お礼
ジェルスライムから攻撃を受け、少しうなじを火傷してしまい思いがけず休日になってしまった。ゆっくり休めとディクソンに言われたが、アビゲイルはいつもどおりの時間に目覚め、朝食を作りエルマとカミラを学校に送り出した。多少の病気や怪我をしても主婦の頃から家事をこなしていたので特に問題はなかった。
(風邪ひいて39度の熱だしたときくらいだもんな、家事休んだの)
今回の怪我では熱も出なかった。一安心である。オスカーにまた治療魔法をかけてもらい包帯を巻き直した。
「たいしたことはなかったけど、今日ものんびりするといいよ」
神父はそうは言ってくれたがじっとしているのも落ち着かなかった。台所と自室の掃除、4人分のベッドカバーとシーツを洗い干してさらに他の洗濯をした。神父はわしわし働くアビゲイルを見て感心しつつ呆れていた。
「色々してくれるのはありがたいけどもね・・・・・」
「すいません、性分で」
「掃除と洗濯が済んだならお茶でも飲もうか、用意しよう」
オスカーはお茶に誘ったが、アビゲイルはまだなにかすることがあるようだ。
「ディクソンとセツさんにお礼にケーキを焼こうと思って・・・・・」
それを聞いてオスカーは苦笑いするしかない。
「動いている方が君にはいいらしい、でも無理はしないこと、いいね」
「はい」
申し訳なくアビゲイルは返事をした。
ケーキは一番簡単なパウンドケーキを作ることにした。生クリームやチーズを混ぜたり泡立てたりするのは重労働だし、昼過ぎには渡したいので時間も節約するためである。何よりこのケーキはアビゲイルが前の世界で一番数多く作ったケーキでもある。結婚前の旦那のため、子どもたちのため、ママ友のため、そして自分のために大量に作ってきた。なので一番失敗しないケーキでもある。抹茶にチョコレート、ドライフルーツにナッツ何を混ぜてもおいしい万能なケーキでもあるのだった。
ありがたいことに教会に何種類かの焼型があった。以前の神父様は料理好きだったのだろうか。
材料は小麦粉、バター、砂糖、卵、ベーキングパウダーである。ベーキングパウダーも焼き型と一緒に見つかった。缶の中をのぞくと固まってはいたがカビてもいないし変色もないのでそのまま使うことにした。
まず小麦粉とベーキングパウダーを混ぜておいてふるいにかけておく。そしてバターと砂糖を白っぽいクリーム状になるまで練ってそこに卵を少しずつ入れて丁寧に混ぜていく、混ざったらそこに最初の小麦粉をさっくり混ぜて、バターを塗った型にに流し込む。長方形の焼き型なので真ん中をすこしくぼませる。こうすると焼き上がったときに真ん中部分が盛り上がりきれいな形になる。
同じ型が4個もあったのでディクソンとセツ、そしてオスカー達のために3個、まとめて焼いた。
焼き上がるには40分くらいかかるので、神父に以前借りた魔法指南書を読みながら待った。
(そういえばスキルツリーのこと忘れてた、見てみるか)
アビゲイル エルフ
職業 冒険者
剣 3
魔法 3
体力 523
魔法力 1230
すばやさ 350
防御力 303
攻撃力 247
魔法
火 3
水 1
風 1
土 1
神 2
探索魔法 4
スキルツリーは少し大きくなっていて数枚葉がついていた。レベルによって葉がひらくようだ。少しだけだがレベルが上がっている。特に探索魔法が4になっていた、数日使い続けた結果だ。
(やっぱり頑張ったぶん成長してるんだな・・・・剣が上がってるのも嬉しい)
この世界に来て約2週間、あっという間だった。前の世界の家族は元気だろうか? ちゃんと食事をしているだろうか? 男4人で仲良くしてるだろうか? もう会うことは許されないが元気に明るく生きててほしいなと思う。
(会いたいな・・・・・・)
「ただいまー! すっごいいい匂い!」
ドアを思い切り開けてカミラとエルマが台所に飛び込んできた。
「おかえりー、パウンドケーキ焼いたんだよ。みんなでお昼に食べよ。お昼はこれから作るからちょっとまってね」
「手伝うわ」
ありがたいことにこちらでは可愛い女の子の姉妹と神父に出会えたおかげで寂しい気持ちはいくらか和らいでいる。時々思い出してしまうが仕方ない。
(さみしいけど慣れていくしかないよね)
昼食を食べて、パウンドケーキを試食してもらった。なかなか好評だ。カミラは残り2個ケーキが食べれると思っていたようだが、そうではないと知るとかなりがっかりしていた。彼女は本当に食べるのが好きなようだ。
ケーキを持ってギルドにむかうとカウンターにセツがいた。だが昨日まで見ていた格好とずいぶん違う、革鎧にダガーを差して、髪にはキレイなリボンが結んでありなかなかにおしゃれだ。ほんとにセツなのかと見つめているとカウンターのナナがアビゲイルに気づいて挨拶してきた。
「アビーさんこんにちわ~。怪我の具合はいいんですか~?」
「うん、たいしたことなかったから」
セツかと思っていた女性がアビゲイルに振り向いた、セツそっくりだが目の色が違う。セツは緑だがこの人は青い。
「あなたがアビゲイルさん?」
「はい、こんにちわ。セツさんそっくりなあなたは?」
