(5)相田とあやめ
第13話以降の「音楽祭」編にて登場する雲ノ峰高校2人のお話です。
【主な登場人物紹介】
・淡海 あやめ(おうみ あやめ)…雲ノ峰高校2年。将の幼馴染みで音楽仲間。
・相田 将…同上2年。音楽祭実行委員長。
【その他】
・海中 諷杝…彩楸学園2年。音楽祭副委員長。
・並早…彩楸学園の英語教諭。音楽祭の担当教員。
「まーた海中に上手いコト仕事押し付けられてー」
淡海あやめは隣に立つ彼――相田将を見上げて脇腹を小突いた。
彼とは中学高校と同じで、中学の頃から一緒に音楽をやっている。
「だってあの笑顔だぞ……詐欺だよな」
「何回引っかかってんのよ、将ちゃん」
あやめは呆れた声で言って肩をすくめた。結局彼はいつも人が好すぎるのだ。
相田は一見、運動部かと思う程がっしりとした身体つきをしている。これは趣味のランニングで鍛えられたものなのだが、スポーツ刈りの頭なのも相俟って、音楽をやっているという事実に驚く人も少なくない。
「そういえば今日、俺らのところが調理担当だったな」
現在、音楽祭開催に向けて、開催場所の彩楸学園にて合宿中である。
参加校はあやめたち雲ノ峰高校以外にもあり、総勢六十名はいる。調理は朝昼晩とそれぞれ二グルーブずつ割り当てられていて、あやめたちのグループは今日の夕飯だ。
「ちょっとカレーに工夫したいよなあ」
相田がうーんと考え始める。そう、意外と言っては失礼だが、彼は料理もできる。つい最近、実行委員副委員長の海中諷杝に、「淡海さんより女子力あるんじゃない?」と言われた程だ。
「あ、委員長!!」
前方からパタパタと走ってくる男子生徒がいた。同じ実行委員メンバーで、彩楸学園二年の世良だ。
「並早先生が、明日のスケジュール調整をしてほしいって言ってた。二グループが練習場所の変更を届け出てて、部屋分けも確認する必要があると思う。部屋の方はオレが海中たちとやるから、スケジュール頼んでも良い?」
「ああ、分かった。夕飯後にまとめた物を俺の所まで持って来てくれ」
「了解! さすが委員長、仕事が早いわ」
世良がにっと笑って、またパタパタと駆けて行く。
そう、相田はリーダーシップがあって、周りからの信頼も得られる人だ。当然あやめのいる音楽グループのリーダーも彼だが、メンバーたちはすごく頼りにしている。
相田は制服のズボンのポケットから携帯を取り出し、画面をスクロールさせた。きっとメモ帳か何かに明日のスケジュールを記録しているのだろう。
相田が眉をしかめ、面倒臭そうな表情になった。
「げ……明日って結構ギチギチスケジュールじゃねーか……」
明日は音楽祭前日。本格的な舞台設営などをしなければならない。
「しかも明日は……」
相田が何か呟きかけて、結局最後まで言わずにため息を吐いた。
「どうしたの? 将ちゃん」
「いや、何でもない。とりあえず並早先生のトコに行こう」
相田は携帯をまたポケットに突っ込み、職員室のある棟へ向かった。当然のようにあやめもその後に続く。
職員室では今回音楽祭の責任者になっている並早教諭が、一人コーヒーを飲んでいた。机の上には英文が踊る雑誌が広げられている。並早はあやめたちに気付くとそれらを脇にどけ、こちらに体ごと向き直った。
「わざわざごめんね。僕が勝手にいじるわけにも行かないから、一応君に確認してもらおうと思って」
「分かりました。えっと、どうなってるんですか?」
「実はこのグループがね……」
並早が何やらメモした紙を取り出し、相田と共に覗き込んだ。二人の相談が始まる。
あやめは少し離れた所から二人の様子を眺めていた。特に、相田の広い背中に目が行く。
(将ちゃんしっかりしてるなあ)
こんなふうに相田が先生と話している所を見るのは珍しくない。彼は先生相手にも、いつも対等であるかのように向き合っている。それは変な対抗心や見下しからくるのではなく、彼の素直で真っ直ぐな誠実さからきているように思えた。
話しが終わり、職員室から出た所で、「あの……」と声をかけられる。相手は二人組の女子で、視線は相田の方に向いていた。
あやめにとってはこれも慣れたパターンだった。自分たちの高校でも、かつての中学でも、このような場面によく行き当たっていた。それももう何十回と。
「将ちゃん、先に食事の準備行ってるから」
あやめは軽く手を上げると、その場をさっさと立ち去った。
別に相田がモテて、告白されようが構わない。相田はあやめの持ち物ではないからだ。そして、彼氏彼女でもない。よく周りからは勝手に付き合ってると勘違いをされるが、それは違う。
あやめは純粋に相田のことを好きではあったが、今の関係を壊そうとは思っていなかった。彼と同じグループで、共に歌う。一緒に活動する仲間でありたい。
(でも……)
一方で、わずかに思う自分もいる。もし相田に彼女ができてしまったら、全く素知らぬ雰囲気は装えないだろう、と。
「……我が儘だなあ、私」
「何を今サラ。あやめは元からそうだろう」
気付くと相田がすぐ横に並んでいてびっくりする。
「あれ、将ちゃん。もうお話は終わったの?」
「え? ああ。この前の夕食のシチューについて、隠し味はあるのかと聞かれただけだ」
「何それ。さっすが女子力高い将ちゃん」
あやめは吹き出した。どうやら今回もまだセーフのようだ。果たして彼に彼女ができた時、自分はこうして笑えるだろうか。
相田は照れ臭そうに頭をガシガシとかいた。
「絶対訊く相手間違ってるよなあ……」
「あはは」
笑いながら、あやめは心の中で願う。
(お願い、もう少しこのままでいさせて)
彼と一緒にする音楽が、まだまだ続きますように、と。
終