休日
今日アビゲイルはギルドへは行かずに休むことにした。とはいっても朝食の準備や洗濯、部屋の掃除などやることはある。普通の冒険者なら、酒場へ行ったり、家でゴロゴロしたり買い物にいったりと寛ぐのかもしれないが、アビゲイルが長年続けてきた生活は主婦業であるため、家の雑事をこなすのが普通なのだった。
それに今日はこれからパンをエルマ達と焼くというイベントが待っている。そのためエルマもカミラも休みなのに今日は早起きだ。食堂兼台所の掃除も揃って手伝ってくれる。
パン種、つまり酵母は昨日パン屋で購入していた。店で使う分の他に少し多めに作っていて売っているのそうだ。酵母は繰り返し増やして使っていると菌が疲れるのか増えず、それでパンを作っても膨らまない。そのため定期的にみんなパン種を買っていくのだそうだ。
パン種は帰宅後、煮沸消毒したガラス瓶に入れて、家にあった小麦粉とぬるま湯を少し入れて混ぜ、台所のかまどのそばに置いておいた。朝見てみると倍に膨らみ、瓶に耳を当てると中でプツプツと泡が始める音がした。
「よしよし、うまく育ったな」
エルマ達は初めて見るのか、なぜ増えているのか不思議がっていた。パン種の中には小さな生き物がいて、それが昨日の水と小麦粉を食べて増えているのだと言うとさらに不思議がった。
「目に見えない生き物がいるだなんて不思議ね、しかもパンを膨らましてくれるなんて」
「先人の知恵ってやつだね。発酵食品はみんなこの小さな生き物たちが作ってくれてるんだよ」
「チーズやヨーグルトも?」
アビゲイルがそうだと頷くとカミラはちょっと嫌な顔をした。
「ちょっときもちわるい・・・・」
「ふふふ、でもいままで大丈夫だったしおいしかったでしょ?」
「うん・・・・」
「今日もこの菌の力を借りてパンを作るんだけど、カミラは食べるの止めとく?」
「いや! 食べる!」
食い気が勝ったようだ。エルマとアビゲイルで笑ったら、カミラは恥ずかしそうだった。
「さーつくるぞー」
まずはどんなパンを作るかだが、一番簡単な丸パンを作ることにした。材料も小麦粉、砂糖、水または牛乳、そしてパン種である。牛乳はないので今回は水で作ることにした。
生地を練る前にオーブンに薪を入れて火を点けておく、オーブンの中に十分な熾火を用意しておくのである。電気のオーブンでいう予熱の準備だ。アビゲイルは今回のパン作りで一番不安なのがこの「火加減」だ。熾火の熱量とパン生地の完成のタイミングが合わないと上手くいかない。
なので早めに準備して様子を見て薪を足し、熾火を十分に用意しようと思っていた。
(これも魔法で出来たら楽だろうなー・・・・)
真剣に練習しないとなと改めて思う。主婦に大事なことのひとつに節約がある。なので薪を使いすぎてるのではという不安がアビゲイルを少し苦しめているのだった。
さてパン生地、小麦粉と砂糖を混ぜる。そこにパン種を入れ、水を少しづつ加えてこねていく。最初は切るように混ぜ、どんどん伸ばしたりまとめるようにこねていく。
「砂糖も入れるから甘いパンが出来るの?」
とカミラが聞いてきた。
「ううん、これはさっき話した生き物のご飯みたいなもので、さらに食べてもらって膨らんでもらうためのものなんだ。もちろん甘みもでるけどね。甘みを出すならもっと入れるよ」
「ふうん、今度は甘いパンとかお菓子作りたいな」
「そうだね」
話しながら交代で生地を練っていく。しっとりとまとまってきたら生地の表面がぴんと張るようにひとつにまとめる。そのままそっとボウルに入れて1次発酵させる。ボウルに濡れた付近をかぶせてオーブンのそばにおいた。オーブンには薪を足し、その熱でお茶を沸かした。
神父もお茶に誘う。
「おや? パンはもう焼いてるのかい?」
「いま発酵させてるとこよ、お父さん」
かまどのそばのボウルを見て神父はなるほどと頷いた。
「アビゲイルさん、どのくらい発酵させるの?」
