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買い取り

またのんびり生活のはじまりです

 「困った・・・・・」

 アビゲイルは困っていた革工房の親方リンから借りたコルセットを見つめて頭を抱えていた。狼の返り血がうまく落ちないのだ。泥汚れなどを落としてから血を落とすために冷たい水でざぶざぶと洗い一日陰干ししておいたのだが、うっすらとシミになってしまった。

「寝ないですぐやれば良かった・・・・・」

項垂れるがもう遅い、これは買い取ろう。そう決めた。ついでに剣の鞘などを手入れするための皮用のクリームを買いにいこう。

 コルセットを持って食堂に向かう、朝食はもう済んでいてエルマたちは学校へ向かった。今日はギルドに少し寄って革工房に行くだけなので鞄は持たずに剣と腰のポーチだけにして、コルセットを抱えた。

「出かけるのかい、ってどうしたんだね。しょんぼりして」

事務室から顔を出したオスカーに心配される。事情を説明すると。

「汚れが落ちなかったのか、革工房に持っていけばどうにかなるんじゃないかな? 彼等は皮のプロだし。一応聞いてみてごらん」

「傷もついちゃったんで・・・・・まあ、鎧は必要なので買い取ろうと思います」

「リンに相談してごらん、いってらっしゃい」

「いってきまーす」

 

 ギルドに着くと視線がわっとアビゲイルに集まった。ギルドはいつものギルドに戻っていて、しばらく会えていなかったじじばば達が戻ってきていた。わらわらとアビゲイルのまわりに集まり、肩や尻を叩いて褒めてくる。

「お、来たぞ。アビーちゃんようやったな!」

「まだ新米なのに、ブラックウルフを倒すなんてたいしたもんじゃ!」

「アビーちゃん、ありがとうね~」

「わあ、なんだなんだ」

 いきなりじじばば達に囲まれて驚いた、カウンターでナナとディクソンがニヤニヤしている。ロイドもいたがこっちは少し不機嫌そうだ。お礼を言いつつじじばば達から逃げ出し、カウンターに向かう。

「おはよー」

「おはようございます~。ブラックウルフ討伐お疲れ様でした」

「お疲れ様~。みんなもお疲れ様でした。ディクソンは腕だいじょうぶなの?」

 ディクソンはシャツの左袖を捲って腕を見せてくれた。牙の跡とその廻りをどす黒い痣が覆っている。

「うわ、ひどいじゃん」

「オスカーに言ってくれてありがとな、まあ痣以外は異常なしだ。お前はだいじょうぶなのか?」

「ちょっと擦り傷と痣があるくらいだよ」

「そうか、良かったな」

 満面の笑みでばんばんと背中を叩かれた。

「昨日はほんとありがとう、ロイドもありがとう。あのとき来てくれてほんと嬉しかったよ」

 急に礼を言われてロイドは面食らった顔をした。

「ん、ああ、いいんだ。気にすんな。俺もブラックウルフ倒して皮がもらえたしな」

 最後の狼のとどめを刺したので、ロイドの手柄になったらしい。ゲイリーの弓の効果もあったが、自分はもう1匹倒したのでと譲ってくれたのだそうだ。

「じゃあ冒険者ギルドの人全員皮が手に入ったんだね」

 冒険者全員が手柄と報酬を手に入れたことになる、皮の副収入はそれほどの額ではないがロイドとアビゲイルにとっては良い臨時収入だ。

「アビーさん、これ狼討伐の報酬です~。巡回の報酬も込みです」

「ありがとう~」

 報酬の合計は12000ゼム。

「あれちょっと多くない?」

「村長が討伐報酬にすこしおまけしてくれました。私達冒険者ギルド全員と巡回に参加した人達に、村長のポケットマネーからです~」

「おお~・・・・ありがたい」

「喜んでくれて何よりだよ、そしてお疲れ様。村を代表してお礼申し上げる」

気づいたら後ろに村長が立っていた。深々と礼を言う。アビゲイルも慌てて礼を返した。

「いえいえいえ、こちらこそありがとうございます」

「ありがとうございます!」

ディクソンとナナも続けて礼を言う、ロイドはディクソンに頭を鷲掴みにされて無理やり頭を下げられた。なんだか鈍い音がロイドの首のあたりから聞こえた。

「それでおいしいものでも食べてくれ」

 そう言うとすぐに村長は役場のカウンターに戻っていった。

「昨日も宴会だったんだけどな。明日あたり4人で飲もうぜ」

「賛成です~!」

 飲み会の日取りも決まり、報酬も受け取れたのでアビゲイルはこれから革工房に行くと伝えると。

「もう皮の使いみちを決めたのか?」

「そうじゃなくて借りたコルセット汚しちゃったから、皮売って買い取りしようと思って」

「へえ、まあリンさんに相談してみろ」

「うん、じゃあいってきます」


 革工房に着くとすぐにルツが出てきた。

「いらっしゃいアビーさん! 皮の相談にきたのね! 2枚あるからいろんなものが作れるわよ、私が作るわ。いえ私に作らせて! デザインも大体決まっているのよ皮を黒か焦げ茶で染めてコルセットと右肩、革手袋。アクセントに革細工のアクセサリーも作りましょう! 今度もぜひ私に作らせて! お願いします。造り手を一人にしたほうが装備に統一性が出るから全部装備したときのバランスがいいのよ! 女性は装備した時にオシャレなほうがいいでしょ? ぜひ私に・・・ぐええっ」

