山菜とマヨネーズ
山菜狩りは昼に終わった。今年は例年より多く生えているとのことで、たっぷり収穫できたので早めの引き上げとなった。
アビゲイルはギルドの椅子に座ってナナからもらったお茶をすすっていた。今回はかなり疲れてしまった。ゴブリンが思いのほか恐ろしかったのだ。
「早くゴブリンにも慣れないとな・・・・・あー、剣とか魔法とか山菜とか覚えなきゃいけないことがたくさん増えてきたな・・・・お金もほしい、ああー」
「そんなにあせらずにアビゲイルさんのペースでいいと思います~。マスターが色々仕事を持っていってますけど、無理なら断ればいいんです~」
「そだね・・・・週4出勤にしようかな」
ギルドの裏の訓練場からディクソンが呼ぶ声がした。ナナと顔を見合わせやれやれという顔をしあった。
「呼んだ?」
「ああ、山菜の分配が終わったぞ、これアビゲイルのぶんな」
袋いっぱいの山ネギとコルコギ草を渡された。
「え、山菜もらえるの?」
「まあ多少はな、お前のぶんはみんなから初山菜狩りのご祝儀ということで少し多めだ」
「わー! みなさんありがとうございます!」
お礼を言うと老夫婦がにこやかにアビゲイルに近づいてきた。
「今日は楽しかったよ、アビゲイルさんは明日からも頑張ってな」
「ありがとうございます」
3人で手を握り合い、お礼を言い合った。
「アビーさん、話していたマヨネーズの作り方をこれから教えてくれないか?」
アルに声をかけられて見ると、アルは大量の山菜を抱えていた。ウルバも来てカゴいっぱいに背負っている。
「何その量!」
「山菜を買ったのさ、みんな集めた山菜は売ったり食べたり自由なんだよ。八百屋でもこの時期は売られているよ」
「じゃあその山菜がメニューに出るんですね」
「そうだよ! トココ村の山菜は名物だからね、みんな町から食べに来るのさ。稼ぎ時だよ」
山菜は町では食べられず、運んだとしても瓶詰めなどの加工品にするしかない。なので新鮮な山菜を食べに町や隣村やその向こうの町からわざわざ来るのだそうだ。
「アルの作る山菜料理は人気があるんだぜ、俺も今日はエールと山ネギで1杯って感じさ」
ディクソンもこれから食べる山菜が楽しみのようだ。
「よかったらアビーさんのコルコギ草を家で一緒にアク抜きしてあげるよ、そのあいだにマヨなんとかを教えておくれ」
「ほんとですか、助かります」
午後から酒場の厨房でマヨネーズ作りとなった。山菜はすべて外の井戸できれいに洗い、酒場の大きな鍋で一気に茹でた。
「ついでにやってもらってありがとうございます」
「だいじょうぶだよ、こういうのはちまちまやるより大きくやったほうが楽だしおいしいしね」
カレーやシチューを作る時と同じようなものなのか、とにかくありがたい。
「ではマヨネーズ作りを始めましょうか」
まず少しだけ作ることにした、卵を黄身と白身に分けて黄身だけ使う、そして塩、酢、油。
「基本的なドレッシングに黄身が入るだけなんだな」
「そうです、でもよく混ぜます」
まず、ボウルに黄身、酢、塩を入れよく混ぜる。
「もったりというか、すべてをしっかり混ぜて合わせて・・・・・そこに油を少しずつ足します」
油を加えるごとにしっかり混ぜて、黄身と油が分離しないようにする。足して混ぜ足して混ぜを繰り返して白っぽいクリーム状になるまで混ぜる。ただこれだけなのだか、かなり体力がいる。手作業なのでなおさらだ。
交代で混ぜて(ほとんど混ぜたのはアルだったが)マヨネーズは完成した。
「きれいなクリームになったね」
「これで完成です、味見してみてください」
アルはすぐにスプーンで掬い口に含んだ。
「ん、酸味がおさえられているがコクがあって・・・・いいな」
「生野菜やボイルした野菜によく合います。 これで肉を炒めてもおいしいです。卵に混ぜたり、あそうだ残った卵白に混ぜて卵焼きとかにしたら卵白も残らなくていいかもですね」
人参やキャベツ、茹でたコルコギ草など色々な野菜でマヨネーズを試した。コルコギ草は茹でるとアスパラのような食感でおいしかった。
「う~ん、コルコギ草に会うね! 炒めものの塩気を減らして横に添えてもいいかもしれない」
「あ、マッシュしたじゃがいもにこのマヨネーズを混ぜてハムとか塩もみしたきゅうりを入れるとおいしいポテトサラダが出来るんですよ。それをパンに挟んだり・・・・」
アビゲイルは色々な使いみちを説明していたが、アルが静かすぎるなと思って見ると腕を組んでマヨネーズを睨みつけていた。
「え、だめでした? マヨネーズ・・・・・」
