四十九話 「干渉の痕」
廊下は静かだった。
足音は一定。
乱れはない。
知略は歩きながら、思考を切り離していた。
式は部屋に残してきた。
仮説も、同じ場所に。
ここでは必要ない。
角を曲がった、その先で、気配が重なる。
五柱の一柱――カルディス・グリーフ。
視線が合う。
先に口角を上げたのは、向こうだった。
「考え事か?」
問いかけは軽い。
だが、探る響きを隠していない。
知略は即答しなかった。
答えを選んでいるのではない。
答えを“生成しなかった”。
「……そう見えるか」
自分の声が、わずかに遅れて届く。
遅れた理由は分からない。
カルディスは気に留めなかった。
最初から、重要ではないというように続ける。
「最近、動きが鈍いな」
評価。
数値化できない、しかし意図的な指摘。
知略は否定も肯定もしない。
代わりに、相手を測る。
距離。
視線。
呼吸。
余裕。
過剰な自信。
そして――確信。
“自分は勝つ側にいる”という前提。
だが。
この会話が発生した理由を、
知略は算出できなかった。
偶然ではない。
必然とも言い切れない。
沈黙が落ちる。
一拍。
二拍。
カルディスは肩をすくめた。
「まあいい。用はそれだけだ」
背を向ける。
干渉は、そこで終わった。
知略は立ち止まらない。
立ち止まる理由が、どこにも存在しないからだ。
歩きながら、ひとつだけ仮説が追加される。
――外部からの入力が、
思考に遅延を生じさせた可能性。
記録しない。
照会もしない。
ただ、
“式とは別の場所で起きた違和感”として、
静かに保持する。
廊下は、何事もなかったように続いていた。




