(18)高瀬のバレンタイン(高二)
本編『奏』第96話・第97話「受験生の息抜き」に関するお話です。
【登場人物】
・高瀬 也梛…彩楸学園高校2年生。
・臣原 千佳…同上。
・衣川 瑞流…同上。
・笠木 矢㮈…同上。
・松浦 大河…同上。
昼休みのチャイムが鳴り響いた時、高瀬也梛はふうと息を吐いた。
とりあえず午前中は特に何もなかった。移動教室も多かったので、一所に留まる時間が少なかったのが幸いだった。
とはいえ強かな女子たちはいるもので、一緒にいた衣川瑞流は移動の最中にもすれ違いざまにさらりとチョコを渡されていた。
小動物を思わせる小柄で中性的な顔立ちの彼は、一年次の時から女子受けが良い。そして渡されたものは基本受け取るスタイルらしい。
そんな衣川も、昼休みになると少しそわそわし始めた。
「笠木さんたち、教室いるかな」
「……そんなに気になるなら確認して来いよ。隣だろ」
万年仏頂面が顔に張り付いたような不愛想の也梛だが、なぜか声をかけてくる生徒はたまにいるのだ。そばに衣川がいるせいもあるかもしれない。
教室を見渡すと、主に女子たちが各々持った来た箱や容器を取り出し、今にも交換パーティーが始まろうとしているのが伺えた。
巻き込まれるのも面倒臭いので、できれば今日は教室から離れてご飯を食べたい。
(諷杝でも誘ってどこかで食べるか)
重役出勤のルームメイトを思い浮かべる。
昼食の入った袋を持って立ち上がった也梛の腕を衣川が掴んだ。
「よし、行くぞ、高瀬」
「は?」
どこに、と訊くまでもない。彼が行こうとしている場所は簡単に予測がつく。先ほど自分が確認して来いと言った隣のクラスだ。
「一人で行け」
「何言ってんだ」
お前こそ何言ってるんだ。
也梛が半眼で衣川を見下ろすが、彼はけろっとした顔で也梛の手を離すことはなく、そのまま隣のクラスへと連行して行ったのだった。
「あ、衣川くんと――高瀬?」
見知った女子生徒――笠木矢㮈は、声をかけて来た男子二人を見て、特に也梛に不思議そうな顔をした。
「……何だ」
「いや、あんたがうちのクラスに来るとは意外だなって」
也梛が無言で衣川に掴まれたままの腕を見ると、彼女も「ああ」と納得したように苦笑した。
「でも幸か不幸か、千佳ちゃんなら今いないよ」
矢㮈の言葉に也梛はもちろん、衣川も驚いた。
「臣原さん休み?」
「ううん。ちょっと陸上部の顧問に呼ばれたらしくて外してるだけ」
「タイミング悪いよな~。臣原さんの『邪魔された』って顔すごかった」
いつの間にか松浦大河がひょっこり会話に加わっていた。ここにいるメンバーは一年次に同じクラスだったやつらだ。
「まあ高瀬にはラッキーだったか」
あははと笑う松浦に、也梛はため息を吐いたが、心のどこかで安堵はあった。
「ところでお前らは何でうちのクラスに……あ、まさか笠木さんのお菓子目当てか?」
「衣川がな」
也梛はただ付き添わされただけである。
矢㮈は呑気に「そうなの?」と言いつつ、紙箱を取り出した。開けると中に、小さな巾着がたくさん詰まっていた。
「良かったらどうぞ。松浦君も」
「ありがとう。笠木さんが作ったの?」
「弟と一緒にね」
矢㮈は曖昧な表情で答えた。だが彼女の弟はしっかりしているからきっと味は保証されているだろう。
松浦と衣川がありがたそうにもらう中、矢㮈は也梛の方にも箱を向けた。
「高瀬はいらないの?」
也梛が大の甘党であることを知っている矢㮈はわざとらしく聞いてくる。
「ただの友チョコのお裾分けだよ」
「……じゃあもらう」
「まあ千佳ちゃんはもっとちゃんとしたの準備してるっぽいから」
「……」
怖いことを聞いてしまった。去年、千佳こと臣原千佳は友チョコと称して結構ちゃんとしたものをさらりと押し付けてきたのだ。
也梛はもらった菓子を持っていた袋の中にしまうとくるりと背を向けた。
やはり今日はどこか別の場所で食べようと思った。
放課後。
いつものように黒いキーボードケースを背負って教室を出た也梛は、この後待ち合わせの予定をしているカフェテリアに向かおうとした。
