第一話『譲れない道』 その1
今宵は新月、時刻は夜中の三時を回る頃。
暗闇の中、数十人は居るだろうか…。
明かりの届かない森の中に、息を潜める者達が居る。
その者達の視線の先には、森の中だというのに、不釣合いなくらい眩いライトの光が、四方八方から白い建物を照らし、そこだけ真昼のような様を作り出していた。
「聡波、君は、いつも通り組織の殲滅が仕事だ」
「…あぁ」
軽く生返事をすると、聡波と呼ばれた少年は前方を見据えた。
森の中に、一見病院のような、何かの施設を思わせる、白い大きな建物が不自然に建っている。
表向きは、どこぞの金持ちの別荘ということになっているらしいが、中で何が行われている事やら。
聡波には、それが何なのか、想像せずとも分かっていた。
否、知っていた。
「君を援護する者達が、四部隊に分かれて森の中に待機している。聡波は、聡波のやりたいようにやって良いからね」
「言われなくてもそうするよ」
いつも自分に指令を出す男を横目でチラリと眺めやると、不安気にこちらを見ていて目が合った。
聡波は、それが分かった途端、不機嫌に顔を顰めて、その男、宇佐木 直正を睨み付けた。
「うぜぇよ、その顔」
「ごめんな…、聡波…」
直正は、一言そういうと、苦悶に顔を顰めて俯いた。
直正の態度に、ただ苛立ちだけが募る。
「だからいちいち謝んなよ!人が気合い入れてる横で、そんな辛気臭ぇ顔されると、やる気無くすんだよね!そこんとこ分かっててやってんのか!?」
「あ、あぁ、すまない、本当にすまない。もうしないよ」
今から奇襲をしかけようというときに、聡波が声を張り上げたので、直正は顔を青くして慌てて両手を挙げて聡波を制した。
その様子に、聡波は諦めたように深く溜息を吐くと、前方を見据え直した。
視線の先に、森の中だというのに、違和感のある白い建物が建っている。
さて、どうしたものか…。
「………」
密告者からの手紙に同封されていた地図は、もう頭の中にある。
監視カメラの位置も分かっている。
一緒に入っていた写真も全て記憶した。
他の者を茂みに身を隠させ、数日間監視もさせた。
それでも、これが罠である可能性は、高い。
しかし聡波は、まぁ、中に入れば分かるか、と心の中で呟くと、直正の方を見もせずに歩き出した。
「…行って来る」
「行ってらっしゃい」
不安を噛み殺した、直正の優しい声を聡波は背中で聞き流した。
入り口は、前方と後方、それから建物の側面と、全部で三つある。
「…面倒臭ぇ…、とりあえず正面行ってみっか…」
小さな声で呟くと、着けていたイヤホンから、無茶しないでよ、と直正の慌てた声が聞こえて来たが、聡波は構わず身を屈めた姿勢で走り出した。
幸いな事に、今日は時折強い風が吹いていて、腰の丈まで生えた草や周囲の木々のざわめきが、聡波の足音を完全に消してくれている。
それでも周囲を警戒しつつ、聡波は正面入り口付近の草むらに身を隠した。
「………」
扉の前に警備員が2人。
欠伸をしたりと退屈そうな様子から、中で何が起こっているのか、多分知らないのだろう。
ま、もし知っていたとしても、中にもっと詳しく知っている奴が居るだろうから、構いやしないが…。
そう考えて、聡波は周囲を見回した。
建物には窓はあるが、全て曇り硝子で中は全く見る事が出来ない。
これから、どうするか…。
色々考えた末、やはりこっそり入るのは無理そうだと判断した。
「仕方ねぇ…」
聡波は被っていたテンガロンハットを目深に被ると、一気に走り出した。
ちょっと、吃驚するくらい長くなったので、分割しました。
詰まったり引っかかったりと下手ながらに頑張って行こうと奮闘中です!