準備
夜明けとともにアビゲイルは目覚めた。教会の鐘がまた警報を鳴らしたからだ。これでほとんどの村人がむやみに森や人気のないところに一人で外出しないだろう。起きてすぐに着替えを持って風呂場に向かい体を洗った。もう水魔法でお湯は自由に出せるようになり、熱湯も出せるのでうまくいけば攻撃魔法に使えるかもしれない。
風呂から上がるとすぐに食堂に向かい朝食を作る、ベーコンエッグに茹でたブロッコリー、パンを人数分切り分けた。昨晩使って余った牛乳を温め、濃いめのお茶に足してミルクティーにした。
「おはよう、早いね」
「おはようございます、朝食できてるんでどうぞ。カミラ達はまだ寝てるみたいです」
「昨日は怖くてよく眠れなかったかもしれないな、学校は休みにするからこのまま寝かせておくよ」
アビゲイルは一つ多く焼いたベーコンエッグをそのままパンに挟んでお弁当にした。冷ましたお茶を水筒に注ぐ。
「ではギルドにいってきます」
「ああ、気をつけて。神のご加護を」
いつもと違いオスカーはアビゲイルに祈りを捧げた。
いつもより早くギルドに向かったが、役場と冒険者ギルドには大勢の人がいた。朝の警報で驚いて情報を聞きに来た人と、こういった有事の際に働く予備冒険者たちだ。アルにルツ、そしてセツがいた。
「みんなおはよう~」
なんだか少しピリピリしたムードだったので、ちょっとのんびり挨拶した。するとルツがアビゲイルに気づいた途端走り寄ってきた。
「おはようアビゲイルさん! 待ってたのよ、見て! 鞘とベルトが完成したの。早速つけてみてちょうだい。何日か前に工房に来てくれた時に母さんがもう剣は出来ているらしいってアビゲイルさんから聞いたっていうから、頑張ってたの! だけど注意報が出たから剣がないと大変だと思って徹夜で作ったのよ! 今まで作った中で最高の出来よ! お金の支払は剣のあとでいいわ。さあさあ剣はどこ?さっそく装備しましょう!きっと・・・うげっ!」
ツッコミがいつものセツと違い、背の高い黒髪の男性だった。
「朝からうるさいぞルツ」
「お父さん! 時間がないんだから早く色々知らせないと駄目でしょう?」
セツとルツのお父さんなのか。背中に弓と小さめの斧を背負っているので狩人とわかる。
「もっとゆっくりしゃべれ。アビゲイルさん? はじめましてこいつの父親のゲイリー。よろしく」
「はじめまして。ルツ、剣は鍛冶工房に預けてあるんだ。これから取りに行こうと思ってて」
「そうなの? 私も一緒に行くわ! 微調整しましょう。だいじょうぶ道具は持ってきてあるし。町中の移動だから私とでも安全よ。もし何かあればどこかの家か店に飛び込めばいいわ! でもブラックウルフは私も倒したいのよね・・・うげげっ」
またしてもゲイリーに小突かれた。しゃべるのを止める方法は他にないのだろうかと考えているとディクソンとロイドが寄ってきた。
「おはようさん、賑やかだな。こっちまで聞こえたぞ。とりあえずルツの言うとおり二人で剣を取りに行け。戻ってきたら次の指示を出す」
「わかった。みんなは?」
「俺とセツで西から、ゲイリーとロイドで東から巡回する。昼には戻る。ギルドにはナナがいるから何かあったら伝えろ。あとこいつを持っていけ」
そう言ってディクソンは茶色い20センチほどの紙の筒を渡してきた。底に紐がついていてクラッカーみたいだ。
「なにこれ?」
「狼煙だ。空に向けて紐を引っ張ると大きい音がなって赤い煙が昇る。緊急時に使え。ブラックウルフを見たらすぐに使え」
「はあい、じゃあいってきます」
のんきな返事をしてからすぐにルツと鍛冶工房に出かけた。
鍛冶工房には人がほとんどいなかったがバフマンはカウンターでタバコを吹かして二人を待っていてくれた。
「おう、おはようさん。剣だけでも取りに来ると思って待ってたぜ。ルツもいるってことは鞘も出来たんだな。良かったぜ」
「わざわざありがとうございます。危ないのに」
「いいんだよ、俺んちはここの隣だしな。さあ早く鞘を出しな」
そう言われてルツは待ってましたとばかりに布でくるんでいた鞘を取り出した。鞘の部分はチョコレートのような焦げ茶色でほんの少しだけ草木模様のカービングがされており、ベルトと鞘のアクセントに鞘より明るい茶色の皮が使われていた。金具はすべて金古美調でベルトの茶色にしっくりと合っていた。
「うわあ、キレイ。ルツ、頑張ってくれて本当にありがとう。大切にするね」
「いい鞘が出来たな、剣を差してみてくれ」
剣は吸い込まれるように鞘に収まり、少しも中で揺れたりしない。だが抜くときはスムーズでまったく引っかからず鞘が剣についてくることもなかった。
「よしよし、こいつはいいぜ。ルツ、いい仕事をしたな」
バフマンに褒められてルツは一瞬で真っ赤になり、よほど嬉しかったのか少しだけ涙目になった。
「良かった・・・・うまく出来て。この鞘は今までで一番よ」
うまく喋れなかったのか、ルツはいつもより口数が少なかった。頑張って作り、最高の結果が出た。ここからルツはさらに上を目指していくのだろう。この感動の余韻にもう少し浸りたい気分だが、今は魔物の警報が出ていてすぐにギルドに帰らないといけない。アビゲイルは一番大事な話をしなくてはいけない。
