第五十一話 「何も起きない村」(後編)
雷雨が降り始めた頃だった。
激しい雨にもかかわらず、宿の外がどこか騒がしい。
人々が傘も差さず、声を掛け合いながら通りを行き交っている。
嫌な予感が走る。
勇者は外へ出て、流れに逆らうように人々を追った。
向かった先は、村の一角にある一軒の家。
軒先で、数人の村人が立ち尽くしている。
その中心にいたのは――
あの子供の母親だった。
「……あの子は、どこに……」
掠れるような声だった。
日が暮れる前には戻る。
雨が降る前には、必ず。
それが、いつもの約束だった。
村人たちは顔を見合わせる。
誰も責める言葉を口にしない。
代わりに、沈黙が落ちる。
「今日は、あの子に手伝いを頼んだか?」
「いや……空模様が怪しかったからな」
「他の子供たちにも聞いたが、見ていないそうだ」
母親が、ぽつりと呟いた。
「……あの子が、持ってきてくれる薬草は……」
言葉を探すように、視線を彷徨わせる。
「……どこで、採ってきていたのでしょうか」
一人の村人が、困ったように眉を寄せた。
「普段の薬草なら、あの辺りだ」
「だが……奥の葉は違う」
別の村人が、静かに続ける。
「フラタの葉だろう」
「森の奥だ。子供には場所も教えていない」
母親が、息を呑む。
「……では……」
「頼んでもいない」
「渡してもいない」
「場所が場所だ…あれは大人の仕事だ」
雨音が、強くなる。
「森に魔物の噂もあってな……」
「本当は、解決するまで採取等は禁止にするつもりだった」
誰かが、ぽつりと呟いた。
「……行けなくなる前に、行ったんじゃないか」
勇者の中で、点が線になる。
噂話。
森。
雷雨。
そして――あの子供。
勇者は、一歩前に出た。
「探しに行きます」
その言葉に、村人たちは息を呑む。
止める者はいない。
代わりに、祈るような視線が集まる。
「……お願いします」
母親は、深く頭を下げた。
雷が鳴る。
雨脚が、さらに強くなる。
勇者は宿へ戻り、装備を整える。
胸の奥に、焦りが広がっていた。
間に合うのか。
――間に合ってほしい。
だが同時に、
この行動が「自分の意思なのかどうか」を考える余裕はなかった。
気づけば、足は森へ向かっていた。




