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酒場とブイヨン

 酒場は村の大通りに面していた、かなり大きい建物だが、看板を見るとどうやら宿屋も兼業しているらしい。酒場と言われたが昼間は定食屋のようだ、店内にはお客さんがちらほらいて昼ごはんを食べたり、お茶を飲んだりしていた。

「こんにちはー。おまたせしました」

カウンターで奥の厨房に声をかけると、さっきギルドに来てくれたウルバが顔をだした。

「来てくれたんだね、こっちに来ておくれ」

言われてカウンター横の入口から厨房に向かった、厨房にはウルバと肉屋夫婦、そしてもうひとり立派なひげのマッチョなおじさんがいた。

「よお」

「こんにちわ」

肉屋夫婦は挨拶してくれたが、もうひとりのひげマッチョは軽く会釈しただけだった。ウルバがその様子を見て謝ってきた。

「あら、ごめんねえアビゲイルさん、この人うちの旦那、アルっていうんだけど。無口で人見知りでね、慣れたら少しずつ話すだろうから許しておくれ」

「あ、はい、こんにちは」

「さて、これなんだがね、ブイヨン」

ウルバが指差すところには鍋があった。言われたとおりにポトフを作ったようだ。中にはまだ少しブイヨンがが残っていた。

「これ、いい出汁がでていて美味しかったよ、それでね、どうやって作るのか良かったら教えてほしいんだよ」

「いいですよ」

素直にアビゲイルが返事するとウルバとアルは少し拍子抜けな表情になった。

「いいのかい?」

「いいですよ? 別に秘伝とか秘密とかじゃないですし」

「良かった、ぜひ教えておくれ」

 作り方をざっと説明するとアルはちょっと首をかしげた。やはり材料費がかかることを考えているようだ。アビゲイルはそれを見て思い出したことを言ってみた。

「野菜をそのまま使うのはちょっとお金がかかるので、野菜の皮や食べないところを集めて足して作ってもいいと思います。キャベツの芯とか人参や玉ねぎの皮とか。骨も鶏だけじゃなくて牛や豚の骨でもいいんです。大きい骨はちょっと細かく折らないとですが」

「なるほどね、野菜くずや骨ならうちで毎日出るものだからそれで作ればいいね」

「灰汁はそのぶん出ると思いますので丁寧にとって、最後は布で濾すほうがいいかもしれません」

アルは無言でうんうんとうなづいている。

「ブイヨンは他にどう使えるんだい?」

「そうですね、野菜や豆の煮込み料理とか、オムレツを作るときに少しいれてもいいですし、お米があればブイヨンで炊いたりするんです。何かを焼いたり炒めたりするときにちょっと入れてもいいですし。工夫次第でなんでも使えます」

「米ねえ、南の方でよく食べられてるやつだね、この辺には入ってこないけど」

お米は存在するのか、いいこと聞いたなとアビゲイルは思った。

 ダァンッ!!

 ものすごい大きな音がした、驚いて音の方向を見るとアルは早速骨を肉包丁で叩き割っている。すさまじい力だ。ウルバは笑っている。

「やだよ、今のを聞いて早速試したいんだね」

アルは根っからの料理人のようだ。そのアルの背中を無言で見つめるウルバもなんだか嬉しそうだ。 

 残りのポトフを見ながら肉屋の婦人も嬉しそうに言った。

「ブイヨンのおかげでうちの骨も少しは売れそうだね。といっても今まで捨てるものだったからそんなに高くはできないけどさ」

「まったくだ、まあ作り方を見るとそんなにしょっちゅう売れるものではないが、無いよりマシだ」

「お役にたててよかったです」

アルの背中を見ながらウルバはアビゲイルに聞いてきた。

「アビゲイルさんちにはまだブイヨンが余ってるのかい?」

「ええ、今日の夕食分で終わりですけど、クリームシチューを作ろうと思ってます」

「クリームシチュー?」

ウルバが聞き返すと、アルも骨を砕くのを止めてこちらを向き、ゆっくりと近寄ってきた。

「作り方教えましょうか?」

うんうんとアルは大きくうなづいた。


 まず最初にベシャメルソースを作る。鍋にバターをいれ弱火で溶かす、そこに小麦粉を入れ焦げないように練る、小麦粉の粘りが無くなってきたらぬるく温めた牛乳を少し入れてまた混ぜる。混ぜるときに鍋を火からよけておく。

