アーティスト
僕は流れてくる川をただじっと見つめ、時々反射する自分の顔と目と合っては落ち込んでいた。
「だせぇ……」
ついこぼしてしまった言葉は、より一層自分を落ち込ませてしまう。
しばらくしたら帰ろう。
あの魚が跳ねたら帰ろう。
そんな風に思った時、いつからいたのか人が立っていた。
「綺麗な川。昔も今も変わらない」
その人は自分に言ったのか、独り言なのか分からない言葉を放った。
「ごめんなさい。突然変な事言ってしまって。ここでなにしてるんですか?」
これは自分に言ったのだと分かり、それに答えた。
「ここの景色をただ見ていました。綺麗ですよね。僕もここが好きです」
「落ち着く場所……。私、昔から時々ここに来ては考え事をするんです。将来のこととか前の思い出とか」
「僕も同じで、考えたいことがあったときここに来るんですよ」
彼女の横顔を見たとき、何かを思い出した。
「あの……お仕事はなにをしてらっしゃるんですか?」
「僕ですか?……ニートですね」
「ふふふ……。そうなんですね」
彼女はただ笑っていた。
「おっ…おかしいですかね?」
「いえ…。なんかそうは思えなくて」
彼女が思っている通り、僕は仕事をしている。が、僕は、自分がしている事を他人には話したくない。そのため先ほど見たいな質問には決まってニートという言葉でいつも片付けている。
「仕事をしていたらこんな時間にここにいませんよ。二十三歳にもなって…」
「そういうことにしときますね。それじゃ、私行きます。突然で本当ごめんなさい」
彼女は頭を下げ僕の横を通り過ぎていき、去っていった。
「あの後ろ姿…どこかで…」
見覚えのある光景を思い出そうとした時、突然ポケットから歌が流れた。
「もしもし…」
携帯の着信音だった。
「分かった…今から行く」
収集がかかったしまった。僕は面倒臭そうな顔をし、そこに向かった。
言われた場所に着くと、既に四人の男が座っていた。
「遅いぞ達也!」
僕が来て最初に声を発したのは、先ほど僕に電話をしてきた昇だった。
「ごめん。割と遠くにいたから」
「お前が来ないから始まんないんだよ」
酒を呑みながら文句を言う隼人。持っていた鞄を近くのテーブルに置き、空いていた椅子に座る。
「あいつら寝てんのか?」
あいつらとはソファで気持ちよく寝ている悠人と史哉のことである。
「あぁ…あいつらは放っておいていい。疲れてんだろ」
そう言いながらも落ちた毛布をかける昇。すると突然ドアを叩く音が部屋に響いた。
「全員いるか?」
「澤田さん!おつかれーす」
入ってきたのは仕事仲間と言うべきか、上司と言うべきか、今の仕事を与えてくれた恩人と言うべきなのか…僕らがよく知る澤田幸也さんだ。
「お前ら。迎えに車を用意したからそれに乗ってくれ。ほら。起きろ」
澤田さんは寝ていた悠人と史哉を無理やり起こした。澤田さんの言う通りに外に停めてあった車に四人は乗り込み、いずれその車はあるホテルへと走り始めた。
ホテルに着くと、僕を除いた四人は車から降りていった。
「ん?早く降りろよ達也」
「僕も行ってもいいのかな?」
「何言ってんだよ。お前がいての俺らだろ?ほら降りろって」
昇は僕の手をひき、半強制的にホテルの中に入れた。澤田さんの後ろに付いて歩いていたため、ホテルの中でも迷うことはなかった。
「俺らってここに来るの三回目だけど俺って方今音痴だから未だに道迷うわ」
緊張している僕らに気持ちを和らげようとしてるのか、冗談交じりに言う悠介。それを流すように聞く三人。やがて目的に着きその部屋の扉が開く。扉の向こうにいたのは、およそ数百人に上る程の人たちだった。そしてその人たちに拍手を送られながら僕らは道の真ん中を歩く。
ステージの上に立ち、真ん中に置いてあるマイクを使い昇が話し始めた。
「えぇ…今回は、僕らのためにありがとうございます。すみません、こういう場所は僕には合わなくて…何言っていいのか考えがまとまってません。とりあえず今日は飲んで騒いで楽しみましょう!」
昇の言葉で会場が笑いに包まれていた。
「昇さんありがとうございます。改めまして、今回はレジスタことRESISTANCEの売り上げチャート一位V4記念パーティーにお越しいただきありがとうございます」
