剣と鞘
昨日は色々あって疲れたのか少し寝坊してしまった、慌てて食堂に向かうとエルマ達はもう学校に行ってしまっていてオスカーが一人お茶を飲んでいた。
「すいません、おはようございます。寝坊しちゃった」
「いいんだよ、君はうちのメイドじゃあないんだからね」
お茶をもらってパンを一枚かじる、するとオスカーが茹で卵と一緒に茹でたのだろうかウインナーとカブを皿に盛ったものを出してくれた、そしてハムとチーズを挟んだサンドイッチ、お弁当らしい。
「エルマが作ったんだよ、塩で食べてくれって言伝だ」
「うわー、私の分の作ってくれたんですね、嬉しい」
「君が来てからのエルマの料理の上達は素晴らしいものだ、本当に感謝してるよ。ありがとう」
オスカーはお礼を言って、アビゲイルにお茶のおかわりを入れてくれた。
「私もエルマ達と一緒に料理できるのは楽しいですから、ここに住まわせてもらって感謝してます。あ、そうだ、お世話になっているだけで何もしてないのでそろそろお家賃とか入れられたらなあと思っているんですが・・・・」
「家賃?」
実はここに来てから神父に借金は返したが今までずっと食費や生活費を払っていない。もちろん一文無しだったので全く払えなかったのだが、少しずつ収入が安定してきたのでわずかでもいいから家賃でも払えればと思っていたのである。
「別に無くてもいいんだよ」
「でも私のぶんの食費とか薪とか色々かかっているんじゃないですか?」
「逆だよ、減ってる」
「え?」
話を聞くとアビゲイルが来てから食費が特にかからなくなっているらしい、なぜかというと家で料理をするようになり外食や買い物の回数が減っているからなのだそうだ。
「今までは週に何度も酒場に食事に行っていたし、ビスケットやクッキーなんかも昼用にたくさん買っていたからね。それが減ったから食費が節約できてるんだよ。君が食べてもまだ節約できてる」
「あらまあ」
「エルマとカミラは料理と家事を覚えることが出来て、4人全員が健康的な食事がほぼ毎日食べられる。君にはもう十分良くしてもらっているんだよ」
だとしてもタダで住まわせてもらっているのはなんだか申し訳ない、家賃だけでも払わせてくれないかとアビゲイルはオスカーに頼んだ。
「うーん・・・じゃあ月に2000ゼムでどうだい? 来月からで構わないよ。本当に支払いが辛いときは言っておくれ」
「ありがとうございます。じゃあギルドにいってきます」
「うむ、気をつけて」
話し合いも終わりアビゲイルはお茶を一気に飲んでギルドに向かった。
いつもより遅れてギルドに行くとディクソンはもう巡回に出ていていなかった。いつもいるじじばば達も山菜や薬草を採りに行ってしまったらしく、ギルドはいつもより静かだ。
「おはよーナナ」
「おはようございます~。今日も訓練されますか? あそうだ、鍛冶師のバフマンさんが来てアビーさんが来たら鍛冶ギルドに来てくれって」
「おお、もう剣が出来たのかな? そういえば今日はロイド来た?」
昨晩の酒場であったことが気になってアビゲイルはナナに訪ねた。あれで今日また来ていないとなったら本当にどうしようもない。
「来ましたよ~。マスターと一緒に巡回に行きました。帰ってきたら訓練だって、マスターが鼻息荒くしてました~」
「おお・・・・」
ロイドはしばらく厳しく躾けられそうだ、大丈夫だろうか。少し心配になるが見守るくらいしか出来ない。だがディクソンに任せておけば大丈夫だろう。アビゲイルは今日も酒場の皿洗いクエストを昼から受けることにした。だがその前に鍛冶工房に行かなくては。
「おはようございます、アビゲイルです~」
「おはようさん、来てくれたなこっちだ。剣が出来上がったぜ」
そう言ってカウンターの後ろにある棚から1本剣を出してきてくれた。剣は美しく銀色に鈍く輝き、刀身の中央にはオリーブとアイビー模様が刃の真ん中あたりまでキレイに彫られていた。アビゲイルでもこれは初心者の持つ剣ではないと感じた。美しい装飾だ。
「これ、こんなにキレイに作ってもらっちゃいましたけどいいんですか?」
「久しぶりでな、つい盛り上がっちまって。まあ俺の道楽だから気にすんな。とにかく外で試してみてくれ」
アビゲイルはすぐに外に出て何度も構え、剣を振った。いままで使っていた練習用の剣より長かったがほぼ同じくらいの重さで、使いやすい。両手でも片手でも問題なかった。
「うん、うん! すごくいいです。ありがとうございます」
「よしよし、大事に使ってくんな。研ぎたいときはいつでも持ってきてくれ。あと鞘とベルトなんかはルツが今頑張ってるからな。昨日その剣を見て興奮して帰っていったぞ」
剣の出来栄えを見て興奮するのもわかる気がする。職人ならばなおさらだろう。
「じゃあ、帰りに寄ってみます。鞘が出来るまで剣はこのまま預かってもらってもいいですか」
「ああ、いいぜ」
革細工工房に行くのはそういえば初めてだ、バフマンに場所を教えてもらいそのまますぐに向かうことにした。革細工の工房は川沿いにあった、工房横には広場がありいくつかの皮がなめされて干してあった。
工房を訪ねてルツがいるか尋ねると母親であり親方のリンが出てきた。
