(20)松浦と近寄りがたいヤツ
【登場人物】
・松浦 大河…高瀬とは1年、3年で同じクラス。バスケ部所属。
・高瀬 也梛…学年でも上位の成績優秀者。キーボードを弾くことと、作曲が好き。
・笠木 矢㮈…上記同級生。バイオリンを弾く。
・衣川 瑞流…上記同級生。
・臣原千佳…上記同級生。
一.
初めの印象はまさに『近寄りがたいヤツ』。
教室中ほどの列の一番後ろの席で分厚い本を読んでいる黒髪眼鏡男子。背筋はピンと伸びて無駄に姿勢が良い。
そんな彼の方を、クラスメイトたちがたまにちらちらと横目に伺っている。だが完全に自分の世界に入っている彼は、全く気にしていない。
「あいつ、試験の成績トップだったやつ?」
「え、マジで。ホントにうちのクラスだったんだ。そういうやつって特進じゃねえの」
名簿で近くの席になった中本と橋本がこそこそと話す声が聞こえて来て、オレは思わずそちらに目を向けた。
「それ、あの高瀬のこと?」
「そうそう。噂で聞いた。松浦も知らなかったか?」
「うん」
へえ、試験の成績トップか。まあ、見るからにガリ勉が似合いそうな感じはするけど。
もう一度教室の後ろを振り返ると、相変わらず本を読む彼の姿が見えた。自分は初対面でも割と平気に話す方だと思っているが、彼に話しかけるには少し躊躇する。
(話しかけるなオーラ全開だもんな……しかも何か黒いの見える気がするし)
高瀬也梛――それが彼の名前だった。
気になりつつも、なかなか声をかける踏ん切りがつかないうちに、早くも四月が終わろうとしていた。
高瀬と初めて面と向かって会話を交わしたのは、五月の連休明けだった。
五限のホームルームの時間に、クラス交流会と称してホットケーキパーティーが催された。その時に同じ班になった男子の一人が高瀬だった。もう一人は衣川瑞流という中性的な顔立ちの小柄な男子で、こちらとは何度か話したことがある。
高瀬はなぜか同じ班になった臣原千佳という女子に気に入られているようで、ぐいぐいと話しかけられていた。それに対して少し及び腰なのが彼にしては珍しい。
(臣原さんすげえ)
オレは素直に感心してしまった。
そしてこれまたなぜか、同じ班のもう一人の女子・笠木矢㮈がそんな高瀬と臣原さんを見て笑いをこらえていた。――一体どういう関係なんだろう?
実家が洋菓子店だという笠木さんのおかげでホットケーキはオレの人生の中で一番おいしそうなものができあがった。中でも盛り付けが素晴らしく、多分クラスで一番だったんじゃないかなと思う。
「まだクリーム余ってるけど、誰かいる?」
笠木さんがクリームの入った絞り袋を手に訊いてくるが、すでにケーキの上には十分な量のクリームがのっている。経験上、ここで無理をすると間違いなく胸やけするだろうことが分かる。まだこの後部活も控えているし遠慮しておこう。
「オレはもういいかな」
「俺もこれで十分」
フルーツを頬張りながら衣川も答える。
「千佳ちゃんは?」
「うう……食べたいけど、多分これ以上食べたら自分を許せなくなりそう……」
臣原さんは暫く一人で葛藤して、誘惑を振り切るように顔を背けて「やめとく!」と言った。
「じゃあ他の班にも聞いてみよっか」
「ちょっと待て」
隣の班の方へ向かおうとした笠木さんを引き留めたのは高瀬だった。
「何よ?」
「何で俺をスルーするんだ」
高瀬は仏頂面でじとりと笠木さんを見る。笠木さんは軽く首を傾げ、
「え? 高瀬もしかしてまだクリーム欲しかったの?」
「逆に、何で訊かずにいらないと思ったんだ?」
「いや、全然想像できなくて」
笠木さんの口から正直過ぎる言葉が漏れる。横で聞いているオレも同感だった。
「こいつらには訊いておいて……」
高瀬はオレと衣川をちらっと見ながらぶつぶつ言う。笠木さんは「ごめんってばー。はい、じゃあ好きなだけどうぞ」と言って絞り袋を高瀬に渡した。
そして、オレはとても信じられないものを目の当たりにした。
高瀬がその絞り袋をケーキの上に構えたと思うと同時に、ほとんど全部を絞り出したのである。
「は?」
高瀬以外の班メンバー全員がその光景に釘付けになった。
当の高瀬は平然とした顔で、ぺしゃんこになった絞り袋をまるめてゴミ袋に突っ込んだ。
「……何やってんの、あんた」
ポカンとしたまま笠木さんが言う。
「追いクリームをして何が悪い」
完全に開き直っている高瀬は心なしか満足そうな表情に見えた。
(マジかよ……)
その瞬間、オレの中で高瀬也梛のイメージは一変した。
「高瀬君、とんでもない甘党だったんだ……ギャップ萌え……」
臣原さんが顔を覆って突っ伏している。その向かいでは衣川が腹を抱えるようにして丸まっていた――小刻みに震えているのはきっと笑い声を出すのを堪えているからだろう。
「ちょっと、あたしが頑張ったデコレーションはどうしてくれるのよ!」
「もう十分目に焼き付けた。それで良いだろ」
「そういう問題じゃないでしょー!」
いつの間にか笠木さんが文句を言っていたが、高瀬は適当に流している――あれ? この二人意外と仲良いな? いつの間に?