「あ、ごめんね私はルツ。セツの双子の妹なの。普段は革細工をしているわ。うちは母が革細工師で父が猟師なの。それで姉さんは父の仕事、私は母さんの仕事をやりたくて別れて暮らしてるの。でも仲はいいのよ週末集まるし。今日はアビゲイルさんの代わりに山菜クエスト手伝ってたのよ。去年はずっと姉さんとクエストしてたのよ。だからだいじょうぶだから。そういえばあなた怪我したって聞いたけどだいじょうぶ? さっきから何かいい匂いしない? うっ!」
セツがルツの後頭部にチョップしてようやく話が止まった。話し方はまったく正反対のようだ。一瞬で家族のことがだいたいわかってしまった。
「セツさん」
「ルツがごめんなさい」
「なんで私何もしてないわよ、ちょっと説明しただけじゃん? そういえばね・・うっ!」
また喋りだしそうなところを今度はおでこにデコピンをくらっている。話し出すと止まらないらしい。
「アビゲイルさんどうしたの?」
「あ、昨日助けてもらって軟膏いただいたから、お礼にケーキ焼いたんだ。これ食べて」
アビゲイルは紙袋をセツに渡した。
「ありがとう、いいのに」
「ううん、気にせず食べて」
「あーいい匂いはこのケーキなのね、姉さん一人で食べるの? ずるくない? 私も一緒に食べたい、私今日アビゲイルさんの代わりに来たんだし食べる権利あると思うのよね。お腹すいたからいますぐ食べようそうしよう。うぐっ」
さっきより強めにチョップをくらっている。
「ちゃんと分ける。あとで」
「なんだ賑やかだな。あれ、アビーじゃないかどうした?」
奥からディクソンがでてきた。ちょうどいいのでケーキを渡す。
「わざわざこんなことしないでもいいんだぞ? ちゃんと休めたのか?」
「うん、神父様も火傷のあとは残らないしすぐ治るって」
「そうか、良かったな」
そう言いながらディクソンはケーキを紙袋から取り出して半分に割り、そのまま食べだした。
「うん、うまい。 ナナも半分食ってみろよ」
もりもりと食べながら半分をナナに差し出した。
「うわあ、ありがとうございます~。いただきます」
ナナも受け取りそのままもりもりと食べだした。二人共豪快だな。だが喜んでくれているようで何よりである。
「おいしいです~!」
「私達も早く食べようよ~」
「家に帰ってからみんなで食べる」
ディクソンとナナはパウンドケーキをあっという間に食べ終えて満足げだ、ディクソンはともかくナナがぺろりと食べてしまったことにちょっと驚いた。
「あそうだ、アビーさん、昨日までの山菜クエストの報酬。用意してありますよ~」
報酬は山菜クエストの基本報酬と合間に叩いたスライムやゴブリンの討伐報酬も足されて14750ゼムももらえた。
「やったー、ありがとうぅ、これで借金が返せる!」
「借金?」
こちらの世界にきたばかりのときに神父からお金を借りて生活用品を揃えさせてもらったことをディクソンたちに話した。
「ほーん、そんなことがあったのか。借金はすぐに返したほうがいいからな。おつかれさん。てかまたお前文無しに戻ったんじゃないか?」
「そのとおりです・・・・でも今度から自分のためにお金が使えるもんね!」
借金が気になって自分のものをだいぶ節約してきたので、これからは気兼ねなく色々買うことが出来る。かばんに水筒、剣に鎧。楽しみでたまらない。
「何買うの?」
セツにそう聞かれたがすぐには浮かばなかった。
「やっぱり武器か鎧じゃない? あ、剣を買う前にベルトやホルスターを買うといいわよ! なんなら剣も一緒に買って鞘をうちで作るといいわ、私がデザインして作ってもいい? アビーさんなら草木の模様をあしらったちょっと繊細な感じがいいと思うのよね~。皮の色も今つけてるポーチと合わせてさ。いいわ~デザインが湧いてきた!」
ルツが暴走気味だが確かに剣はほしい。でもまだ剣のレベルは3なのだが買ってもいいのだろうか? ちらとディクソンを見ると察したのか。
「剣を買うといいんじゃないか? ゴブリンも1匹なら倒せるようになっているし、そろそろ刃つきの剣で訓練したほうがいい」
「えーベルトか鎧がいいよ~。コルセットとかどう? アビーさんスタイルがいいからきっと似合うわよ! コルセットから少しずつ揃えていってそしたら・・・うっ」
またしてもセツに止められている。
「剣はいま持っている練習用のやつに似せて作ってもらうといい。デザインと予算を見積もって完成するまでに金を稼げよ。鞘をルツに練習がてら作ってもらえ、安くなる」
「練習?」
「ルツはまだ見習い、母さんから許しがでてない」
修行を兼ねて作ってもらえば見習い料金で安くなるということらしい。セツがいうには腕はいいと思うとのことなので後日改めて鍛冶師と打ち合わせしようということになった。
「俺が案内してやる。明後日はどうだ?」
「うん、お願いします」
「それまでにデザインをたっぷり用意しておくから、楽しみにしててね! 皮はなにがいいかな? 狼か牛がいいかな? 色も髪のいろに合わせて黒か・・・それとも明るい茶か・・・・うぐぐぐぐ」
ルツはセツに口を封じられもがいていた。どうなることやらと心配にもなるが、ようやく自分の武器が手に入るのだと思いアビゲイルは興奮するのだった。




