初料理
さて料理。
手伝うとは言ったけど、役に立つだろうか? 台所を見るとガスコンロじゃなくてかまどだし、電気もない。流しには水道が通っているようだが蛇口はひとつ。水しかでないようだった。
流し台の横に調理台、そこにはじゃがいもやたまねぎ、ブロッコリーなどがカゴに入っていた。
(おお・・・・・野菜はそっくりだな、なんだか懐かしい友に会ったような気分だわ)
「エルマちゃん、献立は決まってるの?」
「じゃがいもと玉ねぎのスープと、今日は生の豚肉があるのでそれを焼こうかとおもってます」
「ふむふむ」
なかなかに質素・・・・。もしかして胡椒や砂糖は金銀と同等みたいな世界なんだろうか? 豚肉ってオークの肉とかなんだろうか? オークってファンタジー世界では豚顔の魔人だけどここでは普通に食べるのかな。不安になってきた。
「すいません、私まだ料理が下手でいろいろ作れないんです」
不安を読み取ったのかエルマがあわててあやまってきた。
すかさず神父もあやまった。
「アビゲイルさん申し訳ない。うちは訳あって3人暮らしでね、私も料理が下手だしエルマも最近人から習い始めたばかりなんだよ」
「いま練習中だから、あんまり期待すんなよ」
ディクソンもフォローを入れてきた。いろいろ事情があるらしい。
「なるほどなるほど、ごめんなさいね勘違いさせちゃって。記憶も曖昧だし、人様の台所でうまく手伝えるか不安だっただけだから、気にしないでね」
「そうでしたか、すいません」
「よかったら今ある食材を見せてもらってもいいかな?」
「はい」
エルマは中央のテーブルに食材を並べ始めた。材料は。
じゃがいも
玉ねぎ
にんじん
ブロッコリー
キャベツ
塩漬けの豚肉
ベーコン
生の豚肉塊(たぶんロース肉)
卵
小麦粉
調味料
オリーブオイル
菜種油
塩
砂糖
はちみつ
ワインビネガー
胡椒
畑にハーブが数種類
作りおきの胚芽パン
(良かったー胡椒と砂糖あるわー助かったー。でも出汁みたいなものはやっぱりないんだね)
「どうですか?」
「エルマちゃんの言っていたとおり、スープ作ってお肉焼きましょう。あともう1品くらい何か作ってもいい?」
「はい、ぜひ」
「よし、じゃあまず野菜を洗いましょう」
まずじゃがいも、にんじん、玉ねぎを洗い皮をむいてから乱切り、鍋に塩漬け肉を細かく細切りにしたものを少しの油でカリカリに炒め、そこに水と野菜を加えて煮込む。
キャベツは千切りにして、オリーブオイル、塩、胡椒そしてカミラのためにちょっと砂糖を混ぜて作ったドレッシングで合える。
豚肉は少し硬そうだったので叩いて切れ目を入れ、筋部分に包丁で切れ目を入れて縮むのを防ぐ。焼く直前に塩コショウを切れ目を入れた面にふる。
かまどの火はエルマが調節してくれた。最初肉を焼こうとしたときエルマは火を弱めようとしたので止めた。ステーキの場合最初は強火で両面を焼く。元の世界ならその後アルミホイルに包んで少し休ませるのだが、ここにはないのでフライパンに載せたまま火から遠ざけた。
うまくいくといいんだけど。
「強火で焼いてあとは予熱で火を通すんですね」
「うん、そのほうが肉汁が逃げずに柔らかく仕上がるよ」
「わたしずっと弱火でじっくり焼いてました、だから固いボソボソのお肉なったんですね」
「炒めるものによるけど、強火で一気に焼いたほうがいいよ。あと火を使ってるときはできるだけ離れない」
「はい」
エルマは料理をしている間、調味料や食器の用意をしてくれたりわからないことはどんどん質問してきて知識を吸収している。これで14歳だって。
女の子はこんなにしっかりしているのかと感心してしまう。
ポークステーキが完成したあと、肉が載っていたフライパンにバターを少量加えて茹でたブロッコリーを炒めて塩胡椒。
ステーキの横にブロッコリーのソテーを添える。煮込んでいたスープを塩胡椒で味を整える。
「はい、できましたー。召し上がれ」
メニューは
根菜のスープ
キャベツのサラダ
ポークステーキ
ブロッコリーのソテー
胚芽パン
教会なので「いただきます」ではなく神様に感謝の祈りを捧げる。オスカー神父の言葉に続いてつぶやく。郷に入っては郷に従え。
さてみんなの反応はどうかな・・・・?
「うん、うまい。肉が柔らかいな。塩加減もいいぞ」
「スープも塩漬け肉の旨味がでておいしいです」
「このサラダいいね、キャベツは生でもおいしいんだな」
キャベツ生で食べないのか。
カミラは無言でもりもり食べている、見てて嬉しい気分になる。サラダはあまり好みじゃなかったようで一番先に食べてその後肉にかぶりついていた。苦手なものを我慢して食べていてえらい。
神父のしつけがよくできている。いいお父さんだな。
ディクソンはスープをおかわりしてくれた、神父はサラダの残ったドレッシングにパンを浸して食べている。大人も気に入ってくれたみたいだ。
良かった良かった。
「いやーうまかった、アビゲイル、あんた料理上手なんだな」
「そうみたいですね、料理できるみたいです」
記憶がないふりをしなければとちょっととぼけた。
「これだけ出来るならスキルツリーがしょぼくても酒場で働けるぞ」
ディクソンは食後のお茶を飲み干しつつホッとしたように話しだした。
「なんならこの教会の家事手伝いでもいいしな」
「ふむ、エルマに料理など教えてもらえるしそれはいいかもしれないな」
「わたしもぜひお願いしたいです」
酒場の料理人、家事手伝い・・・・・やっぱり主婦業から離れられないのか。アビゲイルはなかなかにショックを受けていた。
(だけどまあ料理が出来て仕事に繋がりそうだからまあいいか・・・・料理好きだし)
だがやはりなんでも出来るようになっておくのは大事だなと痛感した。炊事、洗濯、料理。主婦の仕事も生きることに役に立つものなのだとわかりアビゲイルは嬉しくもあった。
結婚して数十年、専業主婦だったため外で働いたことはなかった。仕事という社会経験の少なさは、専業主婦にとってつらいものだ。スーパーのアルバイトも経験がないと断られる世界。この世界で何が出来るか不安だった。
元の世界より文明が進んでいない世界なのでパソコンができても意味がない。だが衣食住に関することなら今まで主婦として母として家族5人を支えてきたのだ。それなら多少自信がある。
この世界、主婦の知識と経験は役立ちそうだ。アビゲイルは心の中で小さくサムズアップした。
(にしても・・・・やっぱりちょっと冒険もしたいな。新しい世界でまた主婦業じゃね)
アビゲイルはぬるくなったお茶をすすった。その姿はある人がみたらかなりおばさんぽく見えただろうが、だれも気づかなかった。