第五十二話 「まだ終わっていない」
雨は、森に入るほど激しさを増していた。
枝葉を叩く音が重なり、視界はにじむ。
勇者は、剣を抜いたまま森の中へ踏み込む
足元はぬかるみ、踏み出すたびに水音が立つ
進むにつれ、空気が変わった
湿った土と、薬草の匂い
それに混じって――
獣のものとは違う、生臭さ
「……」
呼びかける声は、出なかった
代わりに、耳を澄ます
雷鳴
雨音
その合間に、かすかな気配
勇者は、進路を変えた
草をかき分け、低い木々を避け、
ぬかるんだ斜面を慎重に下る
やがて、地面に散らばるものが見えた
踏み荒らされた薬草
折れた枝
小さな足跡
勇者は、足を止める
ここだ
確信があった
理由は分からない
だが、この先に――探しているものがある
さらに奥へ
匂いが、強くなる
雨に紛れて、血の匂いが漂っていた
「……っ」
視界の先、倒木の影
そこに、小さな人影があった
勇者は、駆け寄る
地面に横たわる、小さな身体
見慣れた服
雨に濡れ、泥に汚れている
「……」
息を、探す
まだ――
まだ、終わっていない
勇者は子供を抱き上げる
体は冷えきっているが、
完全に力が抜けているわけではない
「……大丈夫だ」
言葉は、誰に向けたものか分からなかった
その時
背後で、何かが動いた
枝が折れる音
重い足音
勇者は、ゆっくりと振り返る
闇の中、
雨に濡れた影が、こちらを見ていた。
低く、喉を鳴らす音
――間に合うか
その問いに、答えはなかった
勇者は、子供を抱いたまま、
剣を強く握り直した
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