打ち合い
「なに? 酒場でそんなことがあったのか」
アビゲイルは翌日早速昨日の夜酒場であったことをディクソンに話した。だいぶいじけていると伝えると。
「それじゃ今日の巡回にアイツを誘っていくか、スライムでも何匹かやっつけりゃちょっとはスッキリするだろ。それとなく話も聞いとくよ」
「そうしてあげて」
「マスター、ロイド君には優しいです~。もっと叱ってください」
ナナはディクソンの優しさに納得いかないようだ。彼女もあまりロイドが好きではないらしい。
「俺はみんなに優しいだろが、アイツの場合はまず体を動かしたほうがいいんだよ。外にでりゃ少しは気も晴れる」
おおらかな性格のディクソンらしい判断だ、気分転換は確かにいい方法かもしれない。
ギルドの入り口に人の気配がしたので振り向くとそこにはロイドがいた。アルに言われてしぶしぶ来たようだが、目の下にクマがある。眠れていないようだ。気づかないふりをしてアビゲイルは挨拶した。
「おはよー、ロイド」
「・・・・・・おう」
挨拶ではないが返事を返してくれただけでかなりの進歩だ。ディクソンとナナも挨拶するとロイドは同じように返事をした。ナナはちょっと驚いてる。
「ロイド、久しぶりだな。マメに来いといつも言ってるだろが。まあいい、今日は俺の巡回に付き合え。昼前には終わる」
村の中で人の目線を気にしていじいじしてるよりはよっぽどマシだと思ったのか、ロイドは頷いてディクソンについていった。
「人あしらいがうまいね、ディクソンは」
アビゲイルが感心してるとナナも同意した。
「マスターはちょっと大雑把ですけど、ああいう人のあしらいはうまいです~。ロイド君もマスターにはなついていて頭が上がらないようです~。ちょっと優しすぎですけどね」
「まあそういう人が一人でもいるといいよね。ロイドみたいなタイプには」
「はい~」
他にたいしたクエストはなかったので剣の訓練をすることにした、木の剣に戻って気がついたのだがずいぶん軽く感じる。筋肉がついてきたのか、剣を強く降ると風を切る音がするようになっていた。嬉しくて少し調子にのってしまい何度かむやみに剣を振り回したが、すぐに気を取り直していつもどおりに構えと基本を繰り返した。
魔法もいくつか試してみた、水と火は野球ボールくらいの球にして飛ばせるようになっていた。だが飛距離はあまり良くない。もう少し練習が必要だ。そして水魔法は指先からホースのように水を出せるようになった。勢いをつけてお湯を出したりも出来た。これは掃除にも使えそうで便利だ。
(って生活じゃなくて冒険に使うことを考えないと、どうしても主婦っぽいとこが抜けないな)
自分に呆れていると探索魔法で人の気配を感じ、振り向くとディクソンとロイドが訓練場に入ってきていた。
「おかえり、もう巡回終わったの?」
「ああ、ちょっと見ただけだがだいぶ動きがよくなったんじゃないか?」
「ほんと?」
「ロイド、ちょっとアビゲイルの相手をしてやれ」
それを聞いてロイドは自分の剣を引き抜いたがディクソンに小突かれた。
「いってえ」
「何してんだ、お前も木の剣を使うんだ。稽古だからな」
ロイドは木の剣を持ち直し、アビゲイルの正面に立つとフンと鼻で笑った。アビゲイルは正直ロイドと剣を交えたくなかった。なぜかというと今のロイドは明らかにアビゲイルを自分より弱い初心者と舐めきって、叩き伏せてやろうという気持ちでいっぱいなのがニヤけた顔にあらわれている。多分ロイド本人は自分がそんな顔をしているのに気づいていない。ディクソンはおそらく気づいている、だがアビゲイルと稽古しろというのだから何か理由があるのだろう。
(だったら本気でやったろうやないか)
初心者だが舐められるのは腹が立つ。アビゲイルは気合を入れた。このときディクソンはニヤリと心の中でほくそ笑んだが、顔には全く出ず誰も気づかなかった。
