気合
カウンターでぼんやりしていると、木工房の人たちが帰ってきた。すぐに酒場に炊き出しが出来ていると伝えると飛んでいってしまった。ナナが帰ってくるまではここで留守番だ。今思えばもう少し食べておけばよかった。
「戻ったぞ」
「おかえり~。酒場に行けばスープが飲めるよ」
「まじか、お前が作ったのか?」
「私は手伝っただけ。トマトスープだよ」
ぺろりとディクソンは無意識に唇を舐めた。食欲をそそったようだ。
「早くいっといで」
「おう」
酒場に向かおうとすると訓練場のほうからゲイリーが現れた。
「ブラックウルフ1頭倒したぞ」
「なに?! 死体は?」
「持ってきた、解体場にもう吊ったぞ」
みんなで解体場に走っていくと、後ろ足を吊るされたブラックウルフの死体があり、ロイドが見上げていた。ブラックウルフは真っ黒い狼で大きさはハスキー犬などの大型犬をさらに一回り大きくしたような感じだ、毛はごわごわと硬そうで剣が通るのだろうかと思わせた。
「これロイドが倒したの?」
アビゲイルがロイドに聞いたが首を横に振った。
「俺じゃない。ゲイリーさんが弓でやったんだ。すごかったぜ。目の横を一発で決めたんだ」
「かっこいい~」
素直なアビゲイルの感嘆にゲイリーは照れた。
「もう少し近かったらもう1匹いけたんだがな」
「場所は?」
「東の川沿い、南側の放牧地だ。昼間から羊を狙ってた」
「村の周りをぐるぐるしてるね」
ロイド達が見た群れの情報を聞くと8頭の群れで若いらしい。縄張り争いに負けて山から降りてきたのだろうというのがゲイリーの見解だ。1頭倒したのであと7頭。
「こうやって少しずつ減らしていけるのが一番いいな」
「そうだな、だがこれからはそれも難しくなるだろう。あいつらもバカじゃないからな」
3人のやりとりを聞きながらアビゲイルは吊るされた狼をまた見上げた。死んだ姿にも迫力がある、これがまだ生きていて、昨晩のような吠え声で自分に向かってきたら。考えるだけで恐ろしい。自分では太刀打ち出来ないかもしれない。もう少しなにか準備したい。
「よし、俺達も酒場に行こう。みんなに知らせないとな」
ディクソン達が酒場に向かってからすぐにナナ達が戻ってきた。
「アビーさん、留守番してくれてありがとうございます~。何も言わずに食べに行っちゃってすいませんでした~」
「ううん、いいよ。それより私これからどうしよう?」
すぐにナナは巡回予定表を確認した。
「今日のぶんはもう人が決まっているので、だいじょうぶです~。今日は早めに帰って明日に備えてもいいですよ」
「そういえば先週から休み無しなんだよな・・・・そうするわ」
「マスターに伝えておきます~。お疲れ様でした。あ、スープおいしかったです~」
「ありがと」
挨拶してからすぐにギルドを出てアビゲイルはパン屋に行くことにした、オスカー達が買い物に行けているかどうかわからないが食料がたくさんあったほうが安心するだろうし、パイでも買ってみんなで食べようかと思ったのだ。疲れているのかなんだか甘い物が食べたい。
「おう、いらっしゃいアビゲイルさん」
「パイ今日あります?」
「今日はカスタードパイしかないんだけどいいかい?」
パイを人数分頼む、ふと棚を見ると普段見ないパンが並んでいた。ピザ生地をもっと分厚くしたようなパンで、少し硬そうだ。
「これ新商品ですか?」
聞くと主人は冬によく焼くパンなのだと説明してくれた。固く焼き締めているので日持ちするらしい。警報が鳴ったので買い物に毎日くるのは大変だろうという主人の気遣いだった。
「ちょっと固いけど、飲み物やスープに浸して食うとうまいよ」
「へえ、今日神父様とか買い物に来ました?」
「いやうちには来てないな」
「じゃあこのパンもください」
「あいよ」
パン屋に来ていないといういことはおそらく他の店にも行っていないだろうと思い、ついでに肉屋と八百屋にも寄っていくつか保存の効くものを買った。皿洗いのお金が少し残っていて助かった。あとは何が必要かと考えながらぼんやり歩いていると
「おう、帰りかい?」
「あ、そうです。こんにちは」
雑貨屋の主人に声をかけられた。
「ずいぶん荷物だねえ。買いだめかい。まあ近くに出たから心配だよな」
「でも今日ゲイリーさんが1匹倒したんですよ」
