遠吠え
皿洗いクエストも今日で6日続けている。本当は毎日昼夜働きたかったのだが、そううまくはいかず昼に休んだりもしていたので現在で合計は11000ゼムの給金となった。明日も働きたいとは思っているが山菜の客も落ち着き、いつもの酒場に戻ってきているのでそろそろこのクエストも終わりそうだ。
(また薬草採集や清掃のクエストかなあ。他に何かアルバイトでも探そうかな・・・・早く剣の支払い済ませたい)
皿を洗いながらアビゲイルはぼんやり考えていた。酒場は考え事をしながら皿が洗えるほど暇になった。今週は明日で終わりなので明後日あたりにはこのクエストが無いかもしれない。じつはこの皿洗いクエストをアビゲイルはなかなか楽しんでいた。毎日酒場のメニューをまかないとして食べることが出来たし、黙々と単純作業を繰り返すのこともアビゲイルは得意なのだった。
(私に向いた作業でしかも毎日誰かの作った美味しい料理が食べれるのは最高だったな)
前の世界では外食といっても子どもたちが食べたいものが優先された、家で料理をするにも同様だ。主婦にとって自分が食べたいものは後回しなので、自分の食べたいものを誰かが作ってくれるという状況は夢のようだった。
(まあ今度からは自分で稼いだお金で食べに来てもいいよね)
たまっていた皿をすべて洗い終えてようやく一息ついたところでウルバが声をかけてくれた。
「アビゲイルさん、お疲れ様。お茶でも飲んでちょっと休もうよ」
今は別に休憩でもなんでもなく、夜の営業中なのだが、こうして休んでお茶が飲める余裕もあった。
「ウルバさん、この皿洗いのクエストも今日か明日でおしまいですかね?」
「そうだねえ、山菜料理は明日で終わるから明日で終いかね、ねえあんた」
近くで料理をしていたアルがこちらをチラと見てうなづいた。
「明日までだね、いやあアビゲイルさんのおかげでだいぶ助かったよ。マヨネーズのおかげで大繁盛だったしね」
「なによりです、明日で今回は最後ですけどまたクエストがあったら受けますんで、ぜひよろしくおねがいします」
「ぜひ頼むよ、アビゲイルさんだと皿も割れないし丁寧だから大助かりさ」
仕事の評価が思ったより良かったのでまたこのクエストが受けられそうだとわかり、ほっとした。
「仕上がったぜ」
アルがオーブンから焼き上がったばかりの丸鶏と野菜のローストを出し、厨房のテーブルにドンと載せた。他にも山菜料理やチーズの盛り合わせとドカドカテーブルに並んでいく。ウルバとパトリック二人でも持ちきれない量だった。
「アビゲイルさん、悪いけどその取り皿やフォークなんかを一緒に持ってきてくれないか」
パトリックに言われそのまま盆に載せて後をついていった。テーブルには男性客が5~6人いて丸鶏を見て歓声を上げていた。おめでとうと言い合ってジョッキをぶつけ合っている、誰かのお祝いらしい。
「おめでとう! たんと食べておくれ! チーズはうちからのサービスだよ」
「ありがとうおかみさん! かんぱーい!」
乾杯の合図とともにまたジョッキをぶつけあった、周りのテーブルからは拍手も湧いて。和やかな雰囲気だ。
「いやあ、今年もいい年になりそうだぜ」
「去年の誕生日も言ってたな。俺たちのこともちゃんと祝ってくれりゃ来年もいい年さ!」
わーっはっはっはとみんなで笑い出した。お決まりの文句らしい。かなり仲がいいようでそのまま同じタイミングでビールをあおった。本当に楽しそうで見ているこっちも笑顔になってしまう。その中の一人の男性がアビゲイルと目が合った。
「あんた、確か冒険者ギルドの人だよな? 教会に突然出てきたって」
「はい、アビゲイルです」
「明日、ギルドに言って伝えておこうと思ってたんだがよ、ちょうど良かったディクソンに伝えておいてくれないか?」
「なんでしょう?」
「俺は村の西側、湖の向こうで養鶏をやっているんだが、今日近くの森から遠吠えが聞こえたんだ。野犬か狼かもしれん」