「生地が2倍位の大きさになっていればいいんだけど・・・・。1時間くらいかな?」
「今日は暖かい日だから、よく膨らむかもしれないな」
「そうなの? おとうさん」
神父は先程話した菌を簡単に説明したあと、パン種の菌は暖かい場所のほうが好きでよく食べて働くということも話した。
「菌達にもそれぞれ好きな場所があるんだよ、キノコやカビは湿ったところが好きだろう?」
「え! カビと同じものなの?」
「まあ仲間みたいなものだ」
「でも食べるでしょ?」
すかさずアビゲイルが聞くとカミラはもちろんだといわんばかりに頷くのを見て3人は大笑いした。
昼食をすませ、1時間くらい経過してボウルの中身を見ると、きれいに膨らんでいた。
「わあ・・・すごい、小麦のいい香りもしてきたわ」
生地の真ん中に指を差し込み、発酵状況を確認する。指で開けた穴はそのままの形でしばらく元に戻らなかった。
「よしよし、うまくいってる」
アビゲイルは食堂のテーブルをきれいに拭いて、小麦粉をテーブルに振り、そこにそっとパン生地を置いた。両手で生地を抑えて中のガスを抜く。生地の弾力が気持ちいい。生地を等分に分け、エルマとカミラに丸く形にする方法を教えて成形してもらう。その間に天板に油を薄く塗り、オーブンの熾火を確認した。
オーブンの中では熾火が真っ赤に燃えて程よい量と温度になっていた。初めてかまどでパンを焼くが、アビゲイルの長年の感がそろそろいいぞと訴えていた。
丸めたパンを天板に並べ、また濡れ布巾をかぶせる。
「まだ焼かないの?」
「10分くらい休ませないと駄目なんだよね」
その間にオーブンの中に天板が置ける場所を作る。火かき棒で熾火をきれいにならべて、飛び散る灰が落ち着くのを待った。
「よし、焼くぞ」
オーブンにパンを並べた天板を入れて、しばし待つ。その間に次に焼くパンを成形していく。
10分くらい経過してからオーブンの小窓をのぞくとパンはきれいに焼けていた。
「焼けた焼けた、オーブンから出すから、ちょっと離れてね」
扉を開けてすばやく天板を掴み、テーブルに置いた。天板にはまだぱちぱちと音を出す焼き立てのパンがきれいに並んでいた。が膨らみすぎて隣のパンとくっついたり、熾火のそばのパンはちょっと焦げたりしていた。
「あーちょっと焦げたか、でも最初にしてはまあまあかな?」
言いながらアビゲイルは次のパンをオーブンに入れた。他の三人は焼き立てのパンを見て歓声を上げている。
「すごい、おいしそう! 焼き立てってこんなにいい匂いなのね」
「いやあ、素晴らしい。今晩の夕食が楽しみだ」
「はやくたべようよー!」
カミラはもう我慢ができないようだ、なのでバターを用意して2、3個試食することにした。焼き立てのパンは熱く、バターを載せるとあっというまに溶け、香ばしい小麦の香りがする生地に流れ込んでいく。
食べると噛んだ瞬間口の中に熱気が舞い込んでかみ続けるたびに小麦の旨味がにじみでてくる。
「最高・・・・」
アビゲイルは思わずつぶやいた。他の3人もそのようだ、夢中で食べている。
「さて残りは予熱をとって、夕食に食べようね。つまみ食いは禁止」
生地は生焼けにはならずにほっとした。
「おいしいから毎日焼きたいけど、作る時間を考えると週末だけとかになっちゃうね」
「そうね、パン作りは楽しいけど手間がかかるってよくわかったわ」
「毎日は無理なの?」
「私もカミラも学校があるし、アビゲイルさんも仕事があるから無理ね」
「えー・・・・・」
パンを見つめながら、カミラはすこし残念そうだ。が、すぐに何か思いついたようで。
「お父さん家に毎日いるから、お父さんが焼いたらいいんじゃない?」
ナイスアイディアと言わんばかりだったが、予想外の方向でみんな笑いだした。
休日も結局誰かのために何かしているような状況だったが、アビゲイルは気にしてなかった。