「来いよ! 新米!」
アビゲイルを舐めきったロイドは剣も構えず挑発してきた、その挑発をものともせずアビゲイルはすばやく距離を詰めて肩を狙って全力で剣を振り下ろした。
「なっ!」
驚いたロイドは慌てて剣を構えるが片手で受け切ろうとしたがうまくいかず受け流すのが精一杯だった。
「ちゃんと両手で剣を掴まんかい!」
受け流された剣を間髪入れずに切り替えてそのまま斜めに打ち下ろす。ロイドはかろうじてそれを受けたがいなしきれずに後ろに飛び退いた。アビゲイルの動きが思った以上に良くてロイドは驚きを隠せなかった。
「くそっ魔法か?」
「そんなわけあるか! 剣の訓練だぞ!」
アビゲイルは全力でロイドに向かっていく、こっちは舐めてかかるとすぐにやられてしまう。力量は明らかにロイドが上だが現在の条件はアビゲイルのほうが勝っていた。
「10日近く家に引きこもって運動不足の栄養不足! しかもフラれたショックで寝不足のサボり冒険者にそんなに簡単に負けるかっての! そっちがいじけてる間もこっちは結構練習してんだ! なめんなよ!」
後ろでディクソンが大笑いしている声が聞こえたが気にしていられない。
「そんな根性の腐ったやつ! エルマが好きになるわけないだろが! 寝言は寝て言え!」
そこまで言われてようやくロイドにも火がついたようでアビゲイルの剣を弾いてきた。
「うるせえ! お前に何がわかるってんだ!」
「あんたの腐った性根はわかっとるわい! 自分で歩けるくせにいつまでも赤ちゃんみたいにぐずってんじゃないよ!」
ロイドはアビゲイルの挑発にのってしまい怒りにまかせて剣を振るった、ここで冷静だったならアビゲイルに余裕で勝てただろう、アビゲイルはロイドの剣を冷静に丁寧に受け必死にロイドの隙を探した。自分の剣がひとつも当たらずロイドはさらに苛立った。
「くそ! くそっ!」
怒りで全力で剣を振っていたが、だんだんとロイドの剣は力が入らなくなってきた。日頃の運動不足で体力が落ち、今日の巡回で疲れていたのだろう。鈍ってきた。後ろに引いて息を整えようとしたロイドにアビゲイルは猛追し、何度も攻撃した。ロイドはもう疲れ切っていてアビゲイルの剣を払うしか出来ない。どんどんそのまま押されてしまい訓練場の壁に押しやられた。
「よし! そこまでだ! 二人共剣を引け!」
息を荒くしていたロイドはその場にしゃがみこんだ、立つのもしんどそうだ。一方アビゲイルは汗だくで息も乱れてはいたが、まだやれそうな感じだ。ロイドを信用していないので剣をおろしてもまだしゃがみこんでいるロイドを睨みつけて警戒している。
「アビゲイルよくやった。訓練の成果が出たな、思った以上だ。啖呵切りも最高だったぞ」
「後ろで笑ってたの聞こえた」
アビゲイルは不貞腐れた。それを見てディクソンは笑ったがすぐに真面目な顔になりロイドを見た。
「ロイド、わかったか? お前に足りないものは何か。わかってもわからなくても、明日からもっと真面目に仕事するんだぞ、いいな」
壁にもたれて座り込んだままロイドは返事をしなかった。だがさっきまでのひねくれて寝不足で曇っていた目はさっきよりも少しはまともなものを見ているようだった。
「アビーもおつかれさん。今日はこれから酒場か?」
「そうしようと思ってたけど疲れたから夜からにする~。酒場に一度行かないと」
「これから俺らが酒場に行くから伝えておくよ。ロイド立てよ、昼飯おごってやる」
ぐったりしていたロイドにディクソンは手を貸して無理やり立たせた。そのときディクソンはアビゲイルに向かって少し笑った。どうやら自分はディクソンの作戦にのせられたのだなとアビゲイルは気づいた。
「今度私にも昼ごはんおごって」
「わかってるよ、今度な」
アビゲイルはディクソンが思っていた以上に面倒見のいい人なのだなと感じた。そしてなかなかずる賢いとも思った。
 