「おはようアビゲイルさん、鞘の様子を見に来てくれたんだね」
アビゲイルは鍛冶工房で完成した剣を見てきたこと、そしてルツも剣を見て興奮していたようだと聞いたことを話した。
「そうなんだよ、昨日は剣の様子をずっと話しながら作業していたよ。よっぽどいい刺激を受けたんだろうね。あの子毎日のように鍛冶工房に行ってバフマンと打ち合わせしていたようだよ」
「そんなに頑張ってくれてたんですね、嬉しいです」
「いいんだよ、職人はそうじゃなきゃ。鞘の出来具合を確かめたけどなかなかいいものが出来そうだよ。あの子の修行を手伝ってくれて本当にありがとう」
「楽しみです」
出来上がったらルツがすぐにアビゲイルのところに持っていくだろうと聞いたのでそれまで鞘とベルトは見ないことにした。お楽しみというやつだ。アビゲイルはこれから代金をひたすら稼ぐ、そしてできるだけ早く支払うそれに専念しようと決めた。
「わたしも頑張らないと」
一旦ギルドに戻ると、訓練場から剣を交える鋭い音が響いていた。ディクソンの声がギルドまで聞こえている。
「ただいま・・・ってすごい音だね」
「マスターがロイドさんを鍛えてるとこです~。帰ってきてすぐ、もう1時間近くあんな感じです」
大丈夫なのかと気になって訓練場をのぞくと、ロイドは汗だくで肩を上下させていた。疲労困憊だ。一方ディクソンはというと多少汗はかいていたがまだ元気いっぱいだ。久しぶりに訓練が出来ていきいきしている。恐ろしい。
「おう、アビゲイル! 剣が出来たようだな、どうだった?」
アビゲイルに気づいたディクソンはロイドとの打ち合いを止めずに話しかけてきた。
「すんごいキレイな剣が出来たよ、鞘がもう少し先みたいだからそれまで持つのはお楽しみ」
「そうか、良かったな!」
数回打ち合ったあとにロイドがしゃがみこんだ、もう限界だったようだ。剣を地面に突き立てて体を支えている。
「アビゲイル悪いが水を桶に汲んできてくれ、ちょっとやりすぎた」
ディクソンにのんきに頼まれて慌ててアビゲイルは水を汲みに走った。桶とついでにジョッキを持っていきロイドにわたすとそのジョッキで桶から水を汲んでガブガブ飲みだした。
「ゆっくり飲め、むせるぞ。ついでに桶の水で顔も洗っとけ。午後は薬草採りに行くからな」
「まじかよ・・・・」
「返事」
「はい・・・・」
なかなかのスパルタだ。ふとロイドの剣を見ると、柄と握り、そして柄頭に装飾がされていた。
「ロイドの剣もきれいな装飾があるんだね」
急にアビゲイルに話しかけられてロイドは少し驚いていたが、剣をほめられてまんざらではなかったようだ。説明してくれた。
「鍛冶師のバフマンさんが暇つぶしに装飾してくれたんだよ。あの人は腕がいいから町に行っても自慢できるぜ」
「まあ、その剣に腕が見合ってないんだけどな。もったいない話だぜ」
「うぐ・・・」
ディクソンの一言にロイドは黙ってしまった。
「私もそうならないように気をつけよ」
「ん・・? お前もう剣を作ったのか? いくらなんでも早すぎだろ?」
「もう完成して今は鞘が出来るのを待ってるとこだよ~」
おどけて言うとロイドは信じられないという顔をしてディクソンを見た。
「お前が剣を持てたのはギルドに入って3ヶ月くらいかかったもんな、アビゲイルは2週間くらいか?」
「うんそのぐらい」
この違いはなんなのか? すぐにディクソンが教えてくれた。
「アビゲイルは初日から今まで真面目にほとんど毎日ギルドに来て仕事を受け着実にこなしてきた。訓練も暇があればやっていた。昨日話したろ? 真面目に普通に仕事をこなしてるやつが強いと、信頼と実績の違いだ」
知らない間に村の人々に評価されていたことに気づいてアビゲイルはちょっと恥ずかしかった。真面目に働いて良かったなと思った。
「お前は剣のスキルがあるくらいで得意になって、怠惰に溺れ仕事も真面目にやらなかった。だからだよ。剣の腕前も昨日やられたお前ならわかるだろ? あれをアビゲイルはこの2週間程度で身につけてるんだ」
ちょっとほめられてアビゲイルは照れた。
「お前もその装飾の美しい立派な剣に負けないようにがんばれよ」
ロイドの肩を何度か叩いて、ディクソンは励ました。そしてそのまま自らの剣を収めてギルドにすたすたと戻っていった。
「1時間くらい打ち合ってたのにびくともしてないな・・・・早くあのぐらいにならないと」
「はっ、何言ってんだ、マスターはSランクだぞ、あのぐらい当たり前だ。俺たちとは違う」
「ちょっと一緒にしないでくれる?」
「・・・・・・昨日は負けたが次は負けねえからな」
「私はしばらくロイドと訓練したくない、勝負事はきらいなんだよね」
「なんだよ」
「私と打ち合う前にすることあるんでしょ? 早く薬草採りにいきなよ」
「くそ」
一言毒づくとようやく立ち上がってロイドはギルドに入っていった。これから真面目にやればロイドもディクソンのようになれるだろうか? 気にはなるがその前に自分も立派な冒険者になれるように頑張ろう。置いていかれた桶を持ち上げ、アビゲイルは中に残った水を訓練場の地面にまいた。