第三十三話 「一拍の判断」
ヴァルは城内にいた。
回廊は静かで、人の気配は少ない。
足音は一定。歩幅も乱れていない。
この帰路は、何度も通ってきた。
配置も、照明も、曲がる位置も同じ。
変化はない。
変化があったことは、これまで一度もない。
――少なくとも、そう処理されてきた。
報告前の確認が入る。
配置。
巡回。
次の任務区画。
どれも定型。
順序も内容も、すでに決まっている。
考える必要はない。
これまで、考えたこともなかった。
ヴァルは即座に答える――
はずだった。
「……」
ほんの一拍。
今まで、この場で沈黙が挟まれたことはない。
会話が途切れるほどではない。
指摘されるほどでもない。
ただ、
返答が即座ではなかった。
ヴァル自身は、その沈黙を異常として認識しない。
思考が止まったわけでも、
判断に迷ったわけでもない。
ただ、
言葉が出るまでに、わずかな時間を要した。
「支障はない」
言葉は正確だった。
内容にも誤りはない。
これまでと同じ返答。
進行に影響はなく、問題もない。
周囲は何事もなかったように、次へ進む。
その場を離れた後、
ヴァルは無意識に大剣の柄を握り直した。
いつもなら、必要のない動作だった。
力が入ったわけではない。
確認するような、短い接触。
折れた角に、
一瞬だけ風を感じる。
理由は考えない。
考える必要がないと判断した。
ヴァルは歩き続ける。
任務は続行中。
役割に変化はない。
それでも、
繰り返されてきたはずの進行に、
初めての「間」が混じった。
その事実だけが、
静かに残っていた。
世界は稼働中。
進行は予定範囲内。
特記事項は――
未検出。