足早に廊下を進み、比較的人が少ない遠い階段まで来てようやく息を吐く。
(結局あれから臣原には会わなかったな)
今頃は彼女も部活動に行っているに違いない――
「ビンゴ」
「!」
階段の踊り場で、彼女――臣原千佳が仁王立ちをしていた。
「……何してんだよこんなとこで」
さすがの也梛も驚いていた。
「何って高瀬君に会うために待ってたに決まってるでしょ。笠木が高瀬君はこっちの階段使いそうだからって」
「……あいつ」
心の中で舌打ちする。覚えてろ。
千佳は手に持っていた袋を也梛の方に突き出した。
「ってわけで、時間もないから本題。ハイ、お決まりの友チョコ」
友チョコにしては、袋の中に覗くラッピングが偉く豪華な気がするのだが。
「……ちなみに、他には誰かに渡したのか?」
「別のものだけど、笠木やクラスの子たちには渡したわね」
千佳はさらりと答えつつ、コートのポケットから金色に光る丸いコインを取り出した。よく見るとそれは金色の紙に包まれた何かだった。
「これはクラスの子たちに配ったチョコ」
「……くれるなら俺もそっちの方が良いんだが」
その方が幾分気楽に受け取れる。
「良いわよ。はい」
千佳はなぜかあっさり差し出し、逆に也梛は拍子抜けしたようにそれを受け取った。
「実はそれ、くじになってるのよね」
「は?」
也梛はコインを裏返し、そこに包み紙には不似合いなシールが貼ってあることに気付いた。
『当たり!』と万歳するネコのイラスト付きのシール。
「……何だこれは」
「はい、当たりを引いた高瀬君にはこれをプレゼント!」
千佳が改めて、初めに渡そうとしていた豪華なラッピングが覗く袋を也梛の前に突き出した。
「いやちょっと待て! お前が『当たり』を渡したんだろ」
「そうだけど。でも高瀬君は受け取っちゃったわけだし」
それはそうだが、まさかこんな手の込んだ仕掛けをしているなんて思わないだろう。
也梛は目の前で楽しそうに笑う少女が心底不思議だった。
「――友チョコとは言ったけど、気持ちは色々込めてるつもり」
ふいに真面目な顔になった千佳が、ぽつりと呟く。
「でも一番大きいのは、ありがとうって気持ちかな。特に笠木が悩んでた時、力になってくれてありがとう」
意外な言葉に虚を突かれた。
「……なんでお前が笠木のことで感謝するんだ?」
「さあねえ? でも、あたしにとっても嬉しかったから」
ふふふと笑う彼女は何を考えているのかまるで分からない。だが、彼女が親友のことを自分のことのように大切に思っていることは伝わってきた。
「というわけで、これ。受け取ってくれるでしょ?」
先ほどの話を聞いては断り辛い。也梛は渋々の体で受け取った。
対して千佳は満足そうな顔で「それじゃ」と階段を上がっていこうとした。一段目に足がかかろうとしたところで、也梛はふと思いついて口を開いた。
彼女の思う壺となっている現状に、少しだけ反撃したい気持ちが沸いたのだ。
「そういえば、本命には渡せそうか?」
千佳が一瞬動きを止め、
「――さあ、どうかしら」
数段駆け上った先で振り返って也梛を見下ろした。
「振られたら高瀬君が慰めてくれる?」
冗談めかして言う千佳に、也梛は肩を竦めた。
「そういう話は笠木にしろ。専門外だ」
「わあ、手厳しい」
千佳がくるりと背を向け、もう一段上る。
(こいつが振られるとか考えるやつ、この学校にはいないだろうな)
学年全体から見ても注目される美少女である。矢㮈にこの話題を振れば力説してくれるに違いない。
也梛は小さく苦笑し、その背に声をかけた。
「まあ、カフェテラスのコーヒー一杯分くらいは奢ってやる」
「それは結構楽しみかも」
片手を振ってそのまま階段を上っていく彼女を見送る。
也梛は受け取った袋を鞄にしまい、音楽仲間たちの待つカフェテラスへと向かった。
Fin.
千佳ちゃんの本命が誰かは、今後分かるかもしれません…。彼女の話はいつかじっくり書きたいと長らく思い続けて少ししか手を付けられていません。




