打ち合わせ
怒涛の山菜クエストは終わったが、山菜の季節はまだ終わっていない。冒険者の護衛はないが山にはまだ山菜があるので収穫に行く人も存在する。だが彼らは山菜クエストのときのように山奥には行かず、村の周辺の林や川沿いを数人で散歩がてら採りに行くといった感じだ。
トココ村自体が山奥にあるので、周りもよく見れば山菜に溢れているようだ。そうして集めた山菜は半分自宅で食べ、もう半分は八百屋や酒場に売りに行く。八百屋に卸された山菜は町の人々が、酒場に売られた山菜は観光客が消費していくのだ。
今年はアビゲイルが教えたマヨネーズが好評らしく、いつもより山菜の消費が多いそうだ。なので山菜狩りに行く人も多いのだそうだ。
「まさかあのマヨネーズを考えたのがお前だったとはな」
ディクソンも相当マヨネーズ料理を食べていると聞いて、アビゲイルが教えたのは自分だと教えるとかなり驚いていた。
「そういえば初日になんか喋ったもんな、教えてくれとかなんとか」
「そうそう」
「来年は今年の噂が広まってもっと客がくるかもしれないぞ、山菜クエストが盛り上がって地獄みたいにならないといいが」
「ええ・・・・」
考えるだけで恐ろしい。山菜が絶滅しないといいが。
「まあ薬草採りで村人は一度痛い目にあってるからだいじょうぶだろうけどな、さて着いたぞ」
ディクソンが顎で指し示した方に大きな煙突の石造りの工房があった。ドアの上にハンマーと火をかたどった鉄の看板が下がっている。鍛冶屋だ。火を扱う仕事なので村外れの川のそばにあった。
「おーっすバフマンいるか?」
「おう、ここだ」
大きな炉のそばの火床に座っていた男が立ち上がり寄ってきた。そのそばにはもうルツがいた。剣と一緒に鞘とベルトを作るためだ。
「おはよーっ! 思ったより早かったね。見てみてもうデザインはいくつかできてるの! こっちは明るい茶の鞘に・・・うげっ」
結構早めにルツはしゃべるのを遮られた、遮ったのは大柄の女性だった。
「ルツ、おとなしくしな」
「いたーい、お母さん!」
「親方と呼びな!」
大柄な女性はルツのお母さんで革細工工房の親方リンだそうだ。
「はじめましてアビゲイルさん、よろしくね。ルツの修行に付き合ってくれてありがとう」
「あ、いえいえ。ルツに作ってもらえると安いとディクソンから聞いたのでそのままお願いしたんですが」
ちらっとディクソンを見る。大きな話になってないか? それに気づいたディクソンはリンに話しかけた。
「まさかリンさんが来るとは思ってなかったよ。ルツには話しとけとは言ったがな」
「言ったら親方も来るっていうからさー。ホントは私だって嫌よこんな保護者付きの仕事なんてさ! 一人でどうにか出来るし! ここで話したこと報告でもいいんじゃ・・・・・・・すいません」
リンにものすごい顔で睨まれてルツは黙った。
「こんな感じでこの子は無鉄砲で喋りだしたら止まらないだろう? 散々注意してるんだが、打ち合わせなんて無理だと思ってね。これで客を何人も逃しているんだよ」
「あーっ! 言わないで! イメージが悪くなるっ!」
なるほどそれでまだ半人前扱いなのか。アビゲイルは納得した。
「あー・・・・そろそろ打ち合わせしてもいいかな? 一応自己紹介しとくぜ、俺はバフマン。この鍛冶場の代表だ」
「アビー、このバフマンに剣づくりを頼め」
「え? 代表ってことはここで一番腕がいいってことでしょ? 高くなるのは困るよ」
ディクソンはバフマンを薦めてきた。
「大丈夫、こいつは鎧や剣を作りたくてしょうがない奴なんだ。うちの練習用の剣見ただろ? あの装飾華美な剣は全部こいつが作ったんだ。剣が作れない憂さ晴らしにな」
「ええ」
「そういうことだ、初心者価格で安くしてやるからぜひ作らせてくれ! 久しぶりで腕がなるってもんだ」
「安くなるならぜひお願いします!」
「変わり身はええな」
値引きが好きなのが主婦なのだ。
工房の外でアビゲイルは持ってきた練習用の剣を構えたり振ったり、ディクソンと打ち合いなどをした。
「うーん、身長が高いからもうちょっと刀身は長いほうがいいな、しなりはそのまま残そう。重さはどうだ?」
「最初は重かったですけど、いまは案外平気です」
「じゃあ、大丈夫だな。力がついてきてなによりだ。刀身に溝を入れてまた軽くしよう。それでトントンだ」
