手芸
新年あけましておめでとうございます。
今年ものんびり更新してゆきたいと思いますので、どうかよろしくお願いします。
狼退治と手芸の話からのスタートです。
魔物ブラックウルフが現れてからの狼騒動は今日で1週間を迎えた。ディクソンが放牧場で2匹倒してアビゲイルと二人でさらに2匹手負いにしたのは2日前のことだった。巡回は毎日続き警報は解除されていないので、村人達も疲れて飽き飽きしていた。
アビゲイルは一応朝からギルドに行き、なにかあったときのために待機していたが、酒場の手伝いも無く雑事もここ数日ナナと一緒にあらかたこなしてしまいすることが無くなってしまっていた。
(鞘の代金は昨日払い終えて落ち着いたし、なにかすることないかなあ・・・・・・)
狼騒動が終わるまでは一人で薬草採集にも行けず、他のクエストもない。ただギルドでぼんやりするだけだった。何か手仕事でもいいので時間を潰したい。
(手仕事・・・・・あ、そうだ)
「ねえナナ、今日は布屋さん開いてるかなあ?」
「うーん、多分開いてるかと思いますけどどうしたんですか~?」
「待機してる間暇だから何か作ろうかと思って」
「お裁縫もできるんですか?」
「多少ね」
店が開いてるかわからないので店まで行くことにした。布屋は服も売っているので、手芸兼服屋という感じだ。アビゲイルはこの村に来たばかりの頃に神父からお金を借りていくつかの洋服を買って以来の来店だった。店は村の中心地にあるので狼については問題なかった。
村はいまとても静かだ、いつもなら通りを歩けば多少人とすれ違ったり、軒先で話し合っている声が聞こえたりするのだが、今は全く聞こえない。何か話すとしても家の中でだろう。
店は一応開いていた。だが店の中は薄暗い、いくつかの窓の雨戸を閉めているからのようだった。
「こんにちは~、開いてます?」
「いらっしゃい、開いてますよ。あらアビゲイルさん。狼退治は終わったの?」
この店の主人ベアトリクスはアビゲイルより少し年上の独身女性だ。かなりの美人で、村の男性たちに非常に人気がある。服装も非常に洒落ていて、なんでも着こなしてしまうらしい。少し薄暗い店の中でベアトリクスの美しく長い金髪は青みを帯びて輝き、ただ立っているだけで妙な色気がある。本人は自分の色気に全く気づいていないが。
「狼はまだ5匹くらい残っているんですよね、終わってません」
「そうなの、お客様もさっぱりで外出もあまり出来ないから退屈なのよね。来てくれて嬉しいわ、何をお求め?」
「布なんですけど・・・・木綿とかで丈夫で柔らかい布ありますかね?」
「何を作るの?」
ベアトリクスは今から手芸の話ができそうだとわくわくして目を輝かせ、聞いてきた。
「えーと、風呂敷なんですけど」
「なあにそれ?」
アビゲイルは普段の買い物に少し難儀していた。前世の世界ではスーパーにはカゴがあり、購入して帰るときにはレジ袋がありまたはエコバッグがあったのだが、この世界には何もない。スーパーもないので買いたいものはそれぞれ売っている店をはしごしないといけないのだ。
その時必要なのは買ったものすべてを入れるカゴなのだが、アビゲイルは毎日冒険者ギルドに通っているため、買い物カゴを下げて冒険するにはいかないのだった。最初はカゴを朝から持っていってギルドに預かってもらい、帰りに買い物をして帰ったりしていたのだが、教会にカゴは一つしかなく、誰かが使うときは持っていけなかった。
最初はエコバッグを作ろうと思ったのだが、自作では携帯に不便で畳めるようにするとあまり物も入らず大きく作れない。そこで考えたのが風呂敷だった。
「物を包んで運ぶ布なんですけど・・・・・」
「ふうん? サンドイッチとかお菓子を包むような感じ?」
「そうです、もっといろいろ包めるように大きいものなんですけど」
「どのくらい?」
「75センチくらいのを作りたいんです、もう一枚小さめのと」
「なんだか半端なサイズねえ」
風呂敷のサイズは決まっていてアビゲイルの言う75センチは二尺幅という。尺や巾という日本の古い単位で出来ているのだ。
「だいたいって感じなんですけどね」
「じゃあ70くらいで作ったら? 小さいのは半分で35。大きいのが1枚と小さいのが2枚で2メートルくらいかしらね?」
「そうですね、あまりで巾着でも作ろうかな」
「巾着?」
「袋です、紐で口を閉められるんです」
「まあ袋は紐で閉じるものだものね。布は・・・・そうね綿がいいかもね、あとはシャンタンとか」
