第三十一話 「帰路観測」
ヴァルは城へ戻っていた。
歩幅は一定。
歩調の乱れはない。
ただ一度だけ――
無意識に竜爪へ力がこもった。
本人は、それを認識していない。
行動記録にも、残らない。
回廊の先に、ひとつの影があった。
五柱のひとり。
立ち止まりはしない。
視線だけが、交差する。
沈黙。
すれ違う直前、
相手がわずかに口元を歪めた。
「……随分と静かな顔で戻られましたね、ヴァルティア殿」
挑発ではない。
嘲笑でもない。
ただの観察。
ヴァルは歩みを止めない。
「任務に支障はない」
短い返答。
声色は変わらず、表情も動かない。
それでも――
五柱は小さく肩をすくめた。
「なるほど。そういう顔も、できるのですね」
返事はなかった。
足音だけが、遠ざかる。
執事室。
報告ログが順に整理されていく。
魔力値。
消耗量。
移動履歴。
進行は予定通り。
異常値は検出されていない。
そこで――
指が、止まった。
「…………」
数値に差異はない。
しかし
そこにあるはずの“揺れ”だけが
どこにも記録されていなかった。
執事は目を伏せる。
記録は残さない。
報告もしない。
口元に、ごく僅かな変化。
「……今回の世界は、やはり――」
言葉は途中で止まる。
微笑だけが、記録の外へ落ちた。
世界は稼働中。
特記事項は――
未検出。




