餃子の準備
アビゲイルは餃子が食べたかった。夢で息子に食べたいと言われてから自分も食べたくなってしまったのだ。この世界に来てからずっと洋風のものばかり食べているのでそろそろ別な味が食べたかった。
ぷちぷちと薬草の新芽をちぎって集めながら、アビゲイルはずっともやもやと餃子が食べたいと朝から考えていた。考え事をしながら一人で薬草採取は多少危険だが、アビゲイルには探索魔法があるので安心だ。使い方にも慣れて今では他のことを考えたりしながら自然と魔法が使えるようになっていた。
(うーん、材料がそろえば作れそうなんだけど・・・・・・あるかなあ? アレ)
アレとは長ネギのことである。西洋でのネギとはリーキやポロネギと呼ばれる辛味の少ない太めのネギで、スープやサラダに使うらしい。それを使うことも出来るだろうがやはりネギの辛味がほしい。
(山ネギがまだ取れるうちに作っておけばよかったな・・・・・ネギ油を作っておけばいつでも食べられそうだし。具材を変えようか・・・・・でもそうなると餃子ではないような)
ぶつぶつとつぶやきながらぷちぷちと薬草を摘んでいく。いつしか袋はいっぱいになり、太陽は真上に登っていた。後ろから人の気配がする、振り向くと羊飼いの親子が近づいてきていた。
「おーっす、アビーさん。頑張ってるな、もう昼だぜ」
「え? あ、本当だ。気づかなかった」
ブラックウルフ討伐の間、ディクソンと共に村中を巡回していたので、顔見知りが増えていた。
「集中しすぎるとスライムに溶かされちまうぞ」
「ありがとう、気をつけます」
羊飼いの親子と木陰で昼食を食べていくことにした。ベーコンにチーズ、教会の畑でとれたレタスの間引き菜を挟んだサンドイッチだ。ほぼ毎日昼にサンドイッチを食べている。おにぎりが恋しいが米も見たことがない。なんとなく気になって羊飼いに聞いてみた。
「コメ? 聞いたことがねえなあ。どうやって食うんだ?」
「水で炊いて、いろんな味つけで食べるんですけど」
「ふうん、オートミールみたいなもんなのか。いやあ初めて聞いたなあ」
やっぱりこの村には米が無いらしい。見たこともないそうなので、このあたりでは栽培していないのだろう。
「あ、ネギはどうですか?」
「ネギ?」
ネギも無いのかと焦ったが一応説明すると
「リーキのことか? あれは秋から冬の野菜だから今は無いな」
「あ、そうなんですか」
スーパーに行けば1年中手に入ったのでいつの季節野菜か知らなかった。どうやら冬野菜らしい。
「山ネギはもう固くて食えねえし・・・・似たようなやつなら玉ねぎしか知らねえな」
「ふーむ・・・・」
昼を終えてからとぼとぼと薬草袋を抱えてギルドに戻った。ネギは無いのがわかったので仕方ないからネギなしで餃子を作ることにしようと決めた。
「アビーさん、おかえりなさい~」
「ほい、採取クエストのモギ草」
「は~い、ありがとうございます。測りますね~」
ナナに薬草を預けて、のんびり待っているとディクソンとロイドが訓練場から出てきた。ロイドはかなりの汗をかいていたが、以前アビゲイルと打ち合いをした頃とは違い、きびきびと動いていた。体力と気力が回復してきたようだった。
「おうアビー、おつかれさん。たっぷり採れたか?」
ディクソンは相変わらず訓練が終わっても涼しい顔をしていた。
「は~い、おまたせしました。合計で1100ゼムです~」
「まあまあだな、今日の夜、心臓亭でまた会おうぜ」
「あっ、そうだった忘れてた。どうしようかな」
「どうしようって、来れなくなったのか?」
そうではなくて餃子を作ろうとしていたとディクソン達に説明した。