丁寧に混ぜ、混ざりきったらさらに牛乳を足し混ぜる、ナツメグを少し削って入れる。これでソースの完成だ。

 今度は玉ねぎを炒めて、火が通ってきたら鶏肉を加えて塩コショウで味付けする。じゃがいもを加え炒めたら、残っていたブイヨンと牛乳を注ぎ、ローリエを加える。

「ここで白ワインをいれるともっと風味が上がりますよ、残り物でだいじょうぶです。ブイヨンは今日は少ないですけど、もう少し入れるといいと思います」

「スープに牛乳をねえ、温めて飲んだり紅茶に入れたりはしてたけど、スープに入れるのは初めてだよ」

「このベシャメルソースがなくてもブイヨンと牛乳だけでもおいしいですよ」

簡単な説明をしている横でアルはうなづきながら丁寧にメモしていた。

さらに人参、玉ねぎを加えて煮込む。煮込みながら味を整えて、皿に盛るときに刻んだパセリをぱらぱらと降る。

「これで完成です、牛乳じゃなくて仕上げる寸前に生クリームでもいいですよ」

 5人で早速味見をした、アビゲイルはなかなかいい出来だなと思ったが他の4人はもっと感動しているようだった。

「おいしいね~。これはいいよ、とろりとしていて冬に食べたら体も温まりそうだね!」

「こんなにまろやかなシチューになるなんて、このソースがいいよ。他にも使えそうだ」

「いろんな肉で食ってみたいな! だが牛はちょっと合わないかもしれん」

「美味い」

アルが喋ったのでみんなが驚いた。

「ははっこいつはいいや、アルの太鼓判がでたぞ! 早速店のメニューにしたらいいぜ!」

肉屋の主人が楽しそうに笑った。

 ウルバはアビゲイルの手を握ってお礼を言った。

「ありがとうアビゲイルさん、このブイヨンとクリームシチューはいいよ! 早速店のメニューに出して見るよ」

「本当ですか、みんな喜んでくれるといいんですけど」

「新しい味にはみんな飢えていると思うから、誰かがおいしいといえばみんな食べに来るさ」

「良かった」

 アビゲイルは村の人がブイヨンもクリームシチューもほとんど知られていないことに驚きつつ、喜んでもらえて良かったと安心した。

「また何か思いついたら教えとくれ!」

握った手をぶんぶんと振ってきた、ウルバもかなり力があるようでアビゲイルはよろよろとされるがままだった。

 アルは無言で何か手渡してきた。紙袋に何か入っている。見ると中にはパウンドケーキが入っていた。

「わーケーキですか?」

ぶんぶんと顔を横に降ってアルは否定した。ケーキを見てウルバが答える。

「ケークサレだよ、これは甘くなくて塩気のきいたケーキさ。今日のはハムとチーズ、バジルが入ってるよ。神父様たちと夕食にお食べ。今日のお礼だよ」

「ありがとうございます!」


 帰宅後早速エルマとクリームシチューを作り、ケークサレとともに夕食となった。

エルマたちにもクリームシチューは大変好評で、多めに作ったがすべて食べてしまった。ケークサレはふっくらと柔らかく、中のチーズの香りと塩気が最高に美味しかった。

3人がお腹いっぱいで笑顔になっている様子を見て、アビゲイルは癒やされた。ここに住まわせてもらってさらに料理をさせてくれることに心の中で感謝した。


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