第三十六話 「揃ったという事実」
五柱は、同じ場所に集まっていた。
任務前の待機。
定められた時間。
定められた手順。
それ以上でも、それ以下でもない。
そう処理されるはずの場面だった。
ヴァルは壁際に立ち、腕を組んでいる。
視線は前方。
背筋は伸びている。
周囲の気配を測るような癖は、
以前から変わらない。
ただ今日は、
その視線が一度も誰にも向かなかった。
術師は少し離れた位置で、魔力の流れを確認している。
演算式は頭の中に展開されているはずだった。
だが、数値は進まない。
同じ式を、
同じ順でなぞっている。
それに気づいた瞬間、
術師は思考を切り替えた。
問題はない
そう判断するには、十分だった。
実務担当は資料を手にしている。
配置、時間、進行。
どれも、規定値内。
「問題はありません」
声は平坦。
判断も迷いがない。
それでも一瞬だけ、
五柱全員が揃っている光景を見渡した。
理由はない。
確認する必要もない。
それでも、視線は動いた。
高飛車な男は、軽く肩をすくめて笑った。
「ずいぶん静かだな。
まあ、仕事前だ。こんな日もある」
言葉は軽い。
冗談めいている。
だがその視線は、
一人ずつ、確かめるように巡っていた。
揃っている
それを、数えるように。
沈黙の個体は、何も言わない。
ただ、そこにいる。
五柱全員を視界に収める位置で。
誰かを見ているようで、
誰も見ていない。
視線が交差しても、
逸らすことはなかった。
誰も問いを口にしない。
誰も違和感を定義しない。
だがこの場が、
「いつも通り」ではないことだけは、
全員が共有していた。
言葉にしないまま。
少し離れた位置で、執事はその様子を見ていた。
配置、進行、手順。
すべて問題ない。
照会を行う必要はない。
修正も不要。
それでも、
五柱が揃っているという事実だけが、
処理の外側に残っていた。
命令は下される。
作戦は始まる。
五柱は、それぞれの役割へ戻っていく。
誰一人、
何かを口にすることはなかった。
だが確かに、
この瞬間、
世界は一度、足を止めていた。
世界は稼働中。
進行は予定範囲内。
特記事項は――
まだ、ない。