「えーと、お支払いなんですが、一応剣の代金は作れましたが、鞘のお金はまだ出来てません・・・・すいません」
「1週間でよく貯めたな」
「私の鞘はバフマン親方の後に出来たから剣を先に支払うといいわ。私はまだ見習いだし、月賦でもいいわよ。魔物騒ぎで今週はあまり稼げないかもしれないし」
ルツの気遣いに甘えて先に剣の代金を一括払いにした。昨日の酒場の給金は15000ゼムもあって2000ゼムも色をつけてくれていたのだった。
「はいよ13000ゼムぴったりね。毎度。それじゃあ狼退治頑張れよ。昨日小さくだがうちにも遠吠えが聞こえたぜ。教会のほうだったから近かっただろ」
「墓地の裏の林から2回遠吠えがありました。4匹以上いそうです」
「数年前の狼狩り以上だな、二人共気をつけろよ」
「ありがとうございます」
「親方ありがとう! でもだいじょうぶ! 今回は姉さんだけじゃなくてお父さんも巡回に参加してるから二人ですぐにやっつけるわよ! 狼なんて二人には子犬みたいなものだわ! 二人にブラックウルフの皮が手に入ったらくれるように頼んでるの、だって魔物の生皮なんてここでは手に入らないじゃない? 加工からぜひやってみたいのよね! ブラックウルフなら革鎧にも使えるし、あっそうだアビゲイルさんの装備にどうかしら? アビゲイルさんがもし・・・・」
感動タイムが終わったのかルツの喋りが止まらない。止めるにはやっぱり叩くしか無いのだろうか? バフマンと目を合わせると無言で「やれ」と言っている。仕方ないので頭をチョップしてルツを止めた。チョップが強すぎたのかルツはそれで何か思い出したようだ。
「あ! そうだ! お母さんがうちの工房にアビゲイルさん連れてきてって言ってたの思い出した!」
「もうちょっと早く思い出せよ。遠回りになるが町中を通っていけ。いいな」
バフマンに言われたとおり遠回りに革細工工房へ向かう。途中で村人に数回声をかけられて警報の内容を聞かれたので、昨日の遠吠えの件を伝えた。ルツは鞘に夢中で詳しく警報の内容をしらなかったらしい。
「なかなかすごいことになってるのね」
「私は初めてでよくわかってないけど、冒険者が少ないし。わたしなんて戦力外だからディクソンは大変なんじゃないかな? 体壊さないといいけど」
「これからしばらくみんなギルドに詰めるだろうから、何かご飯でも作ってあげたら?」
「あ、いいねえそれ。いっそ大勢で食べれるのがいいかな?」
革細工工房に入るとここもいつもより人が少なかった。すぐに親方のリンがカウンターにやってきた。
「おかえりルツ、アビゲイルさんいらっしゃい待ってたよ。鞘はどうだい?」
「最高です」
最高と聞いてリンは満面の笑みを見せ、嬉しそうだ。
「良かった、で来てもらったのはこれなんだ」
そう言ってリンはカウンターから出て、店の中に飾ってあったいくつかの革鎧を眺めた。
「これがいいね、着けてごらん」
アビゲイルに渡されたのは皮で出来たコルセットだった。だが腰回りだけではなく胸もすっぽりと隠れるようになっていて、正面真ん中に結ばれていた革紐と腰のベルトで調整するようだ。しばらくの間店に飾ってあったのか明るい黄茶色が日に焼けてさらに明るい色になっていた。ルツに手伝ってもらい装備してみる。
「うん、ぴったりだね。どこか痛かったり引っかかったりしないかい?」
腕をぶんぶんと回したり、腰をひねったりと動いたが違和感はなかった。
「うん、だいじょうぶです。でもこれは・・・・・」
「警報の内容は聞いたよ。ブラックウルフだってね。あたしゃ修行時代にブラックウルフにやられた冒険者を見てる。かなり危険だよ。ようやく剣が揃っても鎧は何も持ってないだろう? 警報が解除されるまでこのコルセットを貸してあげるよ」
リンはアビゲイルを心配して革鎧を貸してくれたのだった。
「え、でも売り物でしょう? 汚したら・・・・」
「いいんだよ、誰も買ってくれずに何年も飾ってあったものだからね。もちろん手入れはしてあるから痛みは皮の色だけだよ。むしろ使っておくれよ」
「本当に色々良くしてくれてありがとうございます! がんばります」
「頑張って欲しいけど怪我だけはしないでおくれよ」
「じゃあ、手袋と肩まわりもちゃんと着けましょうよ! 足周りには革製のスカート型の・・・・いやいやむしろ皮コートのほうがいいかしら重いかしら? 重さよりいまは装備を強めたほうがいいわよね、アビゲイルさん力ありそうだし大丈夫よね! 私が作った肩鎧を今・・・うげぇっ!」
煙が出そうな力強いチョップがルツの後頭部に飛んだ。
「重くて動けなくなったらケツ噛まれて死んじまうよ!」
リンの激しいツッコミとともにルツはしゃがみこんだ。
「いたーい!」
先程の鍛冶細工でのしんみりしたルツはもうどこかへ行っていつもどおりのルツに戻った。ブラックウルフの驚異が去り、警報が解除されてまた今までののんびりした日常に早く戻るといいなと、アビゲイルはチョップされた後頭部をさするルツとそれを見て軽く謝るリンを見て思った。




