(10)初夏の風に吹かれて
【主な登場人物紹介】
・高瀬 也梛…同上1年生。キーボードを弾く。諷杝のルームメイト。
・海中 諷杝…同上2年生。ギターを弾く。
・笠木 矢㮈…彩楸学園高校1年生。
・イツキ…諷杝に懐いている白い鳩。
一.
真っ青な空の下、それを鏡写しにした青い海を背景に翻る白いワンピース。青いリボンがアクセントのつばが広がった白い帽子の下からは、長い金髪がさらさらと流れている。こちらを向いた色白の少女は少し照れたように微笑んだ。
『あなたと海に来られて良かった』
「……」
也梛は目の前の画面の中で恥じらう乙女に容赦ない半眼を向けた。
何だこれは。
「そっか、それは良かったね」
隣でコントローラーを握った諷杝が何の感情も籠らない声で言い、さっさと会話をスクロールしていく。
也梛は画面と諷杝を交互に見て、
「……一応訊こう。お前、何やってんだ」
「何ってゲーム? 後このマユリちゃんともう一人サヤカちゃんを攻略したらコンプリートなんだって」
「……」
そんなことは訊いていない。なぜ彼がこんなことをやっているのかを訊いたのだ。しかもそんなつまらなそうな表情をしてまで。
「この部屋ゲームなんてあったっけ?」
少なくとも、也梛が昨日から半日ほど帰省して今帰ってくるまでは無かったはずだ。この短い期間に何があった。
「同じクラスの佐々木クンに押しつけられたんだよ。何かしばらく部活が忙しいらしくて、暇なら代わりにやっといてくれって。僕も暇じゃないんだけどなあ」
「こんな面白くも何ともなさそうにやるヤツに攻略任せるなよな」
也梛はその佐々木と言う人物に呆れたため息を吐いた。任せる相手を完璧に間違えている。というか、これは本人が攻略してなんぼではないのか。
「君こういうの好き? 何なら代わるけど」
「全く以って興味が無い。お前は楽しいのか?」
也梛は即答し、因みに訊いてみた。
「うーん……何かキラキラしてて不思議な世界だよね」
諷杝は虚ろな目でほわほわと感想を呟く。……おい、大丈夫か。
「三次元でも笠木以外あんま女子に関わらないお前がいきなりこんなゲーム無理だろ」
「別にアニメとか嫌いじゃないんだけどなー。でも同じ女の子だったら矢㮈ちゃんの方が良いよねー」
也梛はこれ以上このままにさせておくと危ない空気を察知し、諷杝からコントローラーを取り上げゲームの電源を切った。
「あ、也梛! まだセーブしてない……」
「もういい。お前の健康状態の方が心配だ」
テキパキとゲームを片付け、部屋の隅に押しやる。諷杝が肩を叩きながらふうっと息を吐きだした。
「何だか一気に年をとった感じだよ。昨日の夕方からずっとやってたからね。女の子を落とすのって意外と難しい」
「お前がやってたのはゲームだからな。現実とはまた違うからな」
也梛は呆れつつも一応釘をさし、彼にお茶を注いでやった。
「世の中にはまだまだ僕の知らない世界がいっぱいあるなー」
「そうだな。世界は広い」
二人でのんびりお茶をすすっていると、今さらながら諷杝がはっとしたように言う。
「ああそうだ、お帰り也梛」
「遅いな。ただいま」
これがいつもの彼のテンポなので、也梛も特に気にした風もなく答える。ふと丸テーブルの上に放置されたペーパーを取ると、そこにはアイドル特集のように数十人の女子の写真とプロフィールが載っていた。ただしどう見ても三次元ではなく、二次元の世界だった。先程画面で見た金髪乙女の姿もある。どうやらゲームに付いてきた紹介ガイドのようなものらしい。
「……好きなヤツは好きだよなあ、こういうの」
「すごい色んなタイプがいるんだよ。僕はそれ見ただけで頭の中がぐるぐるしちゃったけど」
諷杝がどこか遠い目をして呟くように言う。確かに、彼にはこういうゲームは向かないだろう。そう思ったからこそ也梛はゲームを中断させたのだ。
