夢
リビングは食べかけのお菓子や飲料、脱ぎ捨てた服、読みかけの雑誌などが散らかっていた。台所の流しには汚れた皿が山積みになってガス台は油まみれのフライパンがそのままになっている。
「きったねぇ~・・・・・・」
苛立ちながらすぐにリビングを片付け始める。もう少し家事を教えておけばよかったと反省する。甘やかして育ててしまった。時計を見ると朝6時、みんなを起こさなくては。2階に上がって各々の部屋のドアをどんどんと叩き声をかける。
「早く起きないと遅刻するよ! 朝だよー!」
呼びかけたと同時に部屋からすぐに男たちが現れた、いつもならあと2~3回やらないと起きないのに珍しい。
「ちゃんと自分で起きなさいよ、大人なんだから」
「母さん・・・・・・」
息子たちは驚いている。なんでそんなに驚いているのかわからない。
「ぼんやりしてないで、早く顔洗ってご飯食べな」
食器を洗っている余裕はないのでフライパンをまず洗ってガス台に2個並べて火をつける。冷蔵庫の中はジュースと缶ビールだけしか入っていない。冷凍庫にも大量の作りおきがあったのだが、無くなっていて冷凍食品しかない。
かろうじて卵とウインナーがあったのでそれを焼く、野菜はしなびたトマトとネギしかない。トマトを洗って切って皿にドサッと盛った。
「まったく・・・・レトルトやお菓子ばっかり食べてないでちゃんと野菜とか食べなさいよ」
家の散らかり具合や冷蔵庫の中のすさみ具合を見て、ようやくわかってきた。ここは私が死んだ後の我が家なのだと。
「母さん・・・・・帰ってきたのか?」
振り向くと夫が寝起きとは思えない弱った顔で立っていた。息子たちもまだ驚いているようで目をぱちぱちとさせて三男は泣いている。よく見るとみんな目にはクマがあって充血していたり肌が荒れたりヒゲが伸びたままだったりとボロボロだった。
息子と夫をこんな状況にしてしまったことを本当に申し訳なく思う。今すぐ帰りたいがそれは出来ない。
「帰ってきてません、死んでます~。いいから早くご飯食べなさい、会社遅刻するよ! あと家きれいにして! こんなんじゃ成仏出来ない!」
涙をこらえてわざとふざける。背中を押して無理やり全員座らせて目玉焼きとウインナーを皿に並べていく。食パンは袋に入ったままドンとテーブルに置いた。焼いてる暇がない。
「食べて食べて、いつももっとちゃんと食べないとダメでしょ!」
「でも母さん死んじゃったし・・・・」
「そんなの言い訳です~。やればみんな出来るんです~」
ぼんやり死んだ妻を眺めていた夫は急に笑いだした。目には涙が浮かんでいた。
「そうだな・・・・お前ならこういうときはそう言うよな・・・・・」
「父さん」
「よし!」
そう言って急に両手で顔をぱんぱんと叩いて気合を入れて用意した朝食をがつがつと食べ始めた。
「お前らも早くちゃんと食べろ! 遅刻するぞ」
「え・・・・会社行くの? この状況で?」
「会社は健康ならちゃんと行け! サボるのは許さないよ!」
「母さん・・・・・・」
息子たちは顔を見合わせておろおろしていたが、いつもどおりの私を見てだんだんと落ち着きを取り戻し笑いながら朝食を食べだした。ようやくいつもの朝の風景に戻った。コーヒーを人数分入れて一人ひとりに手渡しする。
顔を洗い着替えてまた全員が台所に戻ってきた。父と息子達は食器を洗い終えて、テーブルを拭いている母親をまたじっと見てくる。
「母さん帰ってきたら夜に家にいる?」
次男が寂しげに聞いてくる、多分答えはもう知っている。
「もういないよ・・・・・・ごめんね」
やっぱりそうなのかというショックをまだ受け止められないような複雑な顔をする。
「母さんの餃子食いたかったな」
「ん、料理のレシピは私の本棚にまとめて置いてあるからそれを参考にしてください」
「レシピあんの?」
「あんたたちの離乳食からそろってるわい。ほら! バス出ちゃうよ、行った行った!」
全員を外に追い出すように見送る、いつも朝は玄関か外まで出て見送るのが我が家流だった。
「いってらっしゃーい、気をつけてねー」
「母さんがそれ言うなよ・・・・」
息子に呆れられた、まあ確かに、交通事故で死んでいる人に言われても説得力はない。
「まあまあ私にみたいにならないようにね、気をつけてね」
「・・・・・いってきます」
「いってきまーす」
そう言いながら夫がいきなりぎゅっと抱きしめてきた。新婚当時を思い出す。子供をあやすようにトントンと背中を叩く
「いってらっしゃい」
「うん、うん・・・・・」
夫はそのまま動かない。このままではずっと抱きしめられている状態なので、遅刻してしまう。名残惜しいがぱっと離れて夫の尻を叩く。
「いてっ」
「はよ行け! いってらっしゃい、みんな元気で仲良くね!」
息子と夫は何度もこちらに振り向きつつ、ゆっくりと歩いていく。手を振ったり振り返したりしてようやく全員が道の角を曲がり、見えなくなった。しばらくするとバスが道を横切り走っていった。一瞬だが、全員がバスの窓からこちらを見ていたようだ。
(家に入らないでいてよかった。さて・・・掃除でもするかあ)
そこで目が覚めた、ベッドからのそりと起きて背伸びする。
(なかなかリアルな夢だったな・・・・・・)
目をこすると自分が泣いているのがわかった。夢の中で最後に泣いていたからだろう。
(夢だけど、なんとなくお別れが出来て良かったなあ、みんな餃子食べたかな・・・・?)
着替えて顔を洗い、寝癖を治して食堂に向かう。お茶でも入れようとお湯を沸かしているとオスカーがやってきた。
「おはよう、といってももう昼過ぎだけどね。だいぶ疲れてたみたいだね、もうだいじょうぶかい?」
「え、いくらなんでも寝すぎでしたね。おはようございます」
「いいんだよ、疲れが取れるなら寝たほうがいい。昨日は大変だったしね」
「お昼どうしようかな・・・・パンでもかじろう」
「エルマ達が作って置いていったよ」
オスカーは戸棚から茹で卵と焼いたウインナー、丸パンを出してきてくれた。
「おお・・・ありがたい・・・・ありがとうございます」
息子たちもこれぐらいはすぐに出来るようになってほしかった。これから頑張ってほしい。
今日はこのまま家でのんびり過ごそうと決めた。だが汚れた剣や借りたコルセットの手入れをしたり、しばらく出来なかった掃除や汚れたシャツも洗わないといけない。なかなか大変だ。
ギルドに行くのは明日にして、今日はいろいろ片付けてしまおう。
(夢であれだけみんなに言ったんだから私もこっちでちゃんとしないとな)
アビゲイルは心の中で改めて気合をいれて、茹で卵をつるりと口に含んだ。