司会者らしき人が僕らを紹介した。
僕らは今世間で人気のバンド、RESISTNCEである。ボーカルの昇。ギターの史哉。ベースの悠人。ドラムの隼人のフォーピースバンドだ。そして僕はこのバンドが歌う曲を作るっている。いわゆる作詞作曲家だった。
「やっぱり僕がいていいの?お前らのパーティーだろ?」
耳打ちをし昇に聞くが、大丈夫だとしか返事がないため既に半分はまともな返事を返してくることを諦めていた。
「ほら達也。呑め呑め!今日はお祝いだ」
澤田さんが僕にワインを渡しどこかに消えていった。
元々一人でいるのが好きな僕は会場の端っこに少しづつ手に持っていたワインを呑んでいた。やがてグラスの中身が空になると、ウェイターにそれを渡し、僕は会場を出た。
廊下にある椅子に腰掛けていると僕が出て行ったことに気づいた澤田さんが声をかけに来てくれた。
「酔ったのか?大丈夫か?」
「いえ…まだ平気です。ただああいう場所には慣れなくて…」
「逆に慣れていたらその鼻が伸びている証拠だ。慣れてなくて当然だ」
「それに僕がここにいていいのかどうか…」
「何を言ってるんだ?レジスタが売れたのはお前の曲があってこそだ。お前もメンバーの一人なんだぞ?そう自分だけ仲間外れになるなよ」
澤田さんがそう言うと、手に持っていたワインを一気に飲んでは、陽気な顔でまたもやどこかへ消えた。
僕自身この仕事はさほど好きではない。やりがいが感じなくなっていた。そんな気持ちとは裏腹に伸びていく売り上げ。求められる曲は、僕が作りたい曲とはまるで違ってきた。
だからと言ってどんな曲を作りたいとかは自分でも未だに分からず、毎日迷っては例の場所に来ていたのだ。
この仕事を就いたきっかけは十五年前に遡る。当時まだ八歳だった僕は、叔父が音楽関係に勤めていたために頻繁に職場に遊びに行っていた。その時はまだ売れていなかったアイドルやバンドのデモテープを叔父のそばで聞いては、一緒になってダメな部分などを指摘していた。そして叔父のコネを使い高校を卒業したと同時にそこに就職。入れ違いに定年を迎えた叔父は、後継者として僕に澤田さんを紹介してきた。その時の澤田さんは僕をただの若い青年にしか思えてなかったはずだ。それでも澤田さんは僕をビジネスパートナーとして見てくれていた。
「宗春さんから話は聞いてるよ。よろしくな達也くん」
「はっはい…。よろしくお願いします」
ぎこちない返事をし、握手を交わした。
あれから五年。僕はどれほど澤田さんに迷惑をかけたのだろう。レジスタが売れなかった時、メンバーはひどく悩んでいた。その時澤田さんがメンバーに僕を紹介したことが始まりだった。
「俺たちの歌は俺たちで作る!」
「お前たちが売れないのはその歌が原因だろ。こいつに任せれば売れる。これを聞け」
そう澤田さんが言うと、一枚のテープをテーブルに置いた。ロックテイストで作ってみろと言われ、僕がレジスタの曲を聴きながら僕なりにそれに似せて作った曲だった。
「なんだよこれ…これでデビューしろって言うのかよ」
リーダーの昇が僕を睨みながら言う。それでも澤田さんはいいから聞けと無理やり聞かせた。嫌気をさしながらそのデモを聞くメンバー。段々メンバーの顔は変わっていたことは今でも覚えている。聞き終わり最初に言葉を発したのは隼人だった。
「なぁ…これって俺らに合ってんじゃね?」
賛同するように他も顔を合わせては縦に首を振る。
「いいかお前ら。これからはここにいる達也が歌を作る。認めたくないなら俺を納得させれるような歌を作れ。いいな!」
それから僕が作る曲でレジスタは売れ、今は街中のみんなが聞くほどの人気に上った。
少し酔ってしまった。昔を思い出してしまった僕は外に出る。気持ちいい風が当たる。
「ん?」
遠くだったが見覚えのある人が見えた。近くに行くと、そこにいたのは先ほど川で話しかけてきた女性だった。
「あら?あなたはさっきの」
「どうも。ここでなにしてるんですか?それも一人で」
「ふらっとここに来ただけですよ。あなたはなんで?」
首を傾げ僕に尋ねる。
「あぁ…僕もふらっと…」