「狼!?」
次の日の朝、アビゲイルは少し早めにギルドに向かった今日もおそらくロイドと一緒に巡回に行くだろうから、その前に昨日酒場で聞いた遠吠えの件を伝えなくてはと思ったのだ。
「おはよー、ディクソンいる?」
ギルドの扉を開けたと同時にカウンターのナナに声をかけた、そこにはロイドも眠そうな顔で立っていた。
「おはようございます~」
「おっす」
ぶっきらぼうだがロイドも挨拶してくれた。アビゲイルの声が聞こえたのか、カウンターの奥からディクソンが出てきた。
「おはようさん、どうした?」
アビゲイルは昨日聞いた狼の遠吠えの件をディクソンに伝えた。
「遠吠えか、そいつの言う通り野犬か狼だな。この村は狼の魔物が出た記録が数年前にある。ブラックウルフだ。それかもしれんし」
「ええー、家畜や人が襲われたら大変じゃん」
「そのときは冒険者がいなくて当時のマスターと農民で罠を仕掛けたらしい。家畜がだいぶやられたそうだ」
その際は魔物は1匹だけだったそうだが、ディクソンがいうには狼の魔物は基本は群れで行動するらしいので今回は油断できないということだった。
「老いたブラックウルフだったそうだ、群れからはぐれたか追い出されたんだろう」
「でも今回はわかんないだろ? 西の養鶏やってる人って知ってるけどアイツいつも酔っ払ってるぜ」
ロイドはその人を知ってるようだ。聞くとしょっちゅう酒場にきて飲んでるらしい。
「仕事中に聞いてたらシラフだろうが、ブラックウルフじゃなくても野犬や狼でも危険だ。群れてるからな。ほっとくと人死にが出ても不思議じゃない」
ゴブリン以上に油断出来ない相手のようだ、狼や犬は賢く群れで相手をじりじりと囲み、一気に数頭で襲ってくるそうだ。足も速く、人間一人ではひとたまりもない。
「今日の巡回は西からまわろう。養鶏屋に詳しく話を聞かないと、ナナ、役場の奴等に昨日何かの遠吠えを聞いたやつがいると伝えて村じゅうに連絡するように伝えてくれ」
「かしこまりました~」
「厳戒態勢だね」
アビゲイルの言葉にディクソンが何言ってるんだという顔をした。
「当たり前だろ? 町の中はともかくこの村は農家もかなりの数いるんだ。農家は1軒1軒離れて建っていてその家が狼に囲まれたら家族全員餌になっちまう。畑仕事もままならん。麦畑じゃ足元は見えんからな」
「なるほど」
「たぶん最初は家畜がやられる。それだって大事な財産だ。俺らが守らんといかん」
俺らが守る。そう聞いてロイドは息を吸い胸を張った。気合が入ってきたようだ。たしかにこれは冒険者らしい仕事といえる。それを見てディクソンもニヤリと笑った。
「良かったなロイド。冒険者の仕事ができるぞ。気合を入れすぎて空回りするなよ」
「わかってるよ」
ロイドの眠そうだった顔が目覚めて、やる気が輝いてきた。魔物が現れるのは良くないがロイドにやる気がでてくるのはいいことだ、ディクソンだけではなくアビゲイルもそんなロイドを見てちょっと微笑んだ。
「ロイド頑張ってね。ディクソンも気をつけて」
「アビー。お前なに母親みたいなこと言ってんだ。お前もやるんだよ」
「え、だって私新米初心者・・・・・」
「前線に立てとは言わんが人手が足りないんだから、冒険者は全員参加だ! ブラックウルフか狼か犬かわからんがこれは久しぶりのギルドらしい仕事だ! やるぞ!」
「ええー!」
ディクソンの顔は上気して目は潤むほど輝いている、ロイド以上にやる気まんまんだ。ロイドもちょっと引いている。
「とりあえず今日は巡回して、アビーは剣と鞘が揃うまで午前は役場の手伝いをしろ!」
「は、はい」
このテンションの高さは久しぶりに見るなとしみじみ思いつつ、このディクソンの気合が無駄にならないといいなと願いつつ、さらに狼も出てこないでほしいとアビゲイルは祈った。




