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夜の酒場

 酒場の夜は賑やかだ。カウンターでは男たちが喧嘩と酒を楽しみ、テーブルでは家族や若い男女が食事と会話を楽しみつつ夜が更けていく。ときには旅の吟遊詩人や旅団が来て歌に踊り、普段は見られない商品を積んだ行商人など様々な刺激とそれらが持ち込む情報が酒場をいっそう魅力的なものにした。

 冬の間はほとんど人が訪れることもなくひっそりとするトココ村だが、春になり雪が溶け切れば町や都からちらほらと人が訪れる。ほとんどは商売人だが、春と秋には山菜とキノコ、森のめぐみを食べに観光客も来るのだ。

 昼間に馬車で町から来た人々は明日の朝までに楽しみにしていた山菜を腹一杯に詰め込んでいく。今年はメニューの種類が増えた分大変だ。

「おーい! こっちにマヨネーズ焼きもうひとつ! あとビールも頼む!」

「こっちは山ネギのマヨ炒めをくれ!」

 注文は止まず、厨房は大忙しだ。アビゲイルはひたすらに皿を洗い続けた。ここ2~3日昼と夜を皿洗いを続けていて、だんだんと要領が良くなっていった。水魔法も多少うまくなってきていて短時間だがお湯も出せるようになった。

(今度はもうちょっとお湯を出す時間と水圧を強めていきたいなあ、うまくいけばこれが攻撃に使えるかもしれない)

 考えていたら使い終わった大量のビールジョッキがどかどかと流しに置かれていった。石鹸を溶かし泡立てた水に割れないようにざぶざぶと入れ洗いすすぐ、洗い終えたジョッキは水切り台に載せるとたちまち無くなっていく。

 ウルバが厨房に入ってきてコップに水を注ぎ一気に飲んだ。

「はーすごい人だよ。去年とはまるで違うね。ここ数日の人の入りは半端じゃ無いよ」

「先週町から来たお客さんが新メニューの話をしたらしくて、それで今週は町からいっぱい来てるんだよ」

パトリックが説明しながらウルバに寄っていって一緒に水を飲んだ。二人共注文取りなので喉がすぐカラカラになるようだ。

「アビゲイルさんだいじょうぶかい? たまにちょっと休んで水を飲んだりしていいからね」

「うん、ありがとう。ほんとにすごい人だけど、宿のほうもすごいんじゃない?」

「毎日満杯だよ、馬車の御者さんなんて泊まれなくて馬車で寝てるし、空き家を貸す人もいるらしいよ」

「へー、そりゃすごい」

水を飲もうとしたパトリックはアビゲイルののんびりしたセリフに吹き出した。

「何言ってるんだよ、アビゲイルさんのマヨネーズのせいなんだよこれは。マヨネーズ様様さ」

「ええ・・・・・」

「マヨネーズを売ってくれなんていう人もいるくらいさ、断ってるけどね」

「生ものですもんね」

「そういうこと」

話をしているとアルがテーブルに完成した料理を並べ始めた。すぐにウルバとパトリックは料理を客に運んでいく、アビゲイルも水を一杯飲んですぐにまた皿を洗い始めた。


 それから数時間後、ようやく最後の客が帰り店を閉じることができた、はずだったのだがロイドが店に入ってきた。

「ロイド」

「げっ、アビゲイル!」

テーブルを拭いていたアビゲイルはロイドに思わず声をかけたが、ロイドは一番会いたくないやつにあってめちゃくちゃ嫌な顔をした。その声を聞いてパトリックが厨房から出てきた。

「ロイド、悪いけど今日はもう終いだ。明日また来てくれよ」

「なんか食わせてくれよ、あとなんでこいつがここにいるんだよ」

「私いまここの手伝いクエストしてるの」

 それを聞いてロイドは深い溜め息をついた。様子をみるとまだエルマにふられた傷が癒えてないようだ。くよくよしすぎて見てて呆れる。もう1週間以上前の話なのだが。パトリックもロイドの様子を見て呆れているのかため息をつきつつ声をかけた。