「でもね、その紫の髪のちょっとキツめな顔立ちの女の子は少し親近感を覚えたよ」
「ああ?」
諷杝が言った女子を見遣ると、確かにつり目で顎が細く、どこかキツい印象を与えた。いわゆる高飛車キャラだろうか。しかしこの女子にどうして親近感が湧いたのか。
「何か君に似てない? ほら、特技の欄にピアノってあって、将来はピアニスト志望って設定らしくてさ」
「二次元と俺を一緒にするな。しかも見るからに面倒臭そうな……」
「だから君と似てるんだってば」
「諷杝、お前今相当失礼なこと言ってるぞ」
也梛は紫のストレート髪をもつその女子を半眼で見つつ、そのキャラ説明にさらに眉をひそめた。
『周りにはつっけんどんな態度を取っちゃうけど、根は真面目で思いやりのある女の子。たまに照れるところがかわいい』
おお、これがかの有名なツンデレというヤツか。
(ぜってー俺は違うっつーの)
因みに付け加えると、こういう女子を相手にするのも御免である。絶対合わないに決まっている。
「也梛を女の子にしたら絶対そんなキャラだと思うけどなー」
「まずその設定があり得ない」
あっさり否定し、ため息と共にペーパーをテーブルの上に放り投げた。
「でも也梛ならこのゲーム制覇できそうだよね」
「何でだ」
「だって一度やり始めたら最後までやらなきゃ気がすまなさそう」
諷杝がカラカラと笑う。だが也梛の性格をよく分かって言っている。
「試しにこれで女の子落とす練習でもしてみない?」
「バカ言え。これに時間割くくらいならキーボードかバイトに励むわ」
也梛は軽口で言い返すと、コップに残ったお茶を飲み干した。
「それより諷杝。こんな良い天気なのに、外に出る気はないのか」
青葉が落ち着いて、梅雨に入る前の爽やかな季節。うららかな休日の午後だと言うのに、このルームメイトは部屋でぐだぐだしている。也梛がこんなに早く帰ってこなかったら、きっとあのままゲームをしていたのだろう。――考えるだけで恐ろしい。
「だってイツキさんどっか行っちゃったしー」
諷杝がテーブルに片頬をつけ、少し拗ねたような声で言う。鳩に放って行かれたくらいで拗ねないでほしい。
「いい加減一人でぶらぶらすることを覚えろよ」
「えーめんどくさい。それに楽しくないもんー」
ああ言えばこう言う。諷杝はぶつぶつと文句を返した。
「……お前そのうち生活不適応者になるぞ」
也梛はため息をついて、やれやれと首の後ろをかいた。そして、
「このまま梅雨に突入したら腐るぞ。今のうちに外出とけ」
放っておくと彼の体にきのこの類が生えてきそうだ。
テーブルにへばりついた諷杝を無理やり立たせ、屋外へと連れ出した。
二.
こういう些細な外出でも出会うというのは、それ程おかしな縁が出来上がってしまっているからだろうか。
(何か以外とこういうパターン多いんだよな……)
とりあえず、世間は狭い。
「あー、矢㮈ちゃんだ!」
「! 諷杝!? 高瀬も!?」
「も、って何だ」
駅の方の商店街までぶらぶらと歩いて行くと、その方面から自転車に乗った彼女が走って来たのだ。也梛たちの姿を見るなり矢㮈は急ブレーキをかけて立ち止まり、自転車から降りた。もちろん休日なので私服なのだが、緑のパステルカラーのシャツと白いスカートが少し物珍しい。
「どっか行くの? 二人とも」
「ううん、ただの散歩」
矢㮈の問いに諷杝が平然と答え、
「出不精のこいつを引っ張りだしただけだ」
也梛が少し付け加える。
「矢㮈ちゃんは?」
「私はちょっとおばあちゃんのお使いで音響に行って来たところ」
『音響』とは、音楽好きのマスターがやっている小さな店だ。学校のすぐ近くにある。コーヒーが絶品なだけでなく、弦の調律も行ってくれるので、諷杝もたまにギターを持ってそこを訪れる。そもそも、矢㮈がバイオリンを弾くことを知ったきっかけもその『音響』だった。
