表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
奏~間奏曲集~  作者: 葵月詞菜


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/24

(13)タイムセール

【主な登場人物紹介】

笠木 矢㮈(かさぎ やな)…彩楸学園高校1年生。

海中 諷杝(わたなか ふうり)…同上2年生。ギターを弾く。

高瀬 也梛(たかせ やなぎ)…同上1年生。キーボードを弾く。諷杝のルームメイト。

 矢㮈(やな)は卵の特売タイムセールのために自転車を走らせていた。

「もうっ! 何であたしが――っ!」

 単に弟の弓響(ゆき)が店番であり、暇なのが彼女だけだったからである。

 スーパーは高校と同じ方面にある。難関は、行きのゆるやかな傾斜である。降りるまでもないのだが、かと言って一息で上るにも根性がいる。

 矢㮈は何とか踏ん張りながら坂を漕ぎ、上りきると息を整えるためよろよろと自転車を進めた。そのままスーパーの自転車置き場に突入する。やれやれ。卵を手に入れるのも楽じゃない。

 自転車置き場から出た所で、ふと横手の細い道から見知った顔たちが歩いて来るのを見つけた。

諷杝(ふうり)! 高瀬!」

 一人の少年が「あ」と嬉しそうな顔をし、もう一人が「げ」と見るからに仏頂面になった。

「何してるの、矢㮈ちゃん」

 諷杝がにこにこしながら尋ねてくる。

「卵の特売に来たの」

「ああ、あれか」

 諷杝がスーパーの方をふり返って、店の前に出された台とその上に卵のパックを並べる店員を見る。

「うわ、もう並べ出してる!」

 矢㮈は急いでそちらに向かいかけ、ふいに二人を見上げた。

「?」

 きょとんとする諷杝と、

「行かんぞ」

 先を読んだ高瀬が牽制する。

「そんな~。お一人様一パックまでなんだってばあ!」

 矢㮈が片手で拝む。と同時に、

「皆さんお待たせしました~! 今から卵のタイムセールを始めま~す! お一人様一個限り! さあさあさあ!」

 店員が叫ぶ声が聞こえた。もう台の前には子どもたちやら人員を引き連れた主婦たちが群がっている。

「行くわよ!」

「うわっ」

「お前っ!」

 矢㮈は問答無用で二人の腕を引っ張り、卵の特売に乗り込んだ。



「矢㮈ちゃん、それ重いでしょ」

 諷杝がさりげなく重い袋に手を伸ばす。

「あ、ありがと」

 やっぱり優しいなと思いながら矢㮈が微笑んだ横で、

「あれ?」

 荷物を提げた腕をぷるぷるさせた彼を見て、その横からため息を吐いた高瀬がそれを取り上げた。諷杝は「さすが」とあっさり彼に任せる。

 結局自転車置き場まで、諷杝は軽い物、高瀬は重い物で、矢㮈は手持無沙汰になってしまった。

「いやあ、ホントありがとうね、二人共。おかげで卵三パック買えたよ」

「三パックも使うの? もしかしてケーキに?」

「ううん、ケーキの方は別に注文してるから、これはうちのご飯と母さんの趣味用」

 きっと母親は今日の戦利に手を叩いて喜ぶに違いない。

「いつもは弓響と二人で買いに走らされるんだけど、今日はどうしても離れられなくて」

「で、お前が暇人だったってわけか」

「そうです」

 ため息を吐いた矢㮈に諷杝がぷっと吹き出す。

「僕あんなタイムセールに走ったの初めてだったよ。すごいね」

 おばさんたちの勢いが、とくすくす笑う。

「俺も無縁の世界だな。押しつぶされるかと思った」

 高瀬も呆れたように言う。

「矢㮈ちゃんが潰されなくて良かったね」

「いや、諷杝もね」

 矢㮈は諷杝と苦笑しながら、ふと先程の一時を思い出す。

 実際は、なかなか卵のパックに手が届かなかった矢㮈と諷杝の分まで確保して、さっさと二人をその場から連れ出したのは高瀬だったのである。背が高い分、主婦たちよりも頭一つ以上抜きんでていて手足も長い。

 自転車置き場で前カゴに荷物を乗せる。卵が入った袋は別に手に掛けることにした。

「……何か危ないような気がするんだけど」

 諷杝が眉を下げて、サドルに跨った矢㮈を見る。

「お前、卵お陀仏にする気か」

 高瀬も眉を潜めてぶら下がった卵の袋を見た。

「え、何それ。ひどい」

 矢㮈が頬を膨らませると、諷杝がふふと微笑んだ。

「甘いものが食べたくなったから、矢㮈ちゃん家のケーキ屋さんに寄って行こっかなあ」

「え!」

「賛成。笠木、奢れ」

「ええー!」

 諷杝が矢㮈の腕から袋を取り上げる。

「あ、急ぎなら先に一パック持って帰る?」

「別に急いでないけどっ……!」

「じゃあ一緒に行こう」

 そのまま卵の袋を持って歩き出す。それを呆然と見ていた矢㮈の頭が後ろからスパンと叩かれる。

「いっ……」

「……とろい」

 矢㮈が片手で頭を抑えると同時にぐらついた自転車を高瀬が支え、これまたそのまま押して歩き出す。

「……」

 卵の入った袋を振りながら、諷杝が振り返る。

「矢㮈ちゃん、早くー」

「諷杝、それ手放すなよ」

 すかさず高瀬が注意し、諷杝が「えへへー」と腑抜けた笑いを返す。

 いつの間にか、こうして当たり前のようにいる彼らに少し嬉しくなる。

 矢㮈はふっと笑うと、先を行く彼らに小走りで追いついた。

(ああ、あたしが買い物に来て良かったかも)

 

 ――その後、家に帰って高瀬の恐るべき食い意地に頭を抱えたのはお約束である。



Fin.


数年前に書いていた、なんてことない日常の一コマです。

多分、矢㮈は側にいる人員は遠慮なく使っちゃえっていう人だと思うんですよね。

諷杝は若干「?」なまま巻き込まれ(そして多くは役に立たない)、高瀬は「ああ?」と思いながらも諷杝を放っておけず巻き込まれるという……(多分矢㮈の分もカバーしてるから大変ですね)。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