警報
村の各所に注意報を知らせたその日もアビゲイルは昼から皿洗いクエストを受けていた。結局剣が無くては巡回もただの散歩になってしまうし、一人では新米で危なくて、ロイドはまだ頼りないのでアビゲイルと組めないという理由で午後の巡回もディクソンとロイドででかけて行った。
剣は出来てはいるが鞘が無いので持ち歩けない。しかしセツが鞘作りを頑張っているそうなので早く作れとせっつくのも申し訳ない。アビゲイルに今できるのは皿洗いだけだった。
注意報はウルバとパトリックがお客が来るたびに話しかけて伝えているので問題ない。しかし注意報が出たが客足が減るということはなかった。
普通ならちょっと気にかけて夜の外出を控えたりなんだりするのではと思っていたが、ウルバが言うには今まで一人で来ていたが今日からは数人で固まってくるらしい。集団行動で危険を回避するようだ。さらに聞くと学校へ通う子供達は役場から手配した送迎馬車にのって通学するらしい。
「大丈夫なんですかね?」
「注意報の間はそんな感じだよ。本当に狼が出て被害が出たら学校は休みになるかもね。まずは狼の数を確認しないとだよ」
「何匹くらいで休みになるんですか?」
「2匹見かけたら休みだね」
狼が2匹いれば群れが必ずあるということなのだそうだ、ディクソンも昼ごはんを食べている時に説明してくれた。1匹狼は存在しない。必ず数頭の群れで少なくても2~6頭。もっと大きいときもあるとのことだ。
「町から冒険者を応援に呼ぶかもね。だけど来るのに4日かかっちまうよ」
「知らなかったですけど、町遠いんですね・・・・・」
町は馬車で4日かかる、一番近い村で2日かかるそうだ。村を2つ越えてその先に町がある。アビゲイルが思っていた以上にトココ村は僻地だった。
「病気が流行ったら大変ですね・・・・」
「お医者さんのいる村まで3日かかるからね、下手したら死んじゃうよ」
健康には気をつけないといけないなとアビゲイルは思い直した。
皿洗いの最終日となった今日は特に問題なく、初日ほどの忙しさもなく平穏無事に終わった。短期とはいえアビゲイルにとっては初アルバイトのような仕事だったのでなかなか色々とためになる仕事でもあった。最後に流し台を掃除し、きれいになった流し台を眺めているとウルバ達が声をかけてくれた。
「アビゲイルさん、お疲れ様。帰る前にお茶でも飲んでいってよ」
「ありがとうございます」
厨房中央のテーブルに向かうとりんごジャムのタルトとお茶が置いてあった。
「今日のメニューのあまりだけどね、ちょうど4人分だったから食べちまおうよ」
「わーやった」
サクサクの香ばしいタルト生地に甘酸っぱいりんごジャムがすこし染みて、口に含むとほろりとして最高においしい。アルはお菓子づくりの腕も素晴らしかった。
「うーんおいしいっ」
「うっふふ良かったよ、本当においしそうに食べるね、じゃあはいこれ皿洗いのお給金」
「え、今いただけるんですか? 明日ギルドで受け取りかと思ってました」
「本来はそうなんだけどね、アビゲイルさんは頑張ってくれたからうちらも直接渡したいと思ってね。感謝と期待もこめて少し色をつけたよ」
「ええっ本当ですか! ありがとうございます!」
アビゲイルは渡された封筒の中身を確認しようとして、止めた。色をつけてくれたことに興奮してしまったが何だが意地汚いなと思い直したからだ。
「見ないの? アビゲイルさん」
パトリックもアルもどうしたんだと不審顔だ。
「家に帰って見ることにします。楽しみに」
封筒を胸に抱きしめて照れるアビゲイルを見て、みんな笑ってしまった。
「気にしなくていいのによ」
そのまま少し雑談したあとに改めてお礼を言ってアビゲイルは教会に帰った。エルマ達はもう寝ていてオスカーのいる事務室だけ明かりが点いていた。事務室に寄ってオスカーに声をかける。
「ただいま戻りました」
「おかえり、お疲れ様。皿洗いは今日で終わりだったね」
「はい、狼の注意報が出てるんですけど、出来ることが少なそうなのでちょっとのんびりします」
「うんうん、疲れを癒やして体力をもどしたほうがいい。何かあった時に・・・」
ウオオオオオーンッ!!
アビゲイルとオスカーの背筋が凍った。かなり近い。教会の裏手にある墓地の向こうに林がある、そのあたりからだろうか。 二人共顔を見合わせしばし無言になった。
「い、今の・・・・・」
「だいぶ近かった、町外れとはいえこんな町の側まで来てるとは。私も初めて聞いたがあれは犬や狼の声じゃない。間違いない魔物だ」
ウオオオオオオーーンッ!
