第二十七話 「静かな異常」
依頼の内容は簡単だった。
倒木で塞がれた道を、
通れるようにしてほしい。
危険度は低い。
魔物の出現も報告されていない。
勇者は頷こうとした。
胸の奥で、重さが沈む。
昨日よりも、少しだけ深く。
(……まただ)
返事の直前で、
喉がわずかに止まる。
胸の奥が、ぎり、と軋む。
それでも声は出た。
「お任せください」
発音は淀みなく、
依頼人は安堵する。
世界は正常に進行する。
勇者は頷いた。
そのとき、指先が震えていることに気づいた。
(……どうして)
冷えているわけでもない。
疲労もない。
力は入る。
それでも
細かく、細かく、揺れていた。
震えを意識しながら
指定された道へ向かう。
足取りは迷わない。
視界は安定している。
倒木は、道の中央に横たわっていた。
新しくも、古すぎもしない。
人だけでは動かせず、
しかし危険ではない。
勇者は手をかける。
幹を押す。
角度を変え、転がす。
作業は静かに進む。
木は重いが、動かないほどではない。
手順は正しい。
力配分も適切。
ただ――
(震えが……止まらない)
掌に伝わる木の感触と、
指先の揺れが重なる。
痛みはない。
苦しい、と言葉にすれば
少し違う。
それでも、
(これは……苦しさに似ている)
そう思った。
木は端へと寄せられ、
道は通れるようになった。
依頼人は礼を述べる。
安堵の声が落ち着く。
勇者は頷いた。
声も表情も乱れない。
胸の奥だけが、
さらに沈んでいた。
(嫌じゃない)
(助けたくないわけでもない)
それでも――
(進むたびに、僕のどこかが削れていく)
その言葉は、
心の中で形になりかけて、崩れた。
震えは、まだ続いていた。
空は晴れている。
風は穏やかだ。
異常は、報告されない。
世界は、問題なく稼働している。
当日の進行を終了する。
勇者は休息に入る。
胸の奥の重さは
消えない。
手の震えも
消えない。
特記事項は
ない。




