第四十五話 「覚えていない選択」
朝は、静かに始まった。
窓の外から聞こえるのは、人の声と荷車の音。
昨日と同じ。
少なくとも、そう見えた。
勇者はベッドから起き上がり、しばらく動かなかった。
何かを考えていたわけではない。
ただ、体が次の動作に移るまで、少しだけ間があった。
身支度を整える。
剣を手に取る。
重さは変わらない。
「……」
言葉にならない息を吐き、宿を出た。
通りを歩いていると、声をかけられる。
見知らぬ人。
困った様子。
聞き覚えのある導入。
話を聞く。
途中まで。
「お願いできますか?」
その言葉を最後まで聞いたかどうか、覚えていない。
「分かりました」
返事は、自然に出た。
考える前に。
いつものように。
相手は安堵し、何度も頭を下げる。
勇者は、それを眺めていた。
――今のは、選択だっただろうか。
胸の奥に、わずかな違和感が残る。
けれど、それ以上広がることはなかった。
場所を教えられる。
道順も、状況も、理解できる。
分かっている。
全部。
なのに。
歩き出してから、ふと思う。
自分が、いつ決めたのかを思い出せない。
足は止まらない。
理由を探す前に、景色が流れていく。
「……大丈夫だ」
また、そう呟いていた。
誰に向けた言葉かは分からない。
今日も、世界は普通だ。
人々は困り、頼み、感謝する。
勇者は、それに応える。
応えているはずだ。
それでも。
選んだ記憶だけが、残らない。
当日の進行を継続する。
依頼イベントを開始。
世界は稼働中。
特記事項は――
ない。
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