第三十四話 「静かな照会」
執事は、いつもの部屋にいた。
外の音は届かない。
窓はなく、風もない。
この部屋に入るたび、
同じ静けさが保たれている。
机の上には、確認すべき事項が並んでいた。
照会。
進行率。
配置状況。
どれも、見慣れたものだ。
世界は正常に稼働している。
数値に異常はない。
進行にも遅延は見られない。
執事は項目を一つずつ確認し、
淡々と処理を進めていく。
長い間、
義務として繰り返してきた作業だった。
本来なら、
ここで思考を挟む必要はない。
だが、照会の途中で、
指が止まった。
ごく僅かな違和感。
異常と呼ぶには足りない。
応答の遅れ。
判断の一拍。
意味を持たないはずの、間。
執事は視線を落とす。
……以前も、こうだっただろうか
その問いは、
記録には残らない。
上位への照会は可能だった。
手順も、方法も、
すべて理解している。
世界を修正することも、
進行を巻き戻すこともできる。
だが。
執事は、照会を行わなかった。
理由を定義しない。
判断も記録しない。
ただ、
今回は、それでいい
そう処理した。
この世界は、繰り返されてきた。
同じ始まり。
同じ流れ。
同じ結末。
それでも今回だけは、
以前とは僅かに異なる。
何が変わったのかは、
まだ分からない。
ただ、
進行が続いている。
照会は終了する。
記録は残らない。
世界は、修正されない。
執事は静かに席を立ち、
部屋を後にした。
無表情なその顔から、
僅かに口角が上がったことを、
誰も知る由もない。