「おお!」
状況を詳しく聞かせてくれと店に引き込まれた。カウンターの前に椅子を置かれてすぐにお茶とビスケットが出てきた。
「で? どんな感じなんだ?」
多分ここから色んな人に話されていくだろうからと思い、遠吠えが聞こえたときから今までのことを丁寧に説明した。
「てことはいまブラックウルフは7頭か、まだ結構いるな。聞いた話じゃ農家の奴等で罠を仕掛けたりもしてるらしいぜ」
以前ブラックウルフがでたときは罠を仕掛けて解決したらしいが、そのとき覚えた罠を使ってるようだ。
「それにもかかるといいですね。数を少しずつ減らすのがいいってディクソンも言ってました」
「お茶のおかわりいりますか?」
雑貨屋のおかみさんが奥からお茶のおかわりを持ってきてくれた。どうやら奥で話を聞いていたらしい。窓を見ると陽が傾いていたので、おかわりを遠慮して帰ることにした。
「お父さん、アビゲイルさんに魔除けの香料を差し上げたら?」
「ああ、そうだな。ほらこれ持っていけよ」
主人はそう言って小瓶を一つアビゲイルの手のひらに置いた。
「え、いいんですか? 高いんじゃ・・・・・」
「いいのよ、アビゲイルさんまだ新米さんなんでしょう? 危ないからお守りがわりに持っていくといいですよ」
「500ゼムだからそんなに高くねえよ、あんたが怪我するのは見たくねえからな」
「うわあ、ありがとうございます。いつも良くしていただいて」
今日はなんだか色々な人に本当に良くしてもらえるなあと感じつつ、心配されてばかりでちょっと情けないなとも思ってしまった。だが嬉しい。
「気にすんな、またなんか買ってくれ。気をつけてな」
主人はいつもどおり入り口まで送り出してくれた。となりにおかみさんがニコニコと手を振ってくれた。
教会に帰るとカミラやエルマが走って迎えに来てくれた。だいぶ心配してくれたらしいが、今日は酒場でスープを作るだけだったというと、二人共安心した。
「じゃあこれからも炊き出しのお手伝いするの?」
「いや、明日は午後からディクソンと巡回するよ」
「だいじょうぶ? 危なくない?」
買い物したものを片付けながら明日からの予定を聞いて、また二人は心配になってきたようだ。
「まあ、それが冒険者の仕事だからね出来るようにならないと。ディクソンがいるから大丈夫だよ」
「そう・・・アビゲイルさんちょっと待っててね」
そう言ってふたりはすぐに2階の部屋にかけていった。入れ替わりでオスカーが台所にやってきた。エルマ達同様にすいぶん心配してくれていた。今日あったことを伝えているとエルマ達が戻ってきた。
「あの、これ」
エルマが刺繍糸を編んだ紐を渡してくれた。2本あるからもう一つはカミラが編んだのだろう。
「お守り作ったから、左手に結んでもいい? 右手だと邪魔になるかもしれないから」
「ありがとう二人共、すごく嬉しい! 大事にするね」
お守りを見て今度はオスカーが事務室に走っていった。戻ってくると手に丸い小さな金古美のチャームを持っていた。
「これは創造神オーン様のシンボルをかたどったものなんだが、教会で配っているものなんだが二人のお守りに一つずつ使ってほしい。今日二人は珍しく自分からお祈りしててね」
「お父さん言わないでっ」
カミラは恥ずかしがった、秘密にしておきたかったのだろうか。二人のお守りはカミラが青、エルマは緑色の糸で編まれていてチャームにもよく合っていた。なかなか細かい編み込みなので二人は一日頑張ってくれていたのだろう。アビゲイルは二人の頑張りが何よりうれしかった。
「本当に・・・・本当にありがとうね」
アビゲイルは二人を抱きしめた。ちょっと泣きそうになるくらい嬉しい、まだ出会って1ヶ月も経っていないのにこんなに心配してくれるなんて。
「神父様もありがとうございます」
そう言いながらオスカーともハグをした。
「いやあ~気合入ってきたわ! 頑張ろ! あそうだ、食材と一緒にパイ買ってきたから食べよう!」
しんみりしたムードを少しだけ吹き飛ばすようにアビゲイルは明るく努めた。エルマ達もアビゲイルがいつもどおりに元気で前向きなことに安心したようだ。
「お茶いれるね!」
流し台に向かって薬缶に水を注いだ、3人に気付かれないようにアビゲイルはそっと涙をぬぐった。




