山菜とスライム
今週いっぱいは山菜クエストだ。その間にある収集クエストや村内クエストは予備冒険者の人々がちまちまとこなしてくれているとナナから聞いた。確かに冒険者はみんな山菜クエストに出払っていて、ロイドは今使い物にならない。予備冒険者の人たちの協力は本当にありがたい限りだ。
山菜狩りは毎日が遠足のようでなかなか楽しい。もちろんゴブリンやスライムが出てきたりはするが、見た目の不気味さにもだいぶ慣れて初日よりは剣を振り何匹か倒すことが出来た。
クエストの3日目に報酬が1日3000ゼムと聞いてアビゲイルはさらにやる気を出し、探索魔法に力を込めた。そのおかげか前よりも魔物の存在がわかってきたような気もしてきた。
(そういえばスキルツリー全然見てないわ・・・・・)
というかスキルツリーの存在を忘れていた。今度改めて確認しないといけない、少しは成長しているだろうか心配だ。
(料理ばかりしていたような気がする。冒険者って感じじゃないなあ)
クエストは今日で4日目、だいぶ慣れてきてのんびりを山菜を集める人々を眺めながらぼんやりと考えていた。
「アビゲイル! 上だ!」
「ん?」
上を向いた瞬間水をかぶった。だがなんだかどろりと垂れて顔を覆ってくる。スライムだ。
「うわああぁ!」
慌てて追い払おうとするがうまくつかめない、ぬるぬると指先を抜けて鼻や口を狙って動いてくる。首筋がチリチリと熱くなってきた。やばい。目の前に赤い光が飛び込んできた。
「落ち着け! アビゲイル!」
ディクソンがスライムに松明の火を押し付けたのだ、スライム越しには熱は感じない。火に驚いたスライムはアビゲイルから離れて地面に落ちた瞬間ディクソンにとどめを刺され、溶けて消えてしまった。
「だいじょうぶか?」
セツや参加していた村人たちがアビゲイルに集まってきた。
「アビゲイルさん、そのまま座って。水をかける」
「ふえ~」
情けない声を出して座り込むと前かがみにさせられて、その上から大量の水をスライムが触れたところにまんべんなくかけられた。セツもディックも自分自身の水を惜しみなくかけてくれる。近くの沢から水を汲んでくれてすすぐように何度も髪を洗ってくれる。
「髪が少し溶けたけど、顔はだいじょうぶ。うなじだけ」
髪を洗ってくれつつ、火傷した場所はないか確認してくれた。少しヒリヒリするだけでたいしたことはないようだった。ディクソンのすばやい行動のおかげである。
「探索魔法をかけてたんじゃなかったのか?」
「上のほうはうまく出来てなかったみたい。ぜんぜんわからなかった」
「私も離れすぎた。ごめんなさい」
セツがあやまりつつ、うなじに丁寧に軟膏を塗ってくれた。スースーして気持ちいい。
「だいじょうぶ、私がぼんやりしてただけだから。薬ありがとう」
「この軟膏あげる、帰ったら神父様に治療してもらって」
「いいの? ありがとう」
もらった軟膏は木製の小さなケースに入っていて、蓋に草木をあしらった彫刻がされていた。
「いいの使いかけ。ケースもそのままあげる」
「え、ほんとにいいの? なんだか高そうなケース・・・・・」
聞くとセツは少し顔を赤くして答えた。
「高くない、私が作った」
「すごい! こんなにかわいいケースいいの? ほんとにありがとう! 大事にするね!」
セツはますます赤くなってうんうんとただうなずくだけになってしまった。
「おい、お前今脳みそ溶かされそうになってたのにずいぶんのんきな会話だな・・・・・」
「ディクソンも助けてくれてありがとう! 慌てて火魔法使えなかった。」
「最初はそんなもんだ、でもちゃんと使えるようにしとけよ」
会話のやりとりを見てだいじょうぶとわかり、みんなもほっとしていた。
「アビー、お前明日は一応休め」
「え、だいじょうぶだよ。いけるいける」
「無理するな、休めと言ったら休め。一応怪我人だからな」
「はぁい」
その日いつもより早めに教会に帰り、神父にスライムにやられたことを言うとあわてて治療室に連れて行かれて神魔法をかけてくれた。火傷部分は魔法のおかげで少し赤いだけになった。
「聞いたときは驚いたが、たいしたことはなくてよかったね。あと何回か治療すれば傷も残らないだろう」
「良かったありがとうございます」
薬を塗り念の為包帯を首に巻きながら、神父はアビゲイルの髪を見た。
「髪が乾いてだんだん縮れてきたね、エルマに頼んで少し切ってもらうといい」
「まじすか」
鏡をのぞくとところどころ焦げたように縮れていた、酸のせいだがあの短時間でこれだけ溶けるのかと知りぞっとしてしまった。
「ディクソンがいなかったらやばかったですね」
「何をのんきに言ってるんだい、下手したら顔もただれて、脳みそも溶けているよ」
それを聞いてアビゲイルは笑うしかなかったが、顔はひきつっていた。
学校から帰ってきた2人はアビゲイルの首の包帯を見て、大騒ぎしたがたいしたことはないとわかりほっとしていた。アビゲイル自身はそれほど深刻に思っていなかったが、ジェルスライムはそれほど恐ろしいものなのだなと思い直した。この世界ではスライムも雑魚ではないようだ。意識を改めねば。
夕食の前に教会の中庭でエルマに髪を整えてもらった。聞くとエルマはカミラと神父、そして自分の髪を定期的に切っているらしい。器用だなと驚いたが、どの家族にも誰か一人髪を切るのが上手い人がいるそうだ。美容院や床屋が無い村だから自宅でみんな整えるらしい。
「アビゲイルさん、髪伸ばせばいいのに。キレイな黒髪だからきっと素敵よ」
「そうかな? でも長いと面倒だからこのままでいいや」
「スタイルもいいのにもったいないわ」
髪をきれいに切りそろえてもらったら、だいぶ短くなってしまった。髪が伸びるまではスライムに襲われたくない。次は丸刈りになってしまう。もちろんもう二度とごめんだ。
「後ろから見ると男の人みたい!」
カミラはアビゲイルの周りをぐるぐると走り回って後ろ姿を確認している。
「カミラもそろそろ前髪を切らないとね、やっておく?」
「やだ!」
聞かれてカミラは逃げ出した。
その日アビゲイルは夕食後に神父が淹れてくれた薬茶を飲んですぐにベッドに横になった。ときどき発熱する人がいるらしい。
(ディクソンとセツに何かお礼をしないとな・・・・・)
何にしようか考えつつ、アビゲイルは眠りについた。