「いや、そうじゃねえ。使いみちが多すぎてもう・・・・・もう・・・・・なんで俺の体はひとつしかないんだっていう気分なんだ。早く色々試したい! もっと教えてくれ! なあこれは焼いてもいいのか?」
両肩を掴まれて揺さぶられた。そんなに衝撃的だったのか。アルの興奮ぶりはすごかった。
「あんた! アビゲイルさんが死んじゃうよ」
そう言いながらウルバは笑っている。はやくたすけて。
咳き込みながらアビゲイルはアルの質問にちゃんと答えた。
「ゲホゲホ! 焼けます、パンに塗ってトーストするだけでもおいしいです。ホットサンドとか」
「ホットサンド?」
やばい、アビゲイルは思った。これはすべて教えているとキリがない。マヨネーズの包容力がこれだけすごいとは思わなかった。万能すぎる。気づいていなかった。
「じゃあホットサンド作りましょう。見たほうが早いでしょうし」
パンを薄めに切り、マヨネーズを塗ってハムと薄く切ったコルコギ草を並べパンにはさむ。フライパンに少しだけバターを溶かし具をはさんだパンを入れて。
「上から蓋とかでおさえます。パンに焦げ目がつくまで両面焼いて完成です。反対側を焼くときも蓋で抑えてください。ぎゅっと」
挟んだ具はすべてそのまま食べられるものなのでパンが焼けて、具が温まればいい。簡単で手軽だ。皿に取り出し、パンを斜めに切って交差させつつ並べた。
「どうぞ」
言うやいやなアルがホットサンドを頬張った。ウルバは残ったほうをアビゲイルに半分分けてくれた。
「これもおいしいね! サンドイッチの具ならなんでもいけそうだし、固くなったパンもつかえそうじゃないか」
無言でホットサンドを平らげたアルは何度もうなづきつつ突然卵を割り、黄身と白身を分けだした。
「いいぞ・・・・今年の山菜料理は新しいメニューができそうだ」
ぶつぶつと呟きながらさらにマヨネーズを作ろうとしているらしい。
「マヨネーズは日持ちしませんので、気をつけてくださいね」
「わかったよ、多分この調子でアルが作っても、いろいろ試して使い切っちまいそうだよ。そうだ、マヨネーズを瓶に詰めてあげるから持っておかえりよ。神父様は山菜が大好きだからきっと喜ぶよ」
「そうなんですか」
「この時期は毎晩のように3人で夕食を食べに来てたよ。今年は4人で来てもらえるとうれしいね」
色々とマヨネーズの使いみちを話しながらウルバはテキパキと鶏肉を焼いてパンにマヨネーズを塗り、チキンサンドを作った。このサンドイッチはこの店の名物なのだそうだ。紙袋にナッツの入ったスコーンやクッキー。ピクルスの瓶詰めをいれ、最後に下ごしらえした山菜を持ってきてくれた。
「はいよ、今日のお礼。疲れてるだろうからそれを夕飯にしな。あと山菜ね。そのまま食べられるしスープにいれたりするといいよ」
「こんなにいいんですか?」
「構わないよ、むしろ食べ物しかあげられなくてすまないね」
「お気遣いありがとうございます~!」
マヨネーズの作り方を教えただけだったのに、こんなに喜んでもらえてしかもお礼の食べ物もたっぷりと作ってもらい嬉しい限りだ。今度みんなで食べに来ると約束して帰宅した。
教会に帰ると台所で3人が山菜を下ごしらえしていた。
「おかりなさい・・・・・ってアビゲイルさんも山菜を買ってきたの?」
エルマはアビゲイルの持っている山菜がのったカゴを見て驚いた。
「ただいま、これは今日のクエストの報酬みたいなものかな? みんながくれたんだよね」
「おやおや、しばらく山菜三昧だな」
オスカー神父は嬉しそうだったが、カミラはうんざりしている。まだカミラには山菜の味は早いのだろう、子供にはただの苦い草だ。
「今日は酒場でアルさんたちと山菜用のドレッシングを作ったんですよ、あとこれみんなで食べてって色々」
「ああ、それはありがたいな。今度みんなで食事にいこう」
洗い終えた山菜を茹でつつ、アビゲイルはその横で山ネギとベーコンのスープを作った。あとは今日ウルバからもらったサンドイッチにピクルス、そして茹でたてのコルコギ草にマヨネーズを添えた。3人にもマヨネーズは好評で山菜が苦手なカミラもこれなら食べれるともりもり食べている。
「カミラ、食べ過ぎると山菜の灰汁でお腹壊すよ」
「だいじょうぶ! お父さんみたいに食べないよ」
コルコギ草のサラダのおかわりをしようとしていた神父の手が止まり動きが止まった。少し沈黙が流れたが。
「今年はだいじょうぶだよ・・・・・多分、多分ね」
オスカー神父にも勝てない欲望があるのだなと、アビゲイルは笑ってしまった。神父は珍しく照れていたが、おかわりはやめようとはせずコルコギ草を受け皿に盛っていた。