とっさについてしまった嘘を重ね、誤魔化してしまった。
「そう…なんですね」
「はい」
しばらくの沈黙。そういえばと、女性は思い出したかのように僕に話しかけてきた。
「名前言ってませんでしたね。私は岡崎しおり」
「あぁ…言ってませんね。僕は佐藤達也です」
名前を言い合うもまたもや沈黙。
「しおりさん。昔どこかで…」
言おうとした時、後ろから昇が僕を捜しに会場から出てきたのが見えた。
「すみません。僕もう行きます。またどこかで」
お辞儀をし、昇の方に戻っていく。
「嘘つき…」
しおりが呟いた言葉は僕には聞こえなかった。
次の日。二日酔いになりながらも起きた僕は携帯の画面が光ってるのに気がつき手に取った。
「こんな時間に…」
画面を見ると澤田さんからの着信と昇からの大量のメッセージがきていた。
「もしもし…どうしたんすか?澤田さん」
澤田さんに電話をかける。
「はい…はい…わかりました。2時間ください」
新曲を作ってくれとの電話だった。おそらく昇からはどう言う風な曲なのかを聞きたいために僕に連絡をしてきたのだろう。無視した。そして眼鏡をかけパソコンに向かった。
メロディーとなんとなくつけた歌詞を完成させふと時計を見ると十二時と針が差していた。
しまった…と僕は急いで澤田さんに電話する。
「すみません。二時間が四時間になってしまいました。はい。今できました。澤田さんのパソコンに送りますね」
カチカチっと澤田さん宛てにデモファイルを送り、冷蔵庫から水を取った。
「どんだけ飲んだっけ…?」
昨日のことを思い出せない。最後の記憶は確か…。
「「あら?あなたはさっきの?」」
そういえば昨日また会ったんだっけな…。
名前は…
「「たっくんのお嫁さんになる」」
どこかで聞いた言葉を思い出した。いつか聞いた言葉。
「そうだ! しおりだ!」
僕は名前を思い出した。しかし違和感が残る。あの川で会っただけではなく違うところでも彼女と会っている。どこだ…と考えてもそれ以上は思い出せなかった。もしかしたらまた彼女はあそこにいるかもしれない。そう思い僕は彼女に会った川に向かった。頭痛が響く。
例の場所に着くと案の定彼女はそこにいた。偶然なのか運命なのか。
「また会いましたね」
今度は僕から声をかける。
「来ると思ってました」
「え?」
思いがけない返答に驚いてしまった。
「昔あなたと会ってるんですよ。と言っても本当に昔…小学生の頃にね」
「あなたは…すみません。思い出せなくて…」
思い出せないことを謝り、聞いてみた。
「大きくなったらお嫁さんになる。ここであなたに言った言葉です。それでも思い出せませんか?」
大きくなったら…
僕は必死に思い出した。そして…
「しーちゃん?」
「ふふ…やっと思い出してくれたんだね。たーくん」
彼女の髪が風で靡く。
「よく分かったね。僕のこと」
「そりゃわかるよ。たーくん昔と変わってない」
僕が昔叔父の仕事場から帰ってる時に一人の女の子とここで出会った。それからその子と僕は遊んでいた。そんな楽しい日も過ぎ、いつの間にか彼女は来なくなった。どこかで引っ越したんだろう。と僕なりに考え、やがて彼女のことを忘れていった。
「たーくんのこと、ずっと忘れてなかったのに酷いね」
「ごめん。急にいなくなったから…」
「まあいいや。こうしてまた会えたんだもん」
彼女が去ろうとする。
「もう行くの?」
「うん。思い出してくれただけでも嬉しいから」
「また…ここに来る?」
「また…いつかね。あなたが私を忘れた時に」
そして彼女は去っていった。一人になった僕は喜びに満ち、笑みがこぼれた。可愛くなっていた昔の女の子。だが、そんな喜びもある記事を読んで驚愕に変わった。
家に帰ると、不在票が届いていた。宛先は母親からだった。運送屋に連絡をし二十分足らずで荷物が届く。中身はグラスと皿だった。
「あぁ…そういえば頼んでたな…」
グラスを包んでた新聞紙を取り食器棚に並べる。ゴミを捨てようとした時新聞紙に書いてあった見出しに目をつけた。
「不運な交通事故…被害者は岡崎しおり二十二歳…」
顔写真も載っており、そこに写っていたのは川で会ったあの彼女だった。
そんな…まさか…!?