ベアトリクスが出してくれたシャンタンという布は絹糸と綿糸で編まれた布なのだそうで、手触りは紬のようで風呂敷っぽい布だ。だが綿より少し高かった。
「財布事情だと綿ですね」
少ししょんぼりして答えるとベアトリクスが笑った。
「駆け出し冒険者さんは大変ね。でも綿ならいろいろ柄が選べるわ、これなんかどう? 青地に小花が散っていてキレイでしょう? ワンピースとか作るにもオススメよ。こっちはバラの花、ロングスカートとかいいかもね。春先はやっぱりみんな柔らかい色の花柄が人気なのよね」
「最初の青いのいいですね、じゃあこれ2メートルください」
「ありがとう、青色の木綿糸でいいかしら? あとは何が必要?」
「えーと・・・・紐と」
言いながら店内を見渡すとゴム紐があった。黒い色だけだったが、この世界にもあったのかと驚いた。
「あ、ゴム紐」
「それね、あんまり売れてないのよ。買うならちょっとお安くするわよ」
「それじゃあこれとこのリネンのリボン1メートルずつください」
「ありがとう、ねえフロシキとかキンチャクとか完成したら見せてもらえない? どんなものか見てみたいわ」
布を手際より測りはさみで切りながらベアトリクスは頼んだ。
「いいですよ、見ていただいて何かあったらアドバイスください」
「あら、嬉しいわ。楽しみにしてるわね。はい、全部で1250ゼムよ」
「ありがとうございます」
「狼退治、気をつけてね」
ベアトリスはそう言って軽くウィンクした。妙に色っぽくてちょっとどきっとしてしまう。あれで無意識だと、村の男性たちは大変だろう。
買ったものを鞄にしまいつつギルドに戻るとディクソンが戻ってきていた。
「おう、今きたのか?」
「ううん、用事があってベアトリクスさんの店で布を買ってきたんだよ」
アビゲイルの言葉を聞いて木工房の男達がざわつきアビゲイルに近寄ってきた。
「きょ、今日のベアトリクスさんどうだった?」
「言ってくれれば一緒にいって荷物持ったんだぜ?」
「店開いてるのか? だいじょうぶかなあ? 俺様子見に行こうかなあ」
フーゴとディクソンは呆れて見ている。アビゲイルはちょっといじわるしたくなってきた。
「今日のベアトリクスさんもキレイだったよ・・・・用心して雨戸を閉めてたから店内がちょっと暗かったんだけどそのせいでキレイな金髪が少し青みがかって見えてさ、お客さんが来なくて退屈・・・・って。物憂げな表情が色っぽかったよ」
それを聞いた木工房の独身男性たちは頭をかかえ、自分を抱きしめて見えないなにかにキスしたりしていた。見ていて虚しい。
「俺昼飯あとでいい。ベアトリクスさんのとこ行くわ。パンツが破れて・・・・・」
「俺も行く、シャツが今から破れる」
「鼻血を拭く布買わなきゃ」
聞いててベアトリクスさんがこれから大丈夫なのか不安になってくる。それを聞いていたディクソンとフーゴは大笑いしていた。
「だいじょうぶかな?」
「だいじょうぶ、ベアさんは客あしらいとか男をあしらうのが上手いらしいから」
「ベアは小さい頃からモテているから慣れたもんだよ」
フーゴさんはベアと呼んでいるのか、聞くと幼馴染なのだそうだ。木工房の雄の群れはあっという間にギルドから出ていった。
「昼に巡回のあるやつは帰ってこいよー!」
ディクソンが大声で呼びかけたが、誰も返事をせず、風のように走っていった。
「くそ、あいつら来なかったら承知しねえからな」
「そんときは俺が行くよ。俺が叱っとく」
やれやれと3人で見送る、あの木工房の人たちがベアトリクスさんと仲良くなっていける気がしないなあとぼんやり考えていたらそういえばとディクソンが話しだした。
「お前が熱湯かけた狼、今日河原で死んでるのが見つかったぞ。お前の手負いだから皮はお前の報酬だ」
「え」
「皮どうする? リンに売るか?」
「そういうのはもうちょっと早く言って」
「すまん、一応いまリン達が皮はいでるから。決まったらリンに言っといてくれ」
「はあい」
自分では仕留められないから手に入らないだろうと思っていったブラックウルフの皮が思いがけず手に入った。でも1匹じゃたいしたものは作れなさそうだ。どうしようか。
「すぐには決められないなあ」
「狼退治が終わるまで保留でもいいんじゃないか? 聞いてみろ」
「そうする」
皮をどうしようか相談しつつ巡回しながらどうしようか考えようと決めてアビゲイルはお弁当を広げた。ハムと茹で卵のサンドイッチを頬張りながらお弁当を包む布もほしいなと思った。
手芸をしたり何を作ろうか迷うくらいには生活に余裕がでてきたのだなと感じてアビゲイルはちょっと嬉しかった。




