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注意報

 村に狼が近づいてきているかもしれない、ということで役場と冒険者ギルドと合同で村人達にまずは連絡していくことになった。といってもアビゲイルは何をしたらいいのかよくわからないまま役場のカウンターに行った。

「おはようございます、アビゲイルです。ディクソンからこっちで午前中手伝えと言われたんですが・・・・」

「おはよう、ナナちゃんから聞いたよ。遠吠えが聞こえたらしいね」

「ディクソンとロイドは遠吠えが聞こえた西側から巡回に行きました」

「うむ」

 村長はそのまま役場の役員とナナとで話し合っている。テーブルに村の地図を広げて指示しているのをみると、家を回って連絡していくようだ。電話もないので足でまわっていくしかないのかもしれない。

「アビゲイルさん、教会に帰って神父様に狼の警報が出たことを伝えてくれ。そしてまた役場に来ておくれ」

「はい」

言われるまま教会に帰り、事務室のドアをノックした。

「誰かね? あれアビゲイルさん、どうしたんだい?」

「村長さんからの言伝で、狼の警報が出ました。それを伝えてくれって」

「わかった、鐘を鳴らそう」

「鐘?」

 オスカーはすぐに教会の鐘楼塔に向かい鐘を鳴らす用意を始めた。

「時報やミサ以外にも鳴らすんですか」

「こういう緊急時はね、鐘の音はかなり遠くまで響くから。普通は役場にそれ用の鐘があるんだが、この村には無いんだ」

この教会には鐘が2個ある。低音と高音の鐘でオスカーは高音の鐘を6回鳴らし、少し休んでまた6回同じように鳴らした。今度は先程より長く間をおいて同じように紐を引いた。

「6回鳴らすのが「魔物が出た」それを2回繰り返すと「注意せよ」つまりこれで「魔物の可能性注意せよ」という意味になるんだ」

「6回を1回だと?」

「もっと速く6回鳴らして「魔物が出た、家に逃げろ」となる」

モールス信号のような連絡方法だが、村の人はこの鐘の音の連絡方法をずっと昔から続けておりみんな知っているのだそうだ。

「にしても役場に鐘が無いのは不便ですね」

「村長が領主に頼んでいるんだけど、音沙汰なくてね。村で募金を募ろうかという話も出てるよ」

「ふうん」

 神父に知らせるというおつかいも終わったのでアビゲイルはまた役場に戻った。すると村人が何人か役場のカウンターに集まっていて、鐘の音の理由を聞いていた。

「遠吠えが西側で?」

「あっちの農家によく知らせておかないと」

「馬で急いで連絡しよう」

村長と役場の職員とでわいわい話し合っていたが、話がまとまったのかすぐに役場を出ていった。見送ったあと村長はすこしほっとしたのか深呼吸した。

「よし、これで農家のほうにも細かい連絡が回るだろう、ナナちゃん連絡石はどうなってる?」

「ついさっきすべての連絡石に伝えました~」

「連絡石ってなんですか?」

 連絡石は親石と呼ばれる鉱石に言葉を吹き込むと役場にある連絡石と登録した他の連絡石に伝わり、吹き込んだ言葉や音を発するというもので、トココ村のいくつかの家や店に置いてありそこからまた情報を共有していくのだそうだ。村の各区の区長の家と酒場に置いてあるらしい。

「便利なものがあるんですね」

「うん、この石がないときは最後の家に連絡がいくのが夜になったりしてたから、だいぶ便利にはなったね。さてアビゲイルさん、今度はここにメモした店に行って伝えてきてくれ。町中の店には一番に知らせてお客さんたちに伝えるようにしてるんだ」

「わかりました」

メモには念の為の酒場と雑貨屋、パン屋に肉屋など町中の店、それに革細工、鍛冶、木工工房も書かれていた。木工工房の場所は知らなかったので聞いてからメモの端に記入した。

「いってきま~す」

 まず雑貨屋に行くと店主が棚にはたきをかけていた。

「おはようアビーさん、鐘が鳴ってたけどなんの魔物だい?」

「あ、えーとディクソンが言うには野犬や狼のたぐいではないかと」

「昔ブラックウルフが出たんだよな、念の為魔物除けの香料を出しておくか」

「そんなのあるんですか」

店の奥から小箱をごそごそと出してきた。中には小さな茶色い瓶が2~30本入っている。店主はそこから1本開けて匂いを嗅いだ。アビゲイルも鼻をひくひくさせるとスパイシーだが甘い匂いがした。

