第一話『譲れない道』 その2
■一応『登場人物』の名前の読み方等
●宇佐木 聡波 *うさき そうは*
主役です。
●宇佐木 直正 *うさき なおただ*
主役の父親です。
暗闇から光の世界へと、一陣の風のように駆け抜けて行く。
「………!!」
聡波に気付いた警備員の2人が、何事か叫んでいるようだったが、聡波には風の音しか聞こえない。
聡波は、警備員の言葉に興味も示さぬまま、突然の襲撃に対処出来ないでいる2人の内1人を蹴り飛ばし、壁に叩き付けて昏倒させると、その反動のまま、もう1人の鳩尾に回し蹴りをお見舞いして昏倒させた。
「ちょろいな」
そう言いながらも、聡波は警備員2人の呼吸を素早く目配せして確認すると、安堵したように軽く息をついた。
『無事か?』
「とーーぜん」
いちいち確認のように聞こえて来る直正の声に苛立ちながらも律儀に返事を返すと、聡波は傍らの警備員から入り口付近にある監視カメラへと目線の向きを変えた。
帽子を掴んで視界を広げながら、堂々とそれに近付き見上げてみれば、赤外線照射器内蔵型の監視カメラだとすぐ分かる。
このタイプの監視カメラは、稼動中赤い点灯ランプが点いているものだが、それが消えている。
「親父、手紙の通り、監視カメラは切られてるみたいだな」
黒いスーツの上着の、胸の辺りに付けられたマイクに静かに話しかけると、耳に付けたイヤホンから、そうか、と一言、溜息のような声が聞こえてきた。
「とりあえず、罠の可能性は…、低くなったかな…」
綺麗に磨かれた、大きな硝子の扉を押し開けながら、そう言葉を発したとき、イヤホンから少し緊張した直正の声が聞こえてきた。
『聡波、マズイ…』
「どうした?」
『B班からの連絡で、周囲の茂みから白衣姿の男性の遺体が見つかったそうだ。まだ殺されて間もないらしい。まだ犯人が近くに居る可能性がある。気を付けて…』
「了解」
聡波は、返事と同時に走り出した。
建物の中は、間接照明しか点いておらず、薄暗い。
パッと見、まるで病院の中だ、と思いながらも、構わず一気に通路を駆け抜け、非常階段への扉を開く。
周囲に重苦しい音が響き渡るも、聡波はそんな事、気にも止めず、階段を飛び降りる勢いで駆け下り、地下三階の扉を開いて更に走った。
目の前に大きな観音開きの扉が立ち塞がり、そこでようやく聡波は足を止めた。
建物の中は、結構な広さだったにも関わらず、聡波の息は少しも乱れていない。
「親父、今、地下三階の例の場所の扉の前だ」
『…様子は?』
「………誰にも出くわさなかった…」
『…え?』
「………」
どういう事か分からなかったらしい直正の声に、聡波は返す余裕も無く、頭を悩ませていた。
目の前の扉を前にして、何だか嫌な予感がしてならない。
この場所まで辿り着くのに、誰にも見つからずに進めるとは流石の聡波も思っていなかった。
兎も角、ここまで人の気配一つしないとは…。
いくら監視カメラがあったとしても、これが通常ならば、余りにも警戒心が無さ過ぎる。
万能に思える監視カメラにも、それぞれ弱点や死角があり、限度があるのだ。
普通の人間相手ならこれで十分かもしれないが…、生憎、聡波は普通の人間では無かった。
しかも、目の前の扉の向こうからは、微かながら人の気配がする。
「………」
少し考えるように目を左右に動かすと、イヤホンとマイクをそっと取り外して、ズボンのポケットに突っ込むと、軽く息をついて、意を決したように扉に手をかけた。
大きさの割りに、軽い音を立てて扉が開く。
「!」
扉を開けた瞬間、広い室内の中程に、黒いロングコートの男が立っているのが、目に飛び込んできた。
突然の来訪者に少し驚いたような様子で、こちらを振り向いた男の目元には、黒いサングラスがかっており、その表情はハッキリとは読み取れない。
顔をこちらに向けたままでいる男の、体が対面している方に目をやると、隙間無く培養液で満たされた円柱形の水槽があり、その中に聡波と年の変わらないくらいの少女が、膝を抱えて浸かっていた。
「あれまぁ…、こりゃまた小さいねぇ…」
男は、おどけた口調でそう言うと、こちらに体の向きを変えながら、口の端をニッと吊り上げた。