第六十一話 「遅れて届く雨」
勇者は、子供を抱えたまま村へ戻った
雨は、もう小降りになっていた
雷鳴も遠く、空は静まり始めている
だが
村の空気だけが、止まっていた
村の入口で、最初に気づいたのは母親だった
駆け寄ろうとして
途中で足が止まる
勇者の腕の中にあるものを見て
理解してしまったからだ
声は上がらない
泣き崩れることも出来ない
ただ
震えていた
勇者は、何も言えなかった
何を言えばいいのか
分からなかった
間に合わなかった
その事実だけが
胸の奥に重く残っている
母親は、ゆっくりと子供を受け取った
その手は震えていたが
抱きしめる力だけは強かった
しばらくして
母親は顔を上げた
涙で濡れたまま
それでも勇者を見た
「……ありがとうございます」
勇者は、言葉を失った
「この子は……」
母親は続ける
「きっと、あなたが来てくれると思っていたのでしょう」
「だから、怖くても……あの森に……」
責める言葉はなかった
恨みも
怒りも
何一つ向けられない
それが、余計に勇者の胸を締めつけた
「貴方は……」
母親は、震えながら言う
「そんな姿になるまで……この子を救おうとしてくれた……」
「私たちには、そこまで出来ません……」
「どうか……自分を責めないでください……」
優しさだった
感謝だった
救いの言葉のはずだった
それなのに
勇者の中で
何かが深く沈んだ
守れなかった
それだけは
どうしても消えなかった
名前を呼ぼうとして
勇者は口を開く
だが
呼べなかった
最初から
聞き取れていなかったことに
今さら気づいた
板に書かれた文字は思い出せる
笑った顔も思い出せる
だが
名前だけが
どこにも残っていない
勇者は、拳を握った
爪が食い込む
それでも
痛みは感じなかった
雨は止み
空は静かに晴れていく
それでも
勇者の中だけに
雨が降り続いていた