背中から冷や汗が出てしまった。他人の空似?それでも名前も顔も一致しており本人であるのは間違いない。じゃああれは一体…?幽霊だったのか…
レジスタのメンバーにこの話をした。メンバーは苦笑いをしながらも怖がっていた。
「それ…もしかしたらお前をあの世に連れて行くために迎えに来たんじゃないのか?」
昇が更に怖がらせる。
「なわけないだろう。嫌なこと言うなよ…」
とは言ったものの、やはり怖かった。
「会ってみろよ。その子に」
「もう会えないよ…僕がまた会えるって聞いたらまたいつかって言われたから」
「その想いを歌で伝えろ。今のお前なら作れる」
いきなり澤田さんが後ろから言ってきた。
「うわ!びっくりした…お疲れ様です…。歌にしろって言ったって…」
「いいじゃん。それ。お前がそれ作ったら俺たちがそれを歌う。新曲はそれで行こう」
「歌うって…あんたベースだろ…」
昇は悠人の言葉にツッコミを入れた。
「作ってこい。できたら俺に送れ」
どこか投げやりなメンバーに呆れながらも自宅に戻った。
この想いって言われても…と考えていたが、悲しいことに思いついたメロディーをアコースティックギターでひいた。メロディーができそのメロディーに歌詞を載せた。「DEMO1」と書かれたファイルを澤田さんに送った。しばらくすると返信がきた。
-この曲をレジスタの最後の曲とする-
僕は唾を飲み込んでしまった。
次の日の朝。レジスタが集まる。まずは…と昨日出来たばかりの曲を聴いてもらいメンバーが賛同した。
「そしてもう一つ話がある」
冷たい言葉で言う澤田さんをメンバーは一気に真剣になっていた。
「次のシングル。つまりこの曲を最後にレジスタは解散」
あまりの急な決定事項に驚いていた。
「どう言うことですか澤田さん!解散って」
「そのままの通りだ。お前らは達也に頼りすぎていた。お前たちが自分らで作った曲を持ってくると信じていたが結局今の今まで来なかった。それほどお前らは自分らの曲と真剣になってなかったってことだ」
「だからと言っていきなりすぎますよ。俺たちだって真剣です!」
「なら今ここでお前らが作った曲を出してみろ」
メンバーは黙り込んだ。
「ほらやっぱりな。決まりだ。レジスタは解散。最後のツアーで解散発表。後の仕事については俺が責任とるから心配するな」
澤田さんがそう言い残し部屋から出て行った。
「解散だってよ…どうするんだよ?」
「どうするって…わかんねぇよ…ふざけんな…」
怒りを隠せない悠人。
「良いじゃねぇか。解散ライブやろうぜみんな」
昇が言った。その顔はまるで悪戯っ子のようだった。
「何か策でもあんのかよ?解散しない方法とかよ」
「まぁ…あるっちゃあるけど…一か八かだな」
僕はこのメンバーの絆には勝てない。部屋から出て行き黙って家に戻った。
そしてツアー最終日。楽屋裏でなにやら話していたメンバー。
「それで行こう!」
昇が笑いながら言う。何か企んでる。そう思った。 ライブが始まると観客が待ち望んでたのように歓声を浴びていた。
「達也。裏でお前に会いたいと言ってる奴がいる。どうする?」
澤田さんがそう耳打ちをしてきた。誰だ?と思ったが僕も気になっていたため承諾し、裏に行った。
「君は…」
岡崎しおりだった。
「久しぶり…でもないか」
「知ってたんだ。僕が関係者だって」
「最初から知ってたよ」
まるで別れた後の恋人たちのようなトーンの会話。
「僕も君に聞きたいことがある」
聞くのが怖かったが真実を聞きたかった。それと同時に新曲が流れ始めた。彼女との出会いの歌。
「岡崎しおりはこの世にいなかった。ふと新聞で見たんだ。君が一年前に事故で亡くなったって…君は一体何者なんだい?」
彼女は下を向き、やがてしおりと名乗る人物が話し始めた。
「そっか…気づいたんだ。そう…岡崎しおりは事故で亡くなった。じゃあ私は?って思ってるよね?私は岡崎香織。しおりの双子の姉よ」
「双子?かおり?」
「昔からあなたのことを聞いていた。しおりは病気でね。気分転換で川に行くとあなたに会ったこと。あなたとよく遊んでいたこと。いろんな話を聞いてたのよ。そして二十歳になった年に事故で亡くなった。少しでもあの子のことをみんな思い出してほしかったの。だからよく行っていたあの川に足を運んだ。その時にあなたに会ったのよ」
「それでも昔と今じゃ分からないじゃないのか?」
「いいえ。すぐに分かったわ。しおりがレジスタのファンでね、前に偶然メンバーとあなたが一緒にいる写真を何かで見たらしいの。この人たっくんだって言ってね。それですぐに関係者だって分かったわ。どう言う関係かは分からないけどね」
彼女は幽霊ではなかった。しかし、本人でもなかった。良かったような悪かったような。そんな気がした。
「これで私の話は終わり。今度こそさよならだね。またどこかで会ったら今度はしおりじゃなくて香織として会うわ。それじゃ」
しおり…香織は背を向け去って行く。その後ろ姿はしおりと名乗った時の彼女の背中とは何かが違い、香織としての背中だったと感じた。
それから数年後。レジスタは徐々に人気が下がりながらも活動は続いていた。どうやらあのツアーの最終日に解散することを取り消しにしたらしい。一方僕は仕事を辞め、一般会社に勤めた。テレビで流れるRESISTNCEの曲にダメ出しをしてしまう僕は、まだ職業病が抜けてないようだ。