「うん香りは抜けてねえな。いい匂いだろ? 魔物はこういう匂いが駄目らしいぜ。まあお守り程度の効果しかないだろうがな」

これを布などに染み込ませてカバンやポケットに入れておくらしい。

「生活の知恵みたいなものですか、あそうだ、鉛筆1本ください」

「あいよ100ゼム、こっちはおまけだ」

そう言ってアビゲイルの手のひらに飴玉をくれた。

「どうもありがとう」

 飴を舐めながらアビゲイルはパン屋に肉屋、そこから近くの鍛冶屋、革細工を周り川向こうの木工工房に向かった。木工工房はかなり大きく工場のようだった。たくさんの丸太が積まれていて木のいい香りが工房に漂っていて、あたりから鉋や鋸の賑やかな音が響いていた。

「こんにちはー! 冒険者ギルドから来ました、アビゲイルですー!」

あまりに音がすごかったので大声で声をかけると、一番手前にいた若者がやってきた。

「いらっしゃい! 冒険者ギルドが何の用だい?」

アビゲイルは魔物の注意報が出ていることと遠吠えの件を若者に伝えた。するとすぐに木のハンマーで壁にかかっていた小さな鐘を叩いた。何度か鳴らすとみんなが作業を止めて若者とアビゲイルを見た。

「どうした?」

「魔物の注意報がでたらしい! 西側で犬か狼の遠吠えが聞こえたそうです!」

「誰かの飼い犬じゃねえのか?」

「養鶏屋さんが聞いたそうです」

職人の問いにアビゲイルが答えた。

「じゃあ間違いなさそうだな、おい! 森の近くで作業している奴等に連絡しろ!」

 職人が数名工房から飛び出して行った。そして奥からひょこひょこと男性が歩いてきた、目は髪に隠れて無精髭が生えている。なんだかのんびりした雰囲気の人だ。

「連絡ありがとう、初めて見る人だね? 俺はここの代表のフーゴだよ。よろしく。警報の鐘の音はもう鳴った? 全然聞こえなかったよ」

「はじめましてアビゲイルです。鳴ったのは1時間くらい前なんです」

「じゃあもう作業が始まってたな。アビゲイルさんか、ギルドの新人さんだよね。あなたがそうなのか」

フーゴの喋り方は穏やかでのんびりしていた。なんだか妙に落ち着く感じだ。

「近くの農家にも連絡しておくよ」

「ありがとうございます、よろしくおねがいします」

「家具がほしいときにまた来てね」

木工工房への連絡が終わり最後に酒場に向かった。

「こんにちはー、アビゲイルです」

「いらっしゃい! 早いんだね」

ウルバが声をかけてくれたのでアビゲイルは注意報について説明した。

「ああ、聞いてるよ。来たお客さんみんなに伝えてるとこさ」

「ありがとうございます、今日は昼からまた来ますんでよろしくおねがいします」

「わかったよ」

すべての店に報告が終わったことを確認してギルドに戻るとディクソンとロイドが戻ってきていた。

「あ、おかえり~どうだった?」

「遠吠えを聞いた奴が他にも何人かいた。犬じゃあないようだ。声はかなり大きく低かったらしい。ブラックウルフの可能性が高くなったぞ」

「うわ~やだな~」

「やる気みせんかい! 昼飯おごってやるからこれから4人で酒場で会議だ!」

ディクソンのテンションは上がる一方だ。水でもかけて冷やしてやりたい。一緒に巡回に行ったロイドはなんだかもう疲れているように見える。

「じゃあお昼食べたらそのまま皿洗いクエストするわ、私」

「剣があれば昼からお前を巡回に連れて行くんだがなあ、ロイド飯食ったらまた行くからな」

「まじかよ!」

ため息とともにガクッと肩を落としてロイドはうなだれた、そりゃそうだ。

「魔物はいつ出るかわかんないんだぞ! 巡回を増やすのは当たり前だろが!」

鼻息を荒くしてテンションが上がりっぱなしのディクソンを見ていると、昔息子たちが出かける前にこんな感じではしゃぎすぎて目的地についたときには寝ていたのをアビゲイルは思い出した。

「ディクソンちょっと落ち着いて、そんなに興奮し続けてると疲れちゃうよ。魔物が出た時疲れてたら話にならない」

「む、確かにそうだな」

「ちょっと深呼吸して」

アビゲイルの言うままに何度も深呼吸してから腕を数回ぶんぶんと振り回し、ディクソンはようやく落ち着いた。

「ふう、すまんな。祭りみたいに騒いじまった」

「いいけどさ」

「でも巡回はするからな、よし飯をたっぷり食って備えようぜ!」

 願ってはみたがやはり魔物は近くに潜んでいるようだ、家畜も人も被害がないといいのだが、少しは自分も役に立てるといいのだが、とアビゲイルは考えたが今は剣も鞘も揃ってないので皿洗いしかないと思いちょっと悲しかった。

ほんの少しだが、アビゲイルにも冒険者としての心構えのようなものが芽生えつつあった。


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