アビゲイルの使い方を見ながらバフマンは剣のイメージを固めていった。
「鍔はどうしようか? ルツ、お前鞘に草木模様をいれるんだろ? どんな感じだ? デザインを見せろ」
「こんなふうに蔦がからんだ感じで春の新芽をイメージしてるの」
「よし、これに合わせて鍔と刀身に少し細工するか」
「あんまりキラキラ華美にしなくていいですよっと」
ディクソンの突きを払いながらアビゲイルは注文する。
「控えめにな、わかった」
「えーっ! もっとキレイにしようよお! 皮も2種類使ってさあ」
「ルツ! お客様の注文をちゃんと聞きな!」
何度もリンに叱られながらルツもデザインを固めていく。
「よーし、もういいぞ。ありがとさん」
打ち合いを止め、職人たちのそばに行く。外に置かれたテーブルの上の紙には細かく様々なことがメモってあり、簡単にだが剣の全体像が書いてあった。
「アビゲイルさん、図面の上に剣を置いてみてくれ」
バフマンに言われたまま剣をおくと図面の剣より10センチくらい、練習用の剣は短かった。しかし鍔や柄の部分は図面の先にぴったり合っていてアビゲイルは驚いた。
「ふむ・・・・柄を2センチくらい長くするぜ。そのほうがバランスもいいし、両手で握った時ちょっと余って今までより楽になるはずだ」
説明しながら図面を直していく。手際が良く、狂いがない。さすがという感じだ。ルツもバフマンの仕事に見入っている。他の職人から見てもなかなかすごいことなのだろう。
「ルツ、剣のサイズはこんな感じだ。細かい採寸は剣が出来てからだが、鞘のデザインをアビゲイルさんと詰めといてくれ。模様は草木だが、どの木をモチーフにする?」
「あ、えっと・・・・オリーブがいいと思うの、平和と知恵。それに料理によく使うしね。蔦模様はアイビーで永遠の愛、友情、信頼よ」
平和と知恵か、主婦の知恵かね? 自分でそう思って面白かった。オリーブオイルからイメージしていたりしてルツのアイディアはなかなか興味深い。
「いいね、料理ってのが面白い。私らしいわ。模様のデザインはルツに任せるよ。でも控えめにしてね」
そう言われたルツは小さくガッツポーズをした。そしてそのガッツポーズをリンは見逃していなかった。うまく制御してくれそうだ。
「何かあるたびにあんたに確認に行くからよ。教会に住んでるんだろ?」
「あ、今週は夜に酒場の手伝いをするので、ほとんどいないかも・・・・毎日ギルドに行くので言伝くれればここか革細工の工房に行きます」
「わかったぜ、よしだいたいは決まったな。あとは値段だ」
値段。作るまでは結構盛り上がったが値段は考えてなかった。どうなるだろうか、皿洗いで間に合うだろうか。
「剣の材料費はこの練習用の剣にちょっと鉄と鋼を足すだけだ、あと俺のサービスでちょっと安くして15000ゼムのところを13000でどうだ?」
「鞘とベルトはルツの勉強価格で10000ゼムを9000ゼムくらいだね」
今まで使っていた練習用の剣を使ってくれるのは嬉しかった。1週間くらい持っていたが結構愛着がわいていたのだ。姿が変わり本物の剣になって手元に戻ってくることになる。
「使い慣れた剣を打ち直してくれるなんて良かったな」
「うん、でも練習用の剣がなくなるけどだいじょうぶ?」
「お前以外練習するやついないしな。ずっと使われなかったんだ。剣も喜ぶだろうよタダで持っていけ」
「あ、ありがとう! 大事にするからね!」
ディクソンが言うには鋼を含んだ剣でこの値段はかなり安いらしい。
「初心者の剣じゃない、しばらく使っていけるぜ。親方たちの大サービスだ」
「おお・・・・じゃあぜひよろしくお願いします。ありがとうございます」
アビゲイルは深々と職人達にお辞儀し、お願いした。それを見て職人たちにも気合が入ったようだった。
「よっしゃ、気合いれてくぜ。来週には渡せるだろう。それまでは丸腰だが我慢しろよ」
「最初の木の剣持ってけよ」
また木の剣に逆戻りしてアビゲイルはちょっと悲しかったが、来週には本当の剣を腰に下げることができる。合計で22000ゼム。気合を入れて稼がなくてはいけない。
「アビー、気合が入ってるとこ悪いが今週で全部稼ごうとするなよ。月賦にしとけ」
「あっハイ」
軽く釘を刺され働きすぎと言われたような気がするが、そんなに働いているだろうか? 倒れては稼ぐことも出来ないので気をつけようとアビゲイルは思った。




