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謝罪

 アビゲイルはロイドとの打ち合いのあと、疲れたので酒場には行かず教会に戻った。汗だくになってしまったので戻ってそのまま着替えを持って風呂場に向かった。

「おや、おかえりアビゲイルさん。お風呂かい?」

物音に気づいてオスカーが教会の事務室から出てきた。

「ただいまです、神父様お風呂お借りします」

「お湯が湧いてないけど水浴びかい? 暖かくはなってきたが風邪ひくよ」

「水魔法でお湯が出せるんでだいじょうぶですよ」

「へえ、それは便利だな」

 風呂場にはホウロウの湯船と暖炉のような形の湯を沸かすかまどがあった。水道があるが水しか出ないので風呂に入るときはかまどで湯を沸かし、湯船にそのお湯を貯めて入るのだ。なかなか手間がかかる。だが最近アビゲイルはかまどでお湯を沸かさずに魔法でお湯を出してそれを使っている。魔法の練習になるし、何より薪を使わなくていいので経済的だ。

「こうしていつでもお風呂に入れるのはいいな~」

昼食の準備をするために急いで体を洗い、着替えて台所に向かう。台所にはエルマとカミラがもう学校から帰ってきていてキャベツとソーセージを炒めていた。

「おかえりなさい、アビゲイルさん」

「ただいま、料理手伝うよ」

「ありがとう、今日は酒場に行かなくていいの?」

「疲れたから夜からにしたんだ」

アビゲイルは料理を手伝いながら昨日の酒場であったことと、そしてついさっき訓練場であったことを話した。話を聞いたエルマは怒り出した。

「本当になんなのあの人! 自分が落ち込んでいるのは私が悪いみたいじゃない! ずっと付きまとわれていじめられてきた私の身になってほしいわ! 謝りにきても絶対許さない」

「昨日アルさんに怒られたし、今日はディクソンと何か話し合ったみたいだし少しは真面目になるんじゃないかな? まあ落ちついて」

「アビゲイルさんを逆恨みするなんて本当にどうしようもない人なんだから」

 料理を皿に盛り、パンにチーズ、牛乳を温めてカップに注いだ。エルマは簡単な料理ならだいたい作れるようになっていた、毎朝毎晩アビゲイルと一緒に料理をしてきたからだ。1週間、たったこれだけの期間でも何かするかしないかで人の差は大きくひらくことがある。

食事をしながらカミラはアビゲイルに今日の予定を聞いてきた。

「今日は夕方まで家にいるの?」

一緒に遊んだり、お菓子を作ったりしたいようだった。そういえば最近一緒になにかしていないなとアビゲイルは気づいた。

「うん、日が暮れる前には酒場に行くけどそれまでは家にいるよ」

「ほんとう? アビゲイルさんに宿題の朗読を聞いてほしいの。お願い」

「いいよ」

「ありがとう!」

夕方まではのんびりスープでも作りながらカミラの朗読を聞くことにした。たまにはそんな時間もあったほうがいい。適度の休息は必要だ。

「そうそう、今日は酒場に夕食を食べに行こうと思っているんだよ。夕食の支度をしてもらうのは申し訳なくてね」

オスカーはアビゲイルが鍋を用意して何か作ろうとしたので、それを止めた。

「あ、そうでしたか。じゃあもっとのんびりします。 でも来たときよりはエルマが料理出来たり、カミラも家事を手伝ってくれるので今はだいぶ楽なんですよね」

褒められた2人は嬉しそうにはにかんだ。

「それには感謝している、君の教え方がいいんだろう。 でもそれに甘えすぎるのも良くないからね」

「ありがとうございます」


 陽が傾き空がオレンジ色に染まりだした頃にアビゲイルは酒場に向かった。昼食後にのんびり過ごしたからが気分が少しスッキリしていた。酒場の裏口から入り厨房に行くとディクソンがいた。

「ディクソン、ここで何してるの?」

「見張りだ」

そう言ってディクソンが顎で指し示したほうにロイドがいた。のろのろと皿を洗っている。

「なんで皿洗いしてるの? あ、クエスト受けたの? えらいじゃん」

「俺がアルと話してやらせてるんだ、報酬無しでな」

「無し?」

「今日昼飯を食べに来て、昨日のことを謝らせたんだが、ずっとパトリックに甘えてタダ飯を食っていたらしいことがわかったんだ。だからその恩返しに皿を洗わせているんだが」

話の途中で食器が割れる音がした、ロイドが割ったのだ。

「皿を割りすぎて逆に恩返しになっていない状況だ」

「というか寝不足で訓練したあとに皿洗いさせてるんだから、疲れ切ってて使い物にならないんじゃない?」

「まあな」

わかってやっているのか、恩返しというよりは罰という感じだ。

「私の皿洗いクエストは・・・・・」

「わかってる、ロイド。皿洗いは終わりだ! アビゲイルと交代しろ!」

ロイドはディクソンに声をかけられてようやくアビゲイルに気づいたようだ。振り向いてアビゲイルを見たが睨むことはなかった。へとへとに疲れているようでそれどころではないらしい。

