとまだ夜の面影を残した冷たい空気が背筋を通って起きたばかりのこわばった体をほぐしていく。同時に頭がだんだんと冴えてきた。
教会はトココ村の町の中心地から少しはずれにあるらしい。西側を見ると石造りの家が並んでいる。北東側には草原が広がっている、放牧地だろうか? 道沿いになかなかしっかりした作りの柵が続いて、遠くを見ると石を積んだ背の低い塀がずっとその先の森までずっと続いていた。
(想像以上の田舎だな・・・・でもすごくキレイ)
そのまま眺めていると階下から物音がした。もう誰か起きているらしい。
あわてて顔を洗ってから食堂へいくとオスカーとエルマはもう起きてお茶を飲んでいた。
「アビゲイルさん、おはようございます。」
「おはよう、よく眠れたかね?」
オスカー神父がアビゲイルにお茶を差し出しながら尋ねてきた。
「おはようございます。疲れてたのかベッドに入ったらすぐ眠っちゃいました」
「良かった」
「エルマちゃん、朝食作るの? 手伝うよ」
「ありがとうございます」
朝食は簡単なものでいいだろう。目玉焼きにカリカリに焼いたベーコン、フライパンでトーストした胚芽パン。野菜も欲しかったので千切りキャベツを添えた。
作っていたらディックとカミラが眠そうに降りてきた。
「おはよ……」
寝癖をそのままにぼんやり挨拶している。カミラは朝に弱いらしい。
ディクソンは自分でカップにお茶を注いで、昨日と同じ場所に座った。席がもうきまっているみたいだ。
朝食を食べつつ今日の私の予定をディクソンが話し始めた。
「飯を食い終わったらすぐに役場にいくぞ。お前の身元とスキルツリーを確認する」
「確認できるんですか?」
「たぶんな、この国のどこかで国民として登録していれば反応するはずだ、ギルドに所属していればそのギルドで最後に確認したスキルツリーの記録が残っているかもしれない。もし見つかればお前は家に帰れるぞ」
「なるほど」
登録されてないだろうけどな。
「もし何も記録がなかったらどうしよう・・・・」
「なかったらこの村に登録すればいいんじゃないか? 身分証は必要だ。無いと怪しまれる。そのあと金が貯まったら、自分探しの旅に出てもいいしな」
「旅・・・・・何も持ってないから色々準備が必要ですね」
「そうだな、旅に出ると決めてもまずはこの村で稼がないとな。だからしばらく先だ」
旅か。のんびり世界を巡るのも、楽しいかもしれないなあ……。だいぶ先の話になりそうだけど。
朝食を食べ終え片付けたあと、すぐにディクソンと役場に向かった。場所は村の中心にある広場に面した2階建ての建物だった。ちなみにこの村には2階建て以上の建物は、教会と古い監視塔だけのようだ。
石造りの建物が並んでいるが、少し歩けば町の部分の終わりが見えるほど村の町内は小さかった。
役場に入ると入り口から見て左右にカウンターがあった。
「左が役場、右が冒険者ギルドだ。いい忘れてたが俺は冒険者ギルドのギルドマスター、ディクソンだ。よろしくな」
「え」
この人ギルドマスターだったんかい。そういえば自己紹介してなかったなこの人。ギルドマスターってことは相当強い人なのだろうか。
「ホレ、はやく役場の窓口へいけ」
「おお来たな。おはようさん」
役場のカウンターには昨日教会で見かけた村長さんがいた。
「私は村長をやっている、マークだ。よろしく。役場の仕事を兼任してるんだ。役場の職人は私を含めて3人しかいないんだよ」
「ちなみに冒険者ギルドは、俺を含めて2人しか職員がいない」
「すっくな」
思わず口にでてしまった。
村長は少し寂しそうに笑いながら、奥の棚から水晶を出してきた。りんごくらいの大きさで、青くじんわりと光っていた。
「この人数でどうにかなってしまうくらい、この村は田舎なんだ。さ、登録確認にきたんだろう? 早速この水晶球に手を乗せてくれ。この国の人間だったらすぐにわかる」
「はい」
そっと水晶球に右手を乗せる。異世界転生してきたとか、よけいな情報がでてこないことを祈ろう。
手をのせて少し待つと、目の前に画面が現れて文字がつらつらと並んでいった。こう書いてあった。
アビゲイル エルフ 年齢不詳
出身地 不明
国籍 不明
国内外移動記録 不明
職業 不明
名前と種族以外はなにも書いてなかった。はじめてきた世界で、まだこの村から出たこともないんだからまあ当たり前だ。
だが村長はかなり困った様子だ。
「名前と種族以外何もわからないとは参ったな。他の国の出身かもしれない。この国に君の情報は無いようだ。一応この村で君を保護したということで、この村に登録することになるがいいかね?」
「私って何もない状態ですけど、登録について怪しまれたり何かひっかかったりしないんですか?」
「まあ素直に記憶のない迷子のエルフが突然現れたので、登録しましたって書類には書くしか無いね。変に書いたらそれこそ怪しまれる」
村長はちょっとこの状況が面白いみたいで、なんだかニコニコしている。
「書類が通るまでは仮登録だが、村に子供が生まれる以外で登録されたのは何年ぶりかな」
「俺がここに赴任してからないな。3年ぶりか」
ディクソンもそう言って笑っている。面白がっているようだが嫌がられているわけではないようなので、まあよしとしよう。
「じゃあ仮登録おねがいします」
「わかった」
水晶球にのせたアビゲイルの手に村長が自分の手を重ねて、ぶつぶつ何かつぶやくと水晶球が少し光った。
「よし。これで仮登録は済んだよ。あとは都で書類審査が通れば君はこの村の人間……いやエルフになる」
「案外簡単なんですね」
「そうだね。しかし名前以外わからなくて残念だったな」
村長が申し訳なさそうにこっちを見た。
「そうですね。でもしょうがないです」
「うむ……でも君がこの村に住んでくれるなら大歓迎だよ。何しろ人が少ない村だからね」
「ありがとうございます」
この村は今の所いい人ばかりだから、住んでみるのもいいかもなあ……と、のんびり考えていたら、後ろから思い切り両肩を掴まれた。
「よし! 登録は済んだな。次はお前のスキルを確認しよう!」
そのままディックにぐいぐいと冒険者ギルドのカウンターに押されていった。
なんでこの人こんなにわくわくしてるの・・・・・?