「いらっしゃい、ブラックウルフの皮についてだね。こっちきて座りなよ」

 親方リンとルツの恒例行事が終わり、工房に招かれた。革張りのソファに座るとすぐにお茶を入れてくれた。

「皮なんだけど、最初の奴が2000、後のはちょっと傷があったから1500でどうだい? 装備なんかを作るなら素材の皮代はなしになるよ」

「それなんですけど・・・・これ」

 アビゲイルは抱えていたコルセットをテーブルの上に置いた。

「狼の返り血で汚れちゃって、傷もついてしまったんで、このコルセットを買い取りたいんです。なので今回の皮を売ろうかと思ってまして」

それを聞いたルツが反対した。

「だめよだめよだめよ! 装備新しいの作りましょうよ! このコルセットは売れ残りで誰も買わない中古品だから、このまま処分してもいいくらい・・・・ぐふぁっ!」

 今のリンの拳はかなり痛かったらしい、ルツは頭を抱えて震えている。リンはコルセットを手に取り、細部までじっくり点検した。

「血はどうやって落としたんだい?」

「水を流しつつ布で叩いて・・・・そのあと陰干ししました。本当はクリームで磨きたかったんですけど。持って無くて」

「よくここまで落としたねえ。たいしたもんだよ」

「それ以上は無理でした」

 褒められたが、結局汚れは落ちてないのでアビゲイルは申し訳なかった。

「それで、数日使わせていただいて、使い心地も良かったので買わせて貰おうと思いまして」

「嬉しいね。このくらいなら、うちの工房で落とせるよ、だけどもともと日焼けして色落ちしてたからね、染め直そうか。買ってくれるのはありがたいよ。傷も補修しよう。染めと補修はタダでいいよ。ルツにやらせよう」

「えっ」

 ルツがガバっと起き上がってリンからコルセットを奪った。そしてまじまじと汚れと傷を観察し始めた。どうやら補修も染めもルツにとってやりがいのあるものらしい。

「買い取り値段は・・・・どうしようね。これを作ったのは私なんだけど、作ったの3年くらい前なんだよね」

「おいくらなんですか?」

「15000で売ってたんだけど、7500でどうだい?」

 アビゲイルは値段を聞いて考えた。買える値段だし染めと補修はタダなので、こんなにいい買い物はない。だが7500でもアビゲイルにとってはなかなかの大金だ。

「じゃあ、今回手に入れたブラックウルフの皮、あれの2000ゼムのほうをそのまま売りますので5500ゼムにしてくれませんか?」

「いいよ、皮は注文が入っていてほしかったところさ。よっしゃ交渉成立だね。もう一枚の皮はどうする?」

「お金が無いんで、先になっちゃうんですけど。ルツに手袋を作ってもらおうかと・・・・・。お金貯まるまで保管したりできますか? 1枚で足ります?」

 手袋が作れると聞いてルツはガッツポーズをした。そのまま何か言い出しそうだったがリンが睨みを効かせてそれを止める。

「手袋なら1頭分で十分間に合うよ。それじゃあ皮はなめして保管しておくよ。だからって急がなくていいからね。なにかあればそのまま買い取るよ」

「助かります、ありがとうございます。じゃあコルセットのお代だけ払っていきますね」

「まいどあり!」

 リンとアビゲイルの交渉は成立した。アビゲイルはすぐにポーチから布に包んだお金を取り出してリンに手渡した。

「あと、手入れするための皮用のクリームってあります?」

「あるよ、小さいので800ゼム、これを布に少しつけて拭いておくれ」

「はー・・・良かった。買わせていただいてありがとうございました」

購入したクリームをポーチにしまいつつ、アビゲイルはリンにお礼を言った。

「何を言うんだい。こっちがお礼を言いたいくらいだよ。中古品を買ってくれるし、ルツに仕事をくれるし、返す前に手入れもしてくれたし。皮は売ってくれるしあんたはいいお客様さ。今後共よしなにね」

「ありがとうございます」

 いきなりルツがアビゲイルの両手を握りしめてきた。

「アビーさん本当にありがとう。私を指名してくれて本当に嬉しいわ、これはやはり専属ってことでいいかしら? わたしの顧客第一号ってことで! 最高だわスタイルのいいエルフのお姉さんに私のデザインした最高の革製品を着てもらえるなんて! 染めも補修もまかせてちょうだい、ちょっと苦手なんだけど大丈夫!大丈夫よ!染めは何色がいいかしら、私は明るい色の染めの練習がしたいから赤とか黄色とかでもいい? きれいに仕上げるからぜひお願いします、アビーさん美人だからきっと何色でも似合うわよ! だいじょう・・・ぶええっ!」

 いつもどおりのリンのチョップが効いてルツは沈黙した。いつもどおりの家族以外止めづらいルツの勢いを見て、今回もいい仕事をしてくれそうだと思ったが、アビゲイルは黙っていた。言うとまたリンの拳が炸裂しそうだからだったからだ。


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