「お疲れ様、割った皿は片付けておくからディクソンのとこに行きなよ」

「・・・・・お、おう」

流しのそばのゴミ箱には結構な量の割れた皿が入っていた。何枚割ったんだ? 水切り台にのった皿も見ると油汚れが落ちていない、洗い直しだ。罰とはいえよくもまあこんな手伝いを許したものだ。

 アビゲイルは腕まくりして流しの水を入れ替えて水切り台にのっていた皿をすべて流しに戻し、じゃんじゃん洗っていった。皿、ジョッキ、コップと同じ種類をまとめ、汚れて積まれた食器を見て多いものから順に洗ってすすいでいく。

ロイドはディクソンに渡された水を飲み干してから、アビゲイルの仕事をぼんやり見ていた。

「見ろ、皿洗いだけでもアビゲイルは上手いだろ。お前は皿もろくに洗えなかった」

黙ってロイドはディクソンの言うことを聞いていた、アビゲイルの背中を見て何か思うことがあるのだろう。

「毎日朝起きて自分の仕事をこなす、生活を乱すことなく迷惑をかけず、誰かを悲しませることもない。単純なことだがこれが出来るやつが一番強くなる。アビゲイルやパトリック、ウルバもアルさんもみんなこれが出来ている。普通のやつが一番強いんだ」

「・・・・・・」

「お前にはまずそれが必要だ、俺ももう甘やかさないからな。明日もギルドに来い、いいな」

 無言でロイドはそのまま厨房から酒場のほうに出ていった。ロイドの姿が厨房から見えなくなった途端悲鳴が上がった。

ディクソンとアビゲイルは顔を見合わせ何があったのかと酒場に行くと、そこにはロイドを睨みつけたエルマがいた。そういえば今夜酒場に食事に来ると言っていたのをアビゲイルは思い出した。

(タイミング悪すぎ・・・・・・)

突然のことでロイドは声も出ずエルマをじっと見つめた、だが見つめられているエルマも何もしゃべらなかった。ふと気づくと酒場の客のほとんどが固唾を飲んで2人を眺めている、村じゅうの人間がロイドの失恋話を知っているのだ。だがあまりに長いにらみ合いのため、思わず神父が二人の間に入った。

「ロイド君、エルマに何か用かね? さあエルマもそんなに彼を睨むんじゃないよ」

言われてエルマはオスカーの後ろに逃げ込んだ。それを見てロイドはますますしょげたが逃げ出すことはなかった。

「すいません・・・・神父様。俺エルマにあやまりたくて、エルマ・・・このあいだはごめん。 それだけだよ」

(おお・・・・・謝ってる。今日のことがだいぶこたえたんだな)

ディクソンもよしよしと頷いている。ロイドの謝罪を聞いてエルマが神父の後ろから顔を出した。相変わらず睨みつけたままだったが。

「このあいだのことは私に謝るんじゃなくてアビゲイルさんにちゃんと謝ってください」

「謝ったら・・・・許してくれるか?」

「私のことと話は別です、私は変わらずあなたのことは嫌いですから。あなたが一度謝ったくらいで許せるわけがない。あなたは何度も私をからかったし、いじめたでしょう? もう話しかけないで」

ロイドはまたフラれた。だが周りの人達はからかったりはしなかった。ロイドがちゃんと謝ったことに驚いてたり、感心したりしていたからだ。

「わかったよ」

 返事をしたあとロイドはゆっくりとアビゲイルのところに来た。カウンター越しにアビゲイルはロイドを見つめたが、ロイドは目を合わせなかった。しばらく黙ったいたあと、小さい声で謝ってきた。

「あのときは・・・・・悪かった」

アビゲイルはロイドのことをまだ詳しくは知らなかったがこうして謝るのは珍しいことなのだろうと感じた。まあ別に許さない理由はないしあのときも怒ってはいなかったので別にいいのだが、ロイドが変われるかもしれない瞬間なので、そのまま素直に謝罪を受けた。

「いいよ、気にしないで」

 それを聞くとロイドはそのまま黙って酒場から出ていった。疲れ切った足取りで大丈夫かと心配したがすぐにディクソンがロイドについていったので面倒を見てくれるのだろう。とりあえず一件落着かなと思ってエルマを見るとまだ怒っていてその怒りを出された料理にぶつけながら食べていた。

「何あの謝りかた! あんなので許されたと思ってるのかしら! 1回くらい謝ったからって!」

エルマの堪忍袋の緒はまだ切れたままだった。無理もない。多分一生許されないだろう。そんな怒り方だ。アビゲイルは厨房に戻り皿をまた洗い出した。謝罪も仕事も反省も少しずつこつこつとこなしていくしかない。エルマの怒りも何かをしていくことによって少しは和らぐといいなと汚れが落ちた皿を眺めながらアビゲイルは思った。



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