「なあ、お前まだエルマのこと引きずってんのかよ。いい加減にしろよな」

「うるせえ、アイツが言いふらさなきゃこんなことになってねえよ」

「私言いふらしてないよ」

「うそつけ! 次の日には村じゅうのやつが知ってたぞ!」

正直それには同情する。だがアビゲイルが言いふらしたわけではない。

「ロイド、言いふらしてたのは雑貨屋の近くに住んでるじいさんだよ。あの日のあんたのやりとりを見てたんだとさ」

ウルバが教えてくれた。それを聞いてロイドは無言でがっくりうなだれた、そもそも誰が言いふらしたかよりはエルマに嫌われたことが何よりつらいようだ。そのまま倒れ込むように椅子に座りテーブルに突っ伏した。

「くそ・・・・あそこにお前がいなければ」

アビゲイルを恨んでいる。

「あそこに私がいてもいなくてもフラレてたと思うけどね、てか私を散々けなしてからそのままエルマをデートに誘うとかおかしいわ。エルマの性格を私より知ってるだろうに」

「そんなことしたのかよ、お前。エルマは真面目で優しいからそら怒るわ」

「空気を読めないあんたが悪いねえ」

 アビゲイルはともかく他の誰もロイドに同情しない、やはり日頃の行いが影響してるのだろうか? ロイドはテーブルから離れない、ぐずった子供のようだった。するとアルがロイドのそばにやってきてそっとテーブルにハムと茹で野菜の盛り合わせとパン、コップ一杯のワインを置いた。

ワインの匂いに気づいてロイドが顔をようやくあげた。何も言わずにワインを飲み食べ始める。

「お礼ぐらい言いなさいよ・・・・・」

アビゲイルに注意されて一瞬食べるのを止めたがまた食べだした。やれやれという顔をロイド以外みんなで見合わせる。するとアルがロイドの前に座り、睨みつけた。何も話さず睨みつけてくるのにロイドが食べるのをようやく止めた。

「お説教かよ」

 まだ反抗したが小声だ。アルは大きなため息をついてまた睨みつけたがロイドも反抗して何もしゃべらない。アビゲイル達も何も話さなかった。ただロイドを見ていた。空気がだんだんと重くなっていくがこの空気はロイドが消さないといけない、それはロイド以外のみんながわかっていた。

ロイド本人もわかってはいるようだが、長年かけて作り上げたひねくれた意地がそれを許さない。自分は悪くない、全身でそう訴えていたがそれを見て誰も同意はしない。アビゲイルは少しロイドを哀れに思った。何がそんなにロイドを縛り付けているのだろう?

「そのくだらねえ意地はもう捨てるんだな。ロイド。じゃねえと本当のクズになって村にいられなくなるぞ」

「・・・・・・」

「フラれた理由も今俺がお前を睨みつけてるのも理由がわかってるはずだ」

「・・・・・・うるせえ」

「アビゲイルとエルマに謝れ。明日からギルドで仕事を受けろ。じゃねえと店にはもう入れねえぞ」

「あんた、それはやりすぎじゃないかい?」

アルの厳しい言葉にウルバは止めたがそこからまたアルは何もしゃべらなくなり、そのまま立ち上がり厨房に戻っていった。

「親父も本気だな。ロイド、わかったろ?」

黙ってロイドは立ち上がり、アビゲイルを睨みつけて出ていった。

「やれやれ、どうなることやらね。悪い子じゃあないんだけど」

 ウルバ達はロイドがぐれている理由を知っているようだったが、アビゲイルは聞かなかった。ロイドがもっと小さい子なら事情を聞いてすぐに手を差し伸べただろうが、彼はもう自分で働き、喋り、動いてどこへでも歩くことが出来る大人だ。それに今アビゲイルが助けるのは火に油を注ぐようなものだし、手助けするならもう少し仲良くなってからの話なので、何も聞かないことにした。

(明日ギルドに行ったときにそれとなくディクソンに話しておくか)

今のアビゲイルに出来ることはそのくらいしかなかった。


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