そんなことを思いつつ、オレも普通に高瀬に話しかけていた。
「高瀬、気を付けないと将来糖尿病になるぞ?」
「大丈夫だ。そうなっても過去の自分を恨んだりしない」
そういうことじゃないだろ。何なんだこいつは。
思わず噴き出してしまった。隣では衣川がすでに声を押し殺しきれずに爆笑している。
周りの班が不思議そうにこちらを見ていた。
(高瀬って案外面白いやつなのかもしれない)
もう声をかけるのを躊躇う必要もないだろう。明日からは普通に絡みに行こうと思った。
二.
ホットケーキパーティーの件以来、オレは臣原さんに負けないくらい高瀬に声をかけに行くようになった。初めは面倒臭そうにしていた高瀬も、やがて諦めたのか慣れたのか、いつの間にか挨拶くらいは普通にしてくれるようになった。
付き合っていくうちに、彼が実は面倒見が良いことに気付かされた。オレは衣川と笠木さんと共に、テスト期間前はいつも高瀬先生にお世話になることになった。
それは二年になっても、そして三年になった今も変わらない。
「三年になったらさすがに特進行くと思ったけど」
高瀬は成績優秀者にも関わらず、二年に引き続き三年になってもオレたちと同じ普通科クラスにいた。
数学の問題を解いていたオレが全く関係ない世間話をし始めたので、高瀬は怪訝そうな顔を向けた。
「いきなり何だ」
「いや、ふと思い出したから言っただけ」
本当にふと思いついて口から出ただけだった。丁度集中力も切れて来たところだったから、オレはうーんと伸びをしてそのまま話を続けることにした。
「特進クラスの方がレベルも合ってると思うし」
何より、周りの生徒のモチベーションと姿勢も違うだろう。
高瀬は暫し考えるように手元の本に目を落とした。
今日は授業で出た課題で躓いた部分があったので、高瀬に頼みこんで放課後に残ってもらっていた。そう、何だかんだ言いつつも都合がつけば付き合ってくれるのだ、こいつは。
「……別に特進に行く意味がなかったからな」
ボソリと高瀬が呟いた。
その時、オレの頭の中にいつかの記憶が過った。
『特進クラスはもううんざりだからだ。俺はそのためにここへ来たんじゃないからな』
あれは二年になったばかりの春だっただろうか。
あの時も確か彼が特進に行かなかったのを不思議に思って、衣川と一緒に首を傾げたのだ。
オレは「秀才の考えることってよく分かんねえな」と思っていた。
「なあ、高瀬はどこの大学行くの?」
何となく、こいつにはもう目指すところがあるんだろうなと感じていた。
高瀬が本から顔を上げて、相変わらずの仏頂面で口を開いた。
さらりと出て来た大学名は、オレが想像すらしていないところだった。まず、自分には全く縁のなさそうな大学だった。
(それは確かに、特進に行っても受かるとは限らないな)
高瀬が進もうとしている世界は、高校の勉強だけでどうにかなる世界ではない。それはオレにも分かる。
「あ」
そこでふともう一つ気付いたことがあった。中途半端に出した声に高瀬が「何だ」と言わんばかりに眉根を寄せる。
「笠木さんもそっち系じゃなかった?」
「……恐らくな」
高瀬は曖昧に答えたが、きっとそうなのだろう。
「ほら、そろそろ小休憩は終了だ。早く終わらせてしまえ」
ちらりと時計を見て高瀬が言う。
「悪いがあと三十分したら俺は行くからな」
「あ、この後何か用事あった?」
「練習に行く」
何の、と聞こうとして自分の中で答えを見つける。
先程の進路の話で答えは出ていたではないか。高瀬は高瀬の受験勉強をしているのだ。
それなのに自分の課題に付き合わせている現状に思い至り、少し申し訳ない気持ちになった。
「急いでるならもう行っていいよ。だいたい分かったし」
ありがと、と短く礼を伝えると、高瀬は呆れたように問題集の一か所を指さした。長くすらりとした人差し指だった。
「そこ、思い切り間違えてるぞ」
「え、うそ。――ごめん、やっぱりあと十五分だけ待って! ここ解説頼む!」
オレが拝むのを見て、高瀬がふっと笑った。
「あと三十分で片付けるぞ。しっかり理解しろ」
「はい! 高瀬先生!」
「誰が先生だ」
高瀬の教え方はどちらかと言うとスパルタだが、それでも根気強く付き合ってくれる。これまでも、バイト時間ギリギリまで教えてくれたことが何度もあった。
「高瀬、今度何か甘いの奢るよ。今日のお礼」
「言ったな。それなら今カフェテリアでやってるフェアの――」
高瀬が呪文のようなスイーツの名前を唱えるのを聞きながら、オレは思わず噴き出した。
それ、女子たちが言ってるのしか聞いたことねえぞ。
Fin.
読んで下さってあがとうございました。
松浦視点の、高瀬とのお話でした。高瀬にとっても松浦や衣川は、諷杝や若宮とはまた違う同級生だと思います。イベントごとではもっと彼らとわちゃわちゃしててほしいなあ。
(2024.11.05)




