(4)千佳と彼
(※本編と直接関係はありません)
【登場人物】
・臣原 千佳…彩楸学園高校1年生。
・高瀬 也梛…同上。千佳と同じクラスの男子。
・笠木 矢㮈(かさぎ やな)…同上。千佳と同じクラスの女子。
臣原千佳は、友人の笠木矢㮈曰く、『顔はかわいい、スタイルも良い、スーパー美少女』だそうだ。ただし性格は少々男っぽくあっさりしている――だがこのおかげで同性からも好感を持たれているのは救いだ。
そんな彼女がただ今専ら夢中になっているのは、部活動の陸上と、『彼』である。
彼――今年学年トップの成績で入学したと噂されている、同じクラスの高瀬也梛だ。彼は常にどこか近寄り難い雰囲気を醸し出しているが、それくらい千佳にとっては何でもない。
千佳には分かる。彼は頭が良い――いろんな意味で頭の回転が速い。多分自分も似た部分があるからこそ、気になる。
「……ってゆーか、今日の日直の仕事ふざけてるでしょ! 何で女子に力仕事なの!?」
千佳は教壇前の台に積まれたノートとプリントの山を見てうんざりした。全く、シンジラレナイ。
日直のせいで部活も遅れることになり、本当に最悪だ。しかもこういう日に限って、普段暇そうな連中はもうとっくに下校している。つまり、手伝ってもらえない。
「これは二往復かしら……」
千佳はため息を吐いて、まずプリントだけを抱えて職員室に向かおうとした。
「――うわっ」
丁度廊下に出ようとした所で、思わずぶつかりそうになった二人は同時に声を上げた。
振動で上の方の数枚がひらひらと床に落ちた。
それを彼――高瀬は拾って、元通り千佳の持つ束の上に乗せた。
「ああ、日直か」
そして、千佳を通り越して教壇前の台の上に積まれたノートに目を遣った。
「もしかして、ノートも?」
「ピーンポーン。先生も何考えてんのよ、って感じ」
「笠木は手伝ってくれなかったのか」
「アイツは早々に帰って行っちゃったわよ。薄情者―」
千佳は「あ」と高瀬を見上げた。
彼は嫌な予感とばかりに横を向いて、しかしため息を吐いて教壇まで行きノートの山を抱えた。ついでとばかり、千佳の腕の中のプリントも半分程引き受ける。
「さっすが高瀬君。やっぱ黙って手伝ってくれる男子はカッコいいわー」
「……そりゃどーも」
高瀬はさっさと廊下に出て行く。
こうして普通に喋れるようになったのも、まだ最近のことである。そしてまだまだ千佳の一方通行が多い。
「そういえば高瀬君は何でまだ教室に? いつももっと早いよね、帰るの」
「まあ、色々」
「もしや誰かに告白されたとか!?」
「……何でそーなる」
高瀬が長いため息を吐く。
「全くお前といい、笠木といい、女子って何でそんな――」
ぶつぶつと彼は言い始めた。千佳は思わず黙る。
(二回目だね……)
彼から彼女の名前が出て来たのに、心なしか苦笑する。
笠木矢㮈。
千佳が彩楸学園に入学して、一番に仲良くなったクラスメイトだ。
千佳は、矢㮈がいつの間にか高瀬のことを呼び捨てで呼んでいることに気付いていた。それはごく自然な流れだったので、千佳もあえてその訳を聞いていない。とりあえず傍から見る限り、彼女と高瀬は仲が良い彼女彼氏ではなく、むしろ逆の関係に近いからだ。
(まあそーゆーのに限って、だんだん意識するようになっちゃうのよねー)
再び、苦笑が漏れる。
そんな関係の友人たちを、これまで何度も見てきている。そしてさらに言えば、千佳が惹かれる男子には皆、彼女になり得る可能性の女子が側にいた。
(高瀬君は色々面白そうだと思ってるんだけどなあ……)
多分、まだ『好き』より興味の対象だ。
そして同時に、友人の矢㮈もまた『面白い友人』だった。
「……どうした?」
「え?」
気が付くと、数歩前で高瀬が立ち止まってこちらをふり返っていた。どうやら自分の足が止まっていたらしい。
「あ、ごめん。――一応心配してくれたんだ?」
「まーな、一応。いつもうるさいくらいの臣原が静かなのは珍しい」
臣原。自分の名字を呼ばれて、一瞬ドキリとする。
今まで何千回と呼ばれてきたのに、何でこうもうれしいんだろう。
千佳は呆然と高瀬を見つめた。彼は眉をひそめる。
「……何だよ」
――もしかしたら、もうすでに変わってきているのかもしれない。
興味の対象から、違うものに。
「……ねえ高瀬君。今度、今日のお礼にデート申し込んであげよっか?」
「――何だ急に。……別に、お礼程の仕事じゃないから結構だ」
高瀬が無表情で断って前を向く。千佳のデートに釣られないレアな男子。こういう所がまた、気に入ってしまうのだ。
千佳は断られたにも関わらず、クスリと楽しそうに笑った。
終