第三十八話 「フラグが立つ音」
他国の王からの依頼――
それだけで、この任務が特別なものであることは明らかだった。
討伐ではない。
調査が主目的。
「可能であれば、原因を確認してほしい」
その言葉は柔らかかったが、
含まれている意味は重い。
勇者は頷いた。
理由を考える前に、
身体がそう動いていた。
国境を越えた瞬間、
空気が変わった。
見張りの兵士たちは、
勇者の姿を確認すると、何も言わず道を開ける。
敬意でも、警戒でもない。
“来るべき者が来た”
そんな視線だった。
胸の奥に、
小さな違和感が残る。
指定された遺跡は、
静かすぎるほど静かだった。
一本道。
分岐はない。
魔物は現れる。
だが、どれも弱い。
攻撃は通る。
反撃もある。
それでも、
戦っている実感が薄かった。
――進ませるための配置。
そう考えた瞬間、
背中に冷たいものが走る。
最奥の広間に足を踏み入れた途端、
空気が張りつめた。
音が遠のき、
自分の足音だけが、やけに大きく響く。
剣を握る手に、力が入る。
心臓が、一拍だけ速く打った。
そこにいたのは、一体。
外套を纏った、人型の存在。
魔物――
そう呼ぶには、あまりにも整いすぎていた。
威圧感はある。
だが、殺気は薄い。
それは、
最初から勝敗を決める気のない存在だった。
「ここより先は通せない」
低く、落ち着いた声。
感情のない響き。
どこか聞き覚えのある、定まった調子。
勇者は、剣を構える。
選択肢は、
それしかなかった。
戦闘が始まる。
剣は当たる。
確かな手応えがある。
だが――
削れている感覚がない。
相手の動きは最小限。
反撃は来るが、致命的ではない。
――試されている。
そう理解した瞬間、
胸の奥がざわついた。
これは、
勝つための戦いじゃない。
相手が、口を開く。
「……」
言葉になりきらない音。
勇者は、反射的に口を開いた。
何かを返そうとした。
問いかけようとした。
だが――
声が、出ない。
喉は動いた。
息もある。
それでも、
言葉だけが、そこになかった。
相手の視線が、
ほんの一瞬だけ揺れた。
次の瞬間には、
余裕のある表情に戻っている。
「……今日は、ここまでだ」
その言葉を聞いた瞬間、
勇者の胸の奥で、何かがひやりと冷えた。
理由は分からない。
意味も、説明もできない。
ただ――
今のは、自然じゃなかった。
広間が揺れ、
奥の壁が崩れる。
退路が、開いた。
戦闘は中断された。
勝敗はつかない。
誰も倒れていない。
遺跡を出た後も、
胸の奥に残る感覚は消えなかった。
負けたわけではない。
勝ったわけでもない。
それよりも――
最初から、勝つ想定がされていなかった。
その事実だけが、
静かに残っていた。
世界は稼働中。
進行は予定範囲内。
特記事項は
ない。




