(3)水無月祭+α
本編『奏』第6~8話「梅雨と水無月祭」直後のお話です。
(※時系列は本編の続きになりますので、本編未読の方には一部内容が分かり辛い可能性があります)
【主な登場人物紹介】
・笠木 矢㮈(かさぎ やな)…1年生。
・高瀬 也梛…1年生。キーボードを弾く。
・海中 諷杝…2年生。ギターを弾く。
一.
彩楸学園では、梅雨の時期に水無月祭が行われる。梅雨のじめじめ鬱々とした気分を吹き飛ばしましょうという意味合いの催しで、その内容は仮装行列である。全学年各クラス仮装のテーマは自由だが、選択ミスをするとこのじめじめの中、着ぐるみを着て校舎内を練り歩かねばならない。この高湿度のくそ暑い中を。
仮装行列の終点は体育館だったが、矢㮈は到着後に友達の用事に少し付き合うことになり、クラスの写真撮影大会そっちのけで別行動をとっていた。偶然というか必然にもその「用事」で同じクラスの高瀬と一緒になり、二人は急いで教室に戻るところだった。
矢㮈と高瀬は教室に戻る手前の渡り廊下で同じクラスの千佳に見つかった。
「あ、発見! てか何で笠木も一緒なのよ!」
――ああ、これは何だか面倒臭い。普段決して仲が良いとはいえない高瀬と一緒にいるところを見つかってしまって、矢㮈は思わず天を仰いだ。
答えあぐねている矢㮈に構わず、高瀬が口を挟んだ。
「途中で会って、この着ぐるみ脱ぐの手伝ってもらっただけだ」
確かに全て事実ではある。矢㮈は不覚にも彼の頭の回転の良さに感心してしまった。
「あー、もう脱いじゃったのかあ」
高瀬の手にあるオオカミの着ぐるみに、千佳がデジタルカメラを片手に項垂れる。どうやら撮影するつもりだったようだ。高瀬が半歩下がって、どこかほっとしたような表情をした。
だがすぐに千佳は顔を上げてふっと笑う。
「まあ、もう既にいっぱい撮ったんだけどね」
「……それは隠し撮りか?」
「フフフフフ。スーパーテクニックよ」
高瀬の問いに答えていない返答をし、千佳がカメラを大事そうにしまいかけて――ふいに思い出したように矢㮈をふり返った。
「そうそう。笠木と写真撮ってなかったから、撮ろうと思ったんだった」
千佳は高瀬にカメラを渡した。
「高瀬君、お願いして良い?」
「――良いのか? 俺はこのカメラを壊すかもしれないぞ」
高瀬が半ば本気で訊く。すると千佳はにっこり笑った。
「実は他の子にも撮ってもらってるから、写真は焼き増ししてもらえるの。それに、それ壊したら高瀬君はあたしの言うこと聞かなきゃならなくなるよ?」
「……確かに」
高瀬がため息を吐いてカメラを持ち直す。
つまり、カメラを壊したとするともちろん悪いのは高瀬の方なわけで、弁償なり何なり、千佳に強く出られなくなるということだ。
(……何なの、この二人)
たまにこの二人は変な頭の回転を見せる。
「あー、やっぱり高瀬君はいいなあ」
矢㮈の隣に並んで、千佳が小さく呟いた。
一体どこが――といつもの如く思ったが、黙っておく。彼女は高瀬がお気に入りなのだ。
千佳と撮り終えると、矢㮈の両脇にいつの間に来たのか同じクラスの松浦と衣川が並んでいた。
「臣原さん、オレたちも」
「いいけど……すごい組み合わせね」
シンデレラの相手役王子に、マッチ売りの少女、そして小ヤギ。
順に、松浦、矢㮈、衣川である。
「逆に面白いでしょ?」
衣川がニヤリと笑う。
「……」
矢㮈は何とも言えなかった。――まさかこうして男子二人に挟まれて写真を撮ることになるとは思わなかったのだ。しかも、他の女子たちにバレたら即反感を買いそうな二人に。
