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第五十六話 「雨音の向こう側」
第五十六話 雨音の向こう側
獣は
怒りに任せて踏み込んできた
理性はない
ただ
邪魔なものを排除するための動き
勇者は
それを「理解」してしまう
理解した瞬間
胸の奥が
ひどく冷えた
――同じだ
この世界と
決められた動き
決められた結果
そこに
迷いはない
剣が
再びぶつかる
衝撃
反動
腕が悲鳴を上げる
それでも
下がれない
背後から
かすかな息遣いが聞こえる
まだ
生きている
その事実だけが
勇者を繋ぎ止めていた
獣が
距離を詰める
牙が
雨に光る
勇者は
半歩
前に出た
守るための距離ではない
踏み込むための距離だ
剣を
振り上げる
――その瞬間
視界の端で
何かが
ずれた
ほんの一瞬
雨音が
遠のいた気がした
何かが
噛み合っていない
獣の動き
自分の動き
この場の「流れ」
すべてが
どこか
予定調和すぎる
「……違う」
勇者の口から
かすれた声が漏れた
何が
違うのかは
分からない
ただ
この戦いが
“用意されたもの”だという感覚だけが
はっきりとあった
それでも
剣は
止まらなかった
止められなかった
振るう理由が
奪われたとしても
身体は
従ってしまう
剣が
獣の肩を裂く
獣が
大きくよろめく
雨の中
血が
滲む
勇者は
息を荒くしながら
一歩
踏み出した
この先に
何が待っているのか
知りたくなかった
それでも
足は
前へと
進んでいた