「っと……」
ふいに涼やかな風が吹き抜けて、也梛たち三人は顔にかかる髪を横に押さえつけた。矢㮈の白いスカートがふわりと風を含んで揺れる。もう夏はすぐそこだというような、乾いた心地よい風だ。夏本番が来る前にじめじめとした梅雨が来るなんて考えられない。
「矢㮈ちゃん爽やかな格好だね」
諷杝がクスリと笑うと、彼女は頬を赤くして首を横に振った。
「あ、これはこの前千佳ちゃんと買い物行った時に選んでもらったヤツで……休みの時くらいしか着る機会ないから」
「似合ってるよー」
「あ、ありがとう」
矢㮈は耐えきれなくなったのか、ふいと諷杝から視線を逸らせた。
(おーおーここにリア充共がいる)
也梛は楽しげな諷杝と矢㮈を見て小さく苦笑した。
どんだけ初々しいんだ、こいつらは。
その時、バサバサっと羽音が聞こえ、諷杝の頭の上に一羽の白い鳩が舞い降りた。
「「イツキさん!」」
諷杝と矢㮈の声が重なる。どこからどう匂いを嗅ぎつけて来たのか、イツキは平然と諷杝の頭の上に収まっていた。
「もうどこ行ってたのさー」
置いて行かれたことをまだ根に持っているのか、多少恨みがましさの残る声で諷杝が言う。だがイツキは軽く首を傾げただけだった。
「イツキさん行方不明だったの?」
矢㮈がきょとんとする。
「いや、諷杝を置いて出かけてたらしい」
也梛が呆れたように補足すると、矢㮈も「ああそう」と苦笑した。
イツキが諷杝の地面に降りてトコトコ歩き出したのにつられてその後を追うように進むと、どこからか良い匂いが漂ってきた。甘いデザートの匂いだ。
「あ、もしかしてあの車来てるのかも!」
一番に反応したのは矢㮈で、也梛たち二人は揃って首を傾げた。
「あのね、今流行ってる移動式ジェラート屋さんがあるの。クレープに巻いたヤツとかトッピングの種類も豊富で、しかもおいしいって評判なんだー」
「へえ」
それは知らなかった。女子ならではの情報かもしれない。
そしてもちろん、甘党の也梛がそこで「あっそ」と流せるわけがない。
「良いよ、也梛。行ってきなよ。ついでに僕の分も何か買って来て」
諷杝が先を読み微かに笑う。
「諷杝は行かないの?」
矢㮈が訊くと、
「僕はイツキさんの相手してるから」
諷杝はさも当然のように答えるが、単に面倒臭いだけだろうと思う。矢㮈の話から人気があるのは窺えたし、それも女子となると相当賑わっているだろう。それが分かっていて、彼がそこへわざわざ足を運ぶとは思えない。
結果、興味津々の矢㮈と、心内では満更でもない也梛が買いに行くことになった。
「あー楽しみだー」
自分の家も洋菓子店の矢㮈が嬉しそうに笑う。
やがて目の前に移動式の小型トラックが見え、その前には続々と行列ができ始めているのが分かった。特に寒くも無いこの気候、おやつがてらに買う客も少なくないのだろう。そして圧倒的に女子が多い。
(分かってたけど、何か行きにくいな……)
ここまで来て引き返そうとも思わないが、さすがにうげっとはなる。
「何にしようかなー」
隣で呑気に手作りの木のボードに書かれたメニューを見ている女子が羨ましい。
也梛は一つため息を吐くと、気を取り直して自分もメニューを見た。写真と一緒に紹介されているのでイメージが掴みやすい。
(お)
ふいにトラックの端に貼られた紙が目に付く。そこには手書きで、
『カップル様にはジェラートフルーツ盛り半額! アイスは四種類選んでいただけます!』
と書かれていた。
隣で真剣な表情をしてメニューに唸っている矢㮈を肘で突く。
「おい、お前今から諷杝呼んで来れば?」
「ちょっと何よ」
矢㮈が若干迷惑そうにこちらを向き、続いて也梛の視線の先にある例の貼り紙を見た。
「うそ! マジ!? 半額!?」
この半額は大きい。半額分のお金で、さらに普通のジェラート二つは買える。
