第四十三話 「言ってはいない言葉」
街の門は、あっさりと開いた。
手続きも、確認も、特別なことは何もない。
名前を告げ、荷を見せる。
それだけで、通された。
「……ありがとうございます」
勇者はそう言った。
言ったはずだった。
門を抜けてから、ほんの一瞬だけ歩みが鈍る。
今の言葉は、自分の意思だっただろうか。
考えようとして、やめた。
立ち止まるほどの違和感ではない。
ただ、喉の奥に小さな引っかかりが残っている。
街は賑わっていた。
人の声、荷車の音、呼び込み。
どれも普通で、どれも見覚えがある。
宿を探す。
場所はすぐに分かった。
初めて来た街のはずなのに、
迷うことはなかった。
「一泊、お願いします」
言葉が出る。
自然に。
あまりに自然に。
宿主が顔を上げ、頷いた。
「はいよ。部屋は二階だ」
鍵を受け取る。
その間、説明を受ける。
聞き流しているつもりはなかった。
それなのに。
階段を上りながら、勇者は気づく。
自分が、何も質問していないことに。
料金も。
食事も。
滞在の期限も。
本来なら、確認するはずだった。
いつもそうしてきた。
「……?」
足を止める。
鍵を握ったまま、しばらく動けなかった。
頭の中に、選択肢が浮かぶ。
浮かぶだけで、選ばれる。
選んだ感覚はない。
けれど、結果だけが残っている。
部屋に入る。
荷を下ろす。
剣を壁に立てかける。
一連の動作が、途切れなく続く。
椅子に腰掛けたところで、ようやく息を吐いた。
「……僕は」
言葉にしようとして、止まる。
何を言おうとしたのか、分からなくなった。
胸の奥に、わずかな不安が広がる。
理由はない。
根拠もない。
ただ、確かにそこにある。
今、何かを“言わされた”気がした。
そう思った瞬間、
その考え自体が、すぐに薄れていく。
深く考える必要はない。
今日は移動しただけだ。
疲れているだけだ。
そう結論づけて、勇者は立ち上がった。
当日の進行を継続する。
街イベントを開始。
世界は稼働中。
特記事項は――
ない。