また遠吠えが聞こえた、同じ方向からだったがなんとなく他の仲間が吠えているように感じた。
「2匹いる・・・・?」
二人はそのまま遠吠えが聞こえた方向に教会内を移動した。2階に上がり、墓地のほうが見える部屋の窓を開ける。アビゲイルは探索魔法を使った。するとかなり遠く、墓地のさらに向こうにうっすらと大きな生き物の熱を感じた。
「いた、墓地の向こうです。林の中」
「数はわかるかね?」
「数まではちょっと・・・・でも感じる。生き物の熱みたいなものがすごく大きく感じます。群れなのかな?」
「集中してごらん、そこしか見ないように」
オスカーに言われるままに熱を感じる方向だけ見るようにした。するとわずかだがさっきより熱が具体的に伝わってきた。
「あ、1・・・2・・・4つか5つくらい。固まってる? ちょろちょろ動いて分かりづらいですけど。4は確実です」
「じゅうぶんだ。ずいぶん上達してるね。素晴らしい。夜だが警報を鳴らそう。多分あの声なら町中でも聞こえてる人がいるはずだ」
すぐに1階に駆け下りてオスカーは鐘を鳴らした。注意報とは違って今度は6回。間を置いてまた3回鳴らす。それを2回繰り返した。鐘の音に驚いたのかエルマとカミラが1階に降りてきた。
「お父さん、何かの声が外から聞こえたんだけど、その警報?」
「そうだ。墓地の向こうからでかなり近い。明日は学校を休みなさい。外に出てもいけないよ」
それを聞いてカミラはエルマにしがみついた。その背中を支えているエルマも怖いらしく少し震えている。アビゲイルは二人の頭をなでてにっこり笑った。
「だいじょうぶ、魔物なら教会の中まで入ってこないよ。寒い? 何かお茶でもいれようか?」
「それなら牛乳があるわ」
「よし教会の戸締まりを再確認してくるから、アビゲイルさん二人と台所にいておくれ」
「わかりました」
アビゲイルは二人の手を握りつつ台所に行った。カミラはくっついて離れない、腰にカミラを巻き付けたままアビゲイルは小鍋に牛乳を注いで火魔法で温めた。
「火を焚かなくていいから便利ね」
「うん。今日は特別にはちみつをいれようか。おいしいよ」
ドンドンドンと強く教会の扉を叩く音が鳴った。
「アビー! 俺だ! ディクソンだ!」
あわてて扉を開けると息を切らしてディクソンが飛び込んできた。入れてすぐにアビゲイルは鍵をかけなおした。
「びっくりしたー。もう、音がでかいよ」
「すまん。警報の鐘が鳴ったからどうしたのかと思ってな」
「ディクソンは遠吠えが聞こえなかったの?」
「遠吠え? ぐっすり寝ててわからなかった。どこから聞こえた?」
「墓地の裏の林の方からだよ、2回聞こえた」
オスカーも戸締まりを確認したあとに慌ててやってきた。食堂に戻り5人で温めたはちみつ入りの牛乳を飲みながら遠吠えが聞こえてからの経緯を話した。
「遠吠えが2回聞こえて、そのあと探索魔法でだいたい4匹の熱を確認したんだな」
「たぶん4くらい、これはもう勘でしかないけど5匹以上はいると思う。熱の広がりが大きかったし、奥にも続いてたから」
「よし、神父様。朝になったらまた警報の鐘を鳴らしてくれ。思った以上にでかいことになりそうだ」
そう言ってディクソンは牛乳を飲み干した。
「これうまいな」
「さいですか」
「アビゲイル、お前の探索魔法はだいぶ上達してるな。この状況だとお前も貴重な戦力になる。明日朝1番にギルドに来てくれ」
「わかった」
「俺は今日からギルドで寝るわ。何かあったらすぐ動けるからな」
ディクソンは立ち上がってギルドに帰ろうとしたがアビゲイルがもうちょっと待ってと座らせた。すぐにパンにバターを塗って火魔法で焼いたハムに千切りキャベツをはさみ、ディクソンに渡した。
「これから夜になにかあるかもだから、一応お弁当ね」
「おお、ありがとな。助かるぜ」
そう言ってディクソンは走ってギルドに帰っていった。
「さて私達もそろそろ寝よう。みんな部屋に戻りなさい」
「怖いよ~。アビゲイルさん一緒に寝よう」
半べそでカミラがしがみついてきた。エルマも気づくと袖口をつかんでいる。
「ええ、3人で寝れるかな・・・・ベッドに入らなさそう」
「やれやれ、父をひとりぼっちにするのかね、ははは。エルマ達の部屋のベッドをくっつけよう」
「手伝います」
夜遅く、4人でベッドを持ち上げてくっつけ、シーツを敷いて3人で寝ることになった。ベッドの支度が普段することのない特別な夜のように感じたのか支度が終わる頃にはエルマもカミラも笑顔になっていた。
「では私はいつもどおり自分の寝室で寝るよ、何か合ったら呼んでおくれ」
「はーい、ではおやすみなさい」
「おやすみ」
子供二人に囲まれて眠る、二人共体温が高いせいか布団の中はすぐに暖かくなった。うとうとしながら遠吠えを思い出す、聞いたことのない獣の声だった。あれと戦うかもしれないのだろうか? 田舎でのんびりとたまにスライムをいじめるだけの冒険者になるだろうと思っていたがそうではなかった。
とりあえず剣だけでも明日取りに行かないとと考え、ふと今日もらった給料を見ていなかったとアビゲイルは気づいたが体はもう疲れと眠気で重く、そのまま寝てしまった。




