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手芸と魔法教室

 本日の夕食は鶏もも肉のソテーに人参と玉ネギのグラッセを付け合わせ、葉野菜のサラダを添えた。だんだんと春野菜も増えてきてもうすぐアスパラやレタス、イチゴなどが出回ってくるそうだ。今から楽しみである。

いつでも新鮮な野菜や果物を買って帰れるように風呂敷を作らねばならない。アビゲイルはオスカーに裁縫箱はないかと訪ねた。

「ああ、持ってこよう。ちょっと待っていて」

「良かったらボタンのとれたシャツも一緒にお願いします。エルマとカミラもあったら持ってきてくれる?」

「はあい」

 3人はそれぞれの服や裁縫箱を取りに出ていく。アビゲイルは食後のお茶を入れ直し、みんなを待った。

「お待たせ、これがウチの裁縫箱だよ。と言ってもほとんど使ってないがね」

 裁縫箱は藤カゴのなかなか大きなもので蓋に手提げ金具がついていて鞄のように持ち運べるようになっていた。金具を外し、蓋を開けると中は2段になっていて、上段に裁縫道具が一通り揃っていた。すべての道具がなかなか年季を感じるもので、大事に使っているのが伺える。

「これ神父様のですか?」

「いやこれはこの教会に以前住んでいた司祭様のものだよ。女性だったんだ」

「修道女さんですか?」

「らしいとしか言えないんだ。会ったことはなくて、彼女が亡くなられて数年経ってから私達が来たからね。この食堂にある料理道具も彼女が使っていたものをそのまま使っているんだよ」

「あー、だからお菓子の道具もたくさんあるんですね。って前に使ったベーキングパウダーは買い直すか・・・・・」

「まあ誰もお腹は壊さなかったが、そのほうがいいかもしれないな」

 裁縫箱の中身を確認すると、針やはさみは十分使えるようだ。下段にはかぎ針や編み針も出てきた。刺繍用の木枠もあり、かなりの手芸好きだったようだ。下段には他にシーツの端切れのようなものも入っていた。

「この布は黄ばんでしまっていて使えないですね・・・・雑巾にでもしようかな」

「とれてしまったボタンはこの空き缶に入れておいたんだ」

そう言いながらオスカーは下段に入っていた小さなキャンディの缶を取り出した。じゃらじゃらと音が鳴り、結構な数のボタンが入っているようだ。

 エルマとカミラも部屋から戻ってきた。エルマは数枚の布を持ってきていた。

「その布は?」

「お小遣いを貯めて少しずつ買っていたの、小物や洋服が作りたくて」

 布を広げるとだいたい2メートルくらいあった、他にも端切れが十数枚あり、エルマはベアトリクスの店の常連のようだ。他にも装飾のキレイなボタンが数個あった。

「お姉ちゃんこのボタンちょうだい」

「ダメ!」

「ケチ!」

 喧嘩になりそうになったので慌てて止めた。女性は年齢に関係なく、小さくてかわいいキレイなものが好きだ。それはこの世界でも同じで全異世界共通なのかもしれない。

「欲しかったら自分のお小遣いで買いなさいよ、なんでも欲しがって」

エルマはカミラのわがままを心底呆れている。気持ちはわからないでもない。だがこのくらいの子は年上の兄弟姉妹と同じものを欲しがったり、なにかしていると真似したがったりするものである。もうしばらくすれば落ち着くだろうが、エルマはもう我慢するのも大変そうだ。


 さてひょんなことで始まった手芸教室だが、まず何から教えていこうかアビゲイルは考えた。今この家で一番必要とされているのはボタン付けだが、その前に覚えないといけないことがある。

「じゃあまずは針の持ち方と糸の留めかたね。今日は基本の基本、雑巾を作ろう」

「雑巾」

エルマはすぐに何かしらの小物が作れるかもしれないと期待していたようだが、それにはまず基本が大事だとアビゲイルは伝えた。

「縫い方も色々あるから、まずは並縫い、玉結び、玉止め、しつけ糸の使い方・・・・などなど。道は遠いのよ・・・・」

「わ、わかったわ」

 裁縫箱の中にあった黄ばんだ古布を雑巾にすることにした。適当な大きさに切り、2枚くらい重ねて大まかにしつけ糸で留める。

「縫ってる途中にずれていかないように、しつけ糸やまち針で止めていくんだけど、最初まち針は危ないからしつけ糸でね。これは糸を留めなくていいからおおまかにざくざくと」