「ギョーザ、また新しい料理か。今から作って飲み会に持ってこいよ。食べてみたい」
ロイドとナナもうんうんとうなづいている。ブイヨンにクリームシチュー、マヨネーズとアビゲイルの作る料理は酒場、心臓亭を通じて村では評判になっていたからだ。
「作れるかどうかまだわかんないんだよね、材料が揃うかわかんないし」
「材料が多いのか? 教会に運ぶくらいなら手伝うぞ」
「そうだね・・・・教会のみんなとディクソンたちのぶんと結構作りそうだから」
「お、俺も手伝う!」
いきなりロイドが手伝うと言い出してきた、教会のみんなと聞いてエルマのことを思ったのだろう。まだあきらめてないのかコイツ。
「お前はまだエルマに会うのはやめておけ、傷に塩を塗ることになるぞ」
ディクソンの助言にロイドはしおしおと小さくなって諦めた。なんとなくロイド自身もそれがわかっているようだ。
「じゃ、これから買い物に行くからつきあって」
「よっしゃ。汗拭いてくるから待ってろ」
「へい、いらっしゃい」
まずは肉屋で豚ひき肉を買う、どのくらいあればいいだろうか冒険者ギルドの3人はナナも含めてよく食べる。しかも肉好きなので野菜よりは肉が多い具のほうがいいだろう。
「豚ひき肉を1キロください。あと鶏ガラを1匹ぶん」
「1キロ? ずいぶんな量だね。何作るんだい?」
「餃子っていう料理なんですけど」
アビゲイルは餃子の説明をする、これから行く店全てで説明しないといけないのだろうかとちょっと心配になってきた。
「皮に包んで焼くのか、へえ。うまくいくといいな。まいどあり」
「次は八百屋だ」
「いらっしゃい、アビーさん。今日はなんにする?」
「キャベツと・・・・にんにくとしょうがあります?」
「あるよ、にんにくとしょうがは去年の貯蔵品だけど」
しょうがの旬は夏からなのだが、玉ねぎやじゃがいもなどと同じように地下蔵に貯蔵してあるらしい。ありがたいことである。薬味が2種類あれば十分だったが、念の為ネギについて聞いてみた。
「リーキに似た野菜ねえ、採れたてのスプリングオニオンがあるけどこれはどうだい?」
「スプリングオニオン?」
八百屋の主人が出してきてくれたのは、ぱっと見万能ネギに似ているが根っこの部分がすこし膨らんでいて球根のようになっている。
「こいつは玉ねぎとリーキなんかの雑種なんだ、これからが旬だよ」
玉ねぎとネギの雑種と聞いてようやくわかった。ワケギのことだった。香りや辛味は長ネギより弱いが十分使える。
「あ、これはいい。これ一束ください」
「あいよ! ありがとう」
「ずいぶん買うんだな」
「荷物持ちがいてくれて助かりますわ」
その後はパン屋に行って、小麦粉を買う。これで準備は整った。教会に帰ってすぐに食堂入り、準備する。
「おかえりなさい、アビゲイルさん。あらディクソンさん、こんにちは」
「おう」
「おやディクソンじゃないか、何かあったのかね?」
エルマやオスカーがぞろぞろと食堂にやってきた。帰ってくると必ず全員出迎えてくれる。カミラはすぐにアビゲイルが何を買ったのか確認してくる。お菓子があるかどうかの点検だ。今日は何もないと知って少しがっかりしている。
「いや、単なる荷物持ちだ。今日の飲み会でアビーが新作料理を振る舞ってくれそうだから、手伝いにきたんだ」
「ディクソンさん、料理できるの?」
「肉や野菜を焼くくらいなら出来るぞ」
「今日は粉や具を練ったり、包んだりするから。人手が多いほうがいいんだよね」
「じゃあ、私も手伝うわ」
エルマとカミラも手を挙げる。
「よし、じゃあ作るかー」
アビゲイルの掛け声でみんなが拳を振り上げる。
「おー!」
こうして餃子作りは始まった。




