腹ごしらえ
「ただいま~」
ギルドに入ると視線がアビゲイルに集まった。新しい剣をみんな楽しみにしてくれていたのかじろじろと腰回りを見た。剣を装備してアビゲイルも嬉しかったのですぐに見せた。
「見て見て~。新しい剣が出来たよ~。鞘もキレイでしょ」
「いいじゃないか、ルツ頑張ったな」
ディクソンに褒められてルツも照れたが満足気だ。
「そのコルセットはどうしたんだ? いい革鎧じゃないか」
「これはリンさんが貸してくれたんだ。怪我しないようにって」
「そうか、良かったな。確かにあったほうがいい」
「てことは私も巡回に出るんだよね・・・・・」
おずおずとアビゲイルはディクソンに聞いてみた。
「明日からな、俺と行こう」
やっぱりもう決まっていた。まあようやく揃った装備が無駄になることはなさそうだ。
朝巡回に向かった人たちはほぼ全員戻ってきていた。
「ほとんどみんな戻ってきているってことは、今は誰も村を巡回してる人いないんだね」
「まあな、本来は交代で村をぐるぐる見張っているのが理想的なんだが、昼は飯が大事だからな」
下手したら戦いになるのだから確かに食事は大事だろう、でも全員同じ時間に戻ってきて食べるのはどうなのだろうか?
「パンとか持っていくとか? 時間をずらすとか」
「足りないな、もっと食いたい。心臓亭の昼飯が食いたい。ずらしても人が足りなくて手薄になっちまう」
「心臓亭?」
「アルの店の名前だ。知らなかったのか? 村の心臓亭というんだ」
「え、知らなかった。みんな酒場って言ってるし。看板・・・・・あったっけ?」
「看板は小さいし、この村には酒場は1件しかないからな」
村の心臓か、確かに情報収集や憩い、腹ごしらえには無くてはならない店だ。ずっと前から村の心臓なのだろう。
「今日は休みだけどな」
「えっ!」
休みだとつぶやいたアルにほぼ全員が驚いた。一番驚いたのは昼飯を心臓亭で食べようと計画していた人だけだったが。
「朝から巡回で午後も頼まれた。店で料理できるやつは半人前のパトリックと家庭料理しか出来ないウルバだけだ。たいしたもんが出せん。夜は俺も疲れてるしな。しょうがない」
「じゃあ今日は昼飯抜きか・・・・・・」
「パン屋さん行きなよ。弁当くらい作りなよ」
お弁当がないディクソン達は渋々パン屋に買いに行った。なんだか背中が小さく見えたが、サンドイッチも作らないのかと呆れてしまった。
「魔物騒ぎでアルさんも大迷惑ですね」
「まったくだ、昼からは開けられるかとブイヨンは仕込んであったんだが無駄になっちまった」
「あらら・・・・・」
ブイヨンももったいないなと感じたが、ふとアビゲイルは思った。
「夜も休みだと、ディクソン達一日腹ペコですね。あの、私でよかったらそのブイヨン使ってスープだけでも作っておきましょうか? 私巡回明日からだしウルバさん達に手伝ってもらえば」
「そうだな・・・・腹持ちのいいスープならあいつらもぐずらねえかもな」
お弁当のサンドイッチをかじりながらアビゲイルとアルで話していると、ギルドにどやどやと10人ほどの男性が入ってきた。
「どうした? 木工の連中じゃないか」
一緒にお弁当を食べていたゲイリーとアルが立ち上がって聞いた。ブラックウルフが出たのだろうか?
