表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/23

(6)息子の我が儘

本編『奏』第19話、20話の「音楽祭 閑話休題」に関するお話です。

(※本編と直接関係はありません)

【登場人物】

真生まさき…諷杝の養父。

海中わたなか 諷杝ふうり…彩楸学園高校2年生。

高瀬たかせ 也梛やなぎ…彩楸学園高校1年生。諷杝のルームメイト。


「お? 珍しいな」

 久しぶりに来た息子からのメールに真生(まさき)は驚いた。

 たまに様子聞きがてら、こちらからメールを送ったり電話をかけたりすることはあっても、彼の方から連絡を寄越すことは滅多と無かった。

 何か起こったのかと逆に心配になりながら、受信ボックスを開いた。

「えーっと、何々……? △△ホテルのバイトは無いかって?」

 息子の諷杝(ふうり)が送って来たメールの内容は、何とも突然なものだった。

 △△ホテルは真生の友人が経営している、そこそこ大きなホテルである。しかし一体どこからこのホテルの話が出てくるのか。

 真生は暫く考えたがさっぱり分からず、とりあえず本人に電話をかけてみることにした。

 午後九時過ぎ。まだ寝てはいないだろう。

『……はい、もしもし諷杝です』

 コール音二回の後、久しぶりの声を聞く。

「もしもし、俺だ、真生だ。あのメールは一体何だ?」

 単刀直入に訊く。諷杝は意味を理解する間を少し取ってから、『ああ』とうなずくように言った。

『えっと、△△ホテルでバイトがしたい、ということです』

「……悪い。まだよく分からないんだが……」

 そう、たまに彼とは会話がすんなり通じない時がある。これは彼の亡くなった本当の父親にも当てはまったことで、真生は辛抱強く相手をすることを心得ていた。

「まず、どっからそのホテルが出て来て、お前はなぜバイトをしたいと思い、俺にどうして欲しいのか教えてくれないか」

 ゆっくり、知りたい情報を伝える。電話の向こうで諷杝が小さく笑った。

『すいません、説明します』

「ああ、頼む」

 真生は聞く態勢に入り、諷杝の話に耳を傾けた。

 彼がゴールデンウイークに連れてきた友人・也梛(やなぎ)が、今度ピアノの演奏会をすることになったという。その場所が△△ホテルであり、そこで開かれる催しの一部であるそうだ。

 しかし也梛は諷杝を招待しなかったらしく、それでも何とか聴きたい彼は、バイトとして潜り込むことを思いついたらしい。

「なるほどそれで、△△ホテルを経営してる友人がいる俺か」

 納得した。真生は苦笑した。

『……真生さん?』

「そこまでやるってことは、相当なもんなんだな」

 自分が知る限り、彼がここまで行動する程の友人は今までいなかった。常に傍らで生活を共にして来たわけでは無かったが、彼の交流は広く浅くが基本であったと思う。

「分かった。今日中に確認しておいてやる。えっと、諷杝と……」

『僕と、もう一人の二人分』

「はいよ、了解した」

『ありがとうございます!』

 電話の向こうで声が弾む。彼の笑顔が目に浮かんだ。

 ああ、直に目の前で見たかったな、と思う。

 真生は困ったように眉をしかめ、「ところで」と切り返した。

「お前、今何やってんだ? まだ帰って来ないのか?」

 ずっと気になってしょうがなかったことを訊く。そう、もう八月に突入していると言うのに、寮暮らしの彼はまだ帰省して来ない。真生の実の娘であり、諷杝の妹にあたる茜が、そろそろうるさくなってきた。

「茜が毎日ブーブー言ってるぞ。早く帰って来いーって」

『はい、最近遥音(はるね)さんの携帯からよくメールが届きます』

 諷杝が困ったような声で答えた。

『今は音楽祭の合宿中なんですが……言ってませんでしたっけ?』

「聞いてないな」

 妻の遥音も何も言っていなかったような気がする。しかし諷杝は別に隠すつもりではなかったらしく、慌てて付け足すように言った。

『八月の九日と十日に、彩楸学園で音楽祭があるんです。真生さんたちも暇だったら見に来て下さい』

「あのなあ諷杝、そういうことはもう少し早く……」

『え、あ、無理ですか?』

「いや、行く。お前の出番は見に行くに決まってるだろう。正春も連れて皆で行く。だが次からはもう少し早く言っといてくれ」

 息子が寮で生活し、今何に取り組んでいるのか分からない親の気持ちを知ってほしい。

『すみません。何か成り行き上、僕が副委員長になってしまって……バタバタしてて』

「え? 諷杝が副委員長!? 何かの間違いだろ?」

 真生の目が思わず点になった。あの真面目で面倒見のよさそうな也梛ならともかく、まさか結構面倒臭がりな諷杝がそんな役を引き受けるなんて。

 知らない間に息子は進化を続けているようだ。全くうれしいやら、その姿が見れず悲しいやら。

『真生さん失礼だなー。まあ僕も進んでやったわけではないですけど』

 諷杝が苦笑する。一年前と違って、だいぶ軽やかだ。

「じゃあこっちに帰って来るのはそれが終わってからか」

『はい、そうなります』

 少し、ほっとする。彼が帰って来てくれることに安心する。

「お前の両親の墓参りも行かなきゃなんだから、ちゃんと音楽祭の報告できるようにしとけよ」

『はい。じゃあ真生さん、バイトの件よろしくお願いします』

「ああ、分かった。またな」

 真生は電話を切った。これから、例の友人にコンタクトを取らなければならない。

 携帯のアドレス帳から友人の連絡先を探しながら、我知らずふっと笑みを零す。

「全く俺は息子に甘いな……」

 しかし滅多にない頼みだからこそ、何とかしてやりたいと思うのだった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