説明しながらアビゲイルは2枚の布をしつけ糸で止めていった周囲を四角く囲み、真ん中にバツ印。雑巾の基本的な縫い方だ。

「よし、まずはここまでやってみてエルマ」

「私もやーりーたーいー」

 カミラが駄々をこね始めたのでカミラにも雑巾を作ってもらうことにした。

「じゃあカミラは私が手伝うから、今のとこまで一緒にやろう。エルマもわからないことはどんどん聞いてね」

「うん」

 オスカーは邪魔にならないように小さくなりながら二人の頑張りを微笑ましく眺めていた。

「本当に君には申し訳ないね、色々世話になってばかりで」

「いえいえ、いいんですよ。私も楽しいですし」

「私達もアビゲイルさんに何か出来ることがあればいいんだがなあ」

 教会に住まわせてもらったり、家賃や食費も安かったりでアビゲイルは十分良くしてもらっているのだが、何かしてほしいことはとふと考えた。

「あ、そうだ。神魔法教えてほしいんです。火とか水と違ってコツがよくわかんないんですよね・・・・・」

「私がかね、だが教えたことはないし・・・・私が習ったことを教えることしか出来ないがいいかい?」

「はい、ぜひ教えてください」

 それならばとオスカーはすぐに了承してくれた。火や水の魔法は家事や皿洗いクエストなどでコツコツと使えるようにしてきたが、神魔法は回復魔法なので誰かが弱っていないと使えない。自分にかけることもどうしたらいいのかわからないので、今まで練習出来なかったのだった。

 だが最初にオスカーに神魔法の基礎のような形で自分の手を握り、体全体を温めて回復してくれたことはよく覚えていた。

「とりあえず今日は手芸教室が始まっているから、明日の夜、夕食後にしようか。君は手芸を二人に教えて、私は神魔法を君に教える。ということで」

「よろしくおねがいします」

 オスカーは立ち上がり、アビゲイルの後ろに立って肩にてを載せた。

「椅子に座ってくれるかい?」

言われた通りに座るとオスカーはアビゲイルの肩を数回もんだ。

「わは~気持ちいいです」

「疲れが溜まってるね、とりあえず今日は君の疲れを癒そう」

 言うとすぐにオスカーの手が熱くなってきた、やけどするのではと思うくらい熱くなってくると、その熱がそのまま肩から全身に流れていく。温泉に入ってじんわり暖まるような、温かい飲み物を飲んだときのような心地よさが全身を巡った。

「わはは~気持ちいい」

「神魔法はひとを癒やす魔法なので、使うとどう癒やされているのかということも知っておいたほうがいいからね」

間をおいて数回、オスカーはアビゲイルの肩を神魔法で暖めた。肩こり気味だったが、今は肩も軽くお風呂上がりのような気分だ。

「ありがとうございます~」

「アビゲイルさん、リラックスしてるとこ申し訳ないんだけど、私もカミラもしつけ糸をつけるまで終わったわ」

「あーごめん、カミラも?」

「おねえちゃんが教えてくれたの」

 雑巾はしつけ糸が多少曲がったりしてはいたが、初めてにしてはまあまあの出来である。エルマは覚えるのが早いのでこの出来もわかるのだが、カミラもここまで出来るのにアビゲイルは驚いた。

「二人ともここまで良く出来てるよ~。カミラがここまで出来てるのが以外だなあ。すごい」

「案外器用なとこがあるからねカミラは」

 料理や掃除よりこうした物づくりのほうがカミラは向いているのかもしれない。

「よしよし、では並縫いの仕方と玉結びの仕方を教えるね。じゃこれ縫い針、気をつけてね。落としたり人に向けたりしないように、渡すときは針山に刺してからか針先を自分に向けて渡すように」

 針に糸を通して糸の端を針に数回巻きつける、巻いた糸をきゅっと集めて人差し指と親指でしっかりとつまみ、そのまま針を引っ張るとキレイな玉結びができる。

「これが玉結び」

 エルマは最初うまくいかなかったが、何度か繰り返すとすぐに出来るようになった。いっぽうカミラは一度ですぐに出来て得意げにみんなに見せた。

「おお~」

 オスカーとアビゲイルは感嘆の声をあげて二人に拍手した。引き続き並縫いの仕方を教え、しつけ糸に沿って雑巾を縫っていくことを教えたのだが、やはり最初から全てうまくいくということは無かった。

「痛っ」

 ビクッと震えてエルマが叫んだ。指に針が刺さったのである。運針はコツを掴まないと指に針がよく刺さる。ここが裁縫の第一難関だ。一方カミラは運針の幅が広すぎて縫っている意味が無くなっていた。アビゲイルの手本を見て真似しているがやはりうまくいかない。

「やっぱり難しいわね、ワンピースが縫えるまで道のりが遠いわ・・・・」

「千里の道も一歩からってね」

 オスカーはエルマの指先に神魔法をかけつつ、二人を励ました。二人はどうにか雑巾の1辺を縫うことが出来て、アビゲイルは玉結びの方法を教えた。

「一応ここまでが基本の並縫いの基礎ね。明日私が帰ってくるまで良かったら続きをやってて」

「わかったわ、もし完成したら次の雑巾を作ってもいい?」

「いいよ~どうぞどうぞ」

「いい練習と時間つぶしになるわ」

 本日の手芸教室はここまでとなり、各々でお風呂に入ってから就寝となった。アビゲイルにとって風呂敷づくりは気分転換もかねていたが、二人の姉妹のおかげでさらによい気分転換になり、オスカーの神魔法が抜群に効いていてアビゲイルはあっという間に眠りに落ちた。


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