「やあ、アルさん。今日酒場は休みなの?」
聞いてきたのは工房長のフーゴだった。アルがうなずくと一緒に来ていた全員ががっかりした。
「まじかー。人不足すぎだよ。昼飯食いに来たのに、仕方ないパン屋に行こう。ディクソンは?」
「パン買いに行きました」
「ははっしょうがないな」
するとディクソン達がパン屋から帰ってきた。顔見知りなのか軽く挨拶してギルドにフーゴ達が来た理由を聞いている。
「すまんな、アルを借りてる状態なんだ」
「そうそうそれなんだけど。森に入れないからウチも仕事が出来ないんだ。工房も森に近いし。だから俺とウチの力自慢を連れてきたから警報が解けるまで巡回を手伝おうと思ってさ」
「そいつはありがたい! 交代制に出来るぞ。武器は?」
木工房の人たちは一人ひとりごつい斧を取り出してニンマリ笑った。
「普段は木を切るものだけどね、まあ森にも少しは詳しいし、狼やゴブリンを倒したことのあるやつを連れてきた」
それならとアビゲイルは手を上げた。
「はいはいはい!」
「どうした? 明日の巡回の変更はないぞ」
「ちがうちがう、アルさんと誰か交代してあげて、これから酒場で炊き出しするから! したいから!」
「おっそれなら夜はうまい飯が食えそうだな! よしフーゴ。パン食いながら交代制のグループ決めをしよう! アビゲイル、すぐにアルと飯を作れ」
「昼はパンで我慢して巡回いきなよ!」
昼飯はやはりパンだけなのだなとがっかりした男性陣はすぐにグループ決めをしてパンをかじりながら巡回に出ていった。
アビゲイルと巡回を免れたアルは酒場、心臓亭に戻った。
「あれ、あんた巡回じゃなかったのかい?」
「ブイヨンはどうなってる?」
「一応灰汁をとってあるけど濾してはいないよ」
それを聞いてアルはすぐに手を洗ってからブイヨンを濾しだした。
「店を開けられるんだね、良かったよ」
さて、腹持ちのいいスープだが、具は何にしようかということになった。
「肉団子とかどうだ? 豚と牛の合い挽きでスパイスを効かせて」
「腹持ちならじゃがいもだよ。私とパトリックで皮をむいて下ごしらえは出来るしね」
「じゃがいも・・・・・ニョッキとか」
「ニョッキ? また何か新しいやつか」
アルがニヤリと笑った。
「小麦粉とじゃがいもで作る団子みたいなものなんですけど」
「それなら腹持ちはかなりいいだろうねえ、パンがない時も炊き出しにはむいてるよ」
「よし決まりだ」
ニョッキを入れるスープを作りつつ、まずはじゃがいもを大量に茹でて裏ごしした。それを普段アルがパンや菓子を作る時に使う石のテーブルに置いて、そこにパン用の小麦粉の強力粉、塩、そしてすりおろしたチーズを載せて切るように混ぜた。手で混ぜているとアルがパン作りに使う金属製のスケッパーを貸してくれた。
ぽろぽろとまとまってきたら卵を割り入れてさらに混ぜる。
「ちょっと洒落た芋団子だな」
アルはニョッキの作り方を見ながらつぶやいた。
「そうですそうです、かぼちゃでも出来るし、すりつぶしたほうれん草混ぜたりもいいかも」
「それならスープじゃなくてソースでもいいな」
話しているうちにまとまってきた生地を数回こねてまとめる。あまりこねないほうが美味しいのだ。すぐに棒状に伸ばし、3センチほどに切ってフォークで軽く押して跡をつける。
「それは?」
「なんでしょうね? 見栄え? これを茹でてスープに入れれば完成です」
たっぷりのお湯でニョッキを茹でる。スープの湯気とニョッキを茹でる湯気で店は休みでも厨房には活気がある。アルは料理が出来て満足げだ。
「よし上がったぜ。早速味見だ」
ザルにニョッキを上げてすぐにスープに入れた。ブイヨンスープには炒めたひき肉とみじん切りの玉ねぎ、人参。パセリもたっぷり入っていてコショウが効いていた。
「うわースープおいしい~」
「肉団子はちょっと手間だったからよ、ひき肉のまま炒めたが悪くはねえな。だがもう一味・・・・」
アルはそう言って厨房をぐるりと見回し、食料棚から赤い瓶詰めを持ってきた。トマトの水煮だ。
「あ、トマト」
「去年の夏に作った水煮だよ、うちはこれをたっぷり作っておくんだ」
ウルバがそう教えてくれた。大体のうちで作っているらしい。教会にもあるだろうか? あればアビゲイルは作りたいものがあった。アルはトマトの水煮を細かく刻み、別なフライパンで加熱してからスープに足して味を整えた。そして一口味見した。
「うん、炊き出しにはもったいないスープだぜ・・・・・」
アビゲイルもウルバも少しおかわりして味見した。濃厚なひき肉の旨味がトマトの酸味でさらに引き立った。ニョッキのチーズの香りにも合う。ミートソースに少し似ているがそれよりはあっさりしていた。
「うんま、すんごいおいしい」
「ニョッキもおいしいね、もちもちしていて楽しいよ」
「ギルドに行ってナナに伝えてきますね」
食べ終わると同時にすぐギルドに向かって炊き出しスープが出来ていることを伝えた。ナナや村長は午後からだいぶ忙しかったらしく、すぐに酒場に食べに行った。アビゲイルはそのまま留守番することにした。
人気の減ったギルド、休みになってしまった酒場。ブラックウルフのせいで村は動けなくなってしまった。小さい村だからトラブルに弱いなとしみじみと思った。