「ちゃんとちょーだいね」
松浦が千佳に笑うと、彼女は「ジュース一本と引き換えね」ともれなく答えた。
後片付けがあるので急いで戻らなければならない。渡り廊下にいるのはもう矢㮈たちだけだった。
先を行く千佳の手にあるカメラを見て、矢㮈は今さらながらにはっとした。
(……諷杝のキジ姿、撮っとけば良かったな。かわいかったのに……)
先程体育館で見た、一つ先輩の姿を思い出す。
「お前、諷杝のキジ姿撮っとけば良かったとか思ったろ、今」
隣でボソリと高瀬が呟く。
「なっ、何で分かったの!?」
「顔に出てる」
「はあ?」
そんなバカな――いや、あり得るかも……。
と、急に千佳がくるりとふり返ってカメラを構えた。
「え?」
矢㮈と、高瀬の声が重なる。
千佳がニヤリと笑った。
「笠木はおまけね。あたしが撮ったのはあくまでも高瀬君だから」
「……」
いや、今のはひょっとして――。
矢㮈は周りをきょろきょろ見回した。高瀬が目を細めて千佳のさらに前を行く男子二人を見る。
――ひょっとも何もない。
「……まさかお前とツーショット撮られるとは思わなかった」
「こ、こっちだって!」
これは事故だ、うん。矢㮈は不覚を認めたくなくて、無理やり己を納得させた。
しかし数日後、ご丁寧に千佳はその写真の焼き増しをくれたのだった。もちろん真ん中には高瀬、そして右端に矢㮈がギリギリ映っていた。
二.
「こら諷杝―っ!! 一体どこほっつき歩いてたんだっ!」
体育館に急いで戻ると、同じく役員の貧乏クジを引いた佐々木が腰に手を当てて立っていた。
彼が本気で怒っていないことは分かっていたが、彼の『浦島太郎』のカメ姿が余計にアンバランスで、諷杝はつい吹き出してしまった。
「何笑ってんだよ。ほら、オレらはもう後片付けの指示出さなきゃなんねーぞ」
「あれ? もうそんな時間?」
「そうだよ。全くお前は。――って、濡れてるじゃねーか。外出たのか?」
「ああ、うん。ちょっと」
「……早くその仮装脱いで上は着替えろ」
佐々木は手のかかる弟に言うように言って、手に持っていたタオルで諷杝の頭をガシガシと拭いた。諷杝はされるがままだ。ただ佐々木を見ながら、
(こういう所、誰かサンと似てるんだよね……)
ふとルームメイトの仏頂面を思い出す。ルームメイトの彼とはまだ会って一年も経っていない。
しかし諷杝の何を気に入ったのか、わざわざ自分の元に来て色々と世話を焼いてくれている。――今回の『ヒノキ』の件もそうだ。
「何楽しそうな顔してんだ、子どもみたいに」
佐々木が苦笑した。
「え、してた?」
「うん。もう少しでニヤけて怪しいトコだったぞ」
佐々木が拭く手を止めて、「よし」と頷いた。
「さっさと後片付けやって役員も終わらせちまおーぜ」
カメがくるりと背を向ける。その後を、キジが一羽追いかけて横に並んだ。
「もしかしてお前、写真撮ってもらってねーんじゃねーの? 外出てたなら」
「ん? さあ? でも別に良いよ。写真に納まる程のキジでもないし」
「お前らしい」
佐々木が笑うのを聞きながら、でも、とふと思った。
(あのかわいいマッチ売りさんと、レアなオオカミは撮る価値あったかも)
心の中で一人笑う。
『諷杝、どうかしたの?』
『お前だけのことじゃねえだろ』
――親しくなった友人たちは、全く面白いことを言う。
諷杝は心の中で、友人たちに「ありがとう」と呟いた。
終