矢㮈はよしと一つ頷くと、諷杝の所に行くのかと思いきやそのまま列に並んだ。
「おい? 諷杝は?」
「何でわざわざ?」
矢㮈は不思議そうな顔で也梛を見上げる。意味が分からないのはこっちだ。
「今だけあんたとカップルのふりすればいいんでしょ?」
「……」
そういう問題なのか。也梛は不覚にもポカンとしてしまった。
「あのなあ、お前」
ただふりをするだけと言っても多少こちらは気を遣ったのに、女子とはこうも割り切りの良い生き物なのか。
(こいつはそういうの気にするヤツかと思ったけどな)
「良いわよ良いわよこれくらい。だって半額なんだから!」
千佳ちゃんに見つかったら厄介だけどね、と付け足して矢㮈は軽く笑う。
「……そうですか」
也梛はもう何も言い返す言葉も無く、黙って列に並んだ。何とも女子はたくましい。也梛の場合は冗談でもふりをするなど真っ平御免だったが、今回はデザートがかかっていることもあって――さらに矢㮈が割り切っていることもあって――特に口を挟まなかった。
しばらく並んでやっと也梛たちの番が回ってくる。半額になるジェラートフルーツ盛りと、さらに単品で二つ。
「カップル様限定のフルーツ盛りですが、アイスは何にされますか?」
店員がフルーツ盛りの方のアイスの種類を尋ねた。
「チョコミントとオレンジとカシスとブラックチェリーと……」
「メロンソーダとグレープとミルクバナナと……」
矢㮈と也梛が同時に口を開き、店員の女性が困った顔をする。
「えーっと……」
「お前フルーツ盛りなんだぞ。オレンジとチェリーは生で食べればいいだろ」
「高瀬こそグレープにミルクバナナってどうなの!」
所詮即席カップルは即席だ。店頭でお互い譲らない様は、どう見ても仲睦まじいカップルとは言い難い。しかしまだ後ろに客が控えている。
(……ああもう、しゃーねーな)
「じゃあもうお前のヤツでいいよ」
面倒臭くなった也梛が言うと、
「じゃあ、チョコミントとカシスと、メロンソーダとミルクバナナでお願いします」
矢㮈が何とか折衷案を注文する。単品の方でそれぞれグレープとブラックチェリーをクレープ包みで頼むと、フルーツ盛りと合わせて諷杝とイツキの待つ所へ戻った。
「うわーおいしそー」
諷杝がフルーツ盛りの一番上に乗っていたチェリーを口の中に放り込んだ。
「すごいねこれ」
「……まあね」
也梛と矢㮈はお互い仏頂面で曖昧に頷く。
クレープの端を小さく千切ってイツキにあげながら、諷杝は楽しそうに自分もジェラートを口に運んだ。
「うん、おいしい」
「そうか、それは良かった」
也梛はメロンソーダの中の微かなメロン味を感じながら、少し混じったチョコミント味に苦笑した。
(味が混ざる……)
早く食べないとさらに溶けて、ますます違う味へと変化していく。
「何か何の味か分かんなくなってきた」
矢㮈が微かに眉を寄せ、難しい表情をする。
「まあ、食べれるけど」
「ふふふ。アイスも音楽みたいだよねえ」
イツキに「もっとくれ」と催促の突きを受けた諷杝が笑う。
「たまに不協和音を奏でることもあるけど、逆に絶妙の調和もあるよね」
也梛はミルクバナナを掬った所にカシスが混ざったのを見つめ、それから一気に口に放り込んだ。
(うん、合ってるんだか合ってないんだか、微妙な……)
作曲でたとえるなら、変ではないが、何かが足りないようなそんな感じか。
「これは音楽だけじゃなくて、人間もまたそうなんだけど」
諷杝はそこで、也梛と矢㮈を交互に見た。その目の奥に、ふふふと楽しげな感情が浮かぶ。
「このアイス、二人が選んだんでしょ? 今度はもっとピッタリくるアイス選んでね」
「……」
也梛と矢㮈は同時に絶句した。
Fin.
だいぶ前に執筆したものを見つけたので。もう現実は初夏はとっくにすぎてもうすぐ初